霞side

その12センチを埋めたくて 15

 月曜日の昼休み。私、田代霞は教室でさーちゃんと一緒に昼食をとっていた。

 私はお母さんが作ってくれた、さーちゃんは朝から自分で用意したというお弁当をそれぞれ食べる。そんないつもと変わらない平日の昼下がり。そのはずなんだけど……


「霞、霞ってば」

「えっ、何?」


 名前を呼ばれていたことに気付いて、ハッと我に返る。隣を見るとさーちゃんが心配そうに私を覗き込んでいた。


「何って……どうしたの?卵焼きを箸で挟んだままボーっとしちゃって」


 それは随分と器用な固まり方をしていたなあと、我ながら感心する。そんな私を見て、さーちゃんが言ってくる。


「本当に大丈夫?今日は何だか、授業中も上の空だし。気分が悪いなら、保健室に行く?」

「いいよ、体調は問題無いから」

「だったら良いけど。でももしきつかったら、その時は言ってね」

「そうするよ。ところで……ねえ」

「なに?」

「昨日、八雲くんの様子どうだった?何か変わった所とか無かった?」

「へ、八雲?」


 八雲くんの話題を出したのが予想外だったのか、さーちゃんは首をかしげる。だけどちゃんと質問には答えてくれた。


「特に変わったところは無かったな。いつも通りだったよ。八雲がどうかしたの?」

「ううん、何でもない。昨日ちょっと本屋で会って話をして。その後ちゃんと家に帰ったかなって思っただけだから」

「そりゃあまあ、普通に帰ってきたけど」


 さすがにこの話の終わらせ方には無理があったのか、さーちゃんは腑に落ちないといった顔をしていた。だけど幸い、それ以上追及されることは無かった。その代わり一言。


「ねえ。何か悩みがあるなら、私でよければ相談に乗るよ」


 そんなことを言われてしまった。どうやら今の私は悩みがあるように見えるらしい。まあ実際悩んではいるんだけどね。


「ありがとうさーちゃん。何かあったら、その時は相談するよ」


 そう言って笑顔を作る。

 初めてさーちゃんに嘘をついたことに、少し心が痛んだ。



             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……どうしよう」


 トイレの個室に入った私は、そのまま立ち尽くしていた。元々用があってここに来たのでは無く、一人になりたくて来たのだ。

 そんなわけで、私は個室に籠りながら頭を悩ませていた。


(昨日の八雲くんへの態度、いくらなんでもあれは無いよね。一方的に謝って帰ってきちゃったんだもの。八雲くん、絶対傷付いてるよ)


 友達の弟、しかもまだ小学生の男の子からのいきなりの告白だ。驚くのは仕方が無いにしても、それにしたってもっと上手い対応の仕方があっただろう。相手が小学生だからこそ、もっと大人としての対応をすべきだったともいえる。

 反省すべき点は他にもある。

 八雲くん、私のことが好きだって言ったのに、私はそんな八雲くんに対して今まで何を言ってきただろうか。


『その子、彼女?』

『将来八雲くんのお嫁さんになる人は幸せだろうなあ』


 そんなことを言っていたっけ。無神経もいいところだよ。

 もっと早く八雲くんの気持ちに気付いていたら、こんな酷い事は言ったりしなかったのに。


 自分の鈍感さを恨むよ。もう基山くんの気持ちに気付いていないさーちゃんの事を鈍いだなんて言えないよ。

 そしてそのさーちゃん。悩みがあるなら相談してと言ってくれたけど、さーちゃんにだけは相談するわけにはいかない。

 さーちゃんはちょっとブラコンな所があるし、下手をしたら怒らせちゃうんじゃないかなあ。八雲くんを傷つけたって。

 けど、八雲くんはまだ小学生だし。いったいなんて言ったらよかったのだろう。昨夜一晩考えてみたけれど、結局気のきいた答えは見つからないままだ。だいたい……


(好き、かあ……)


 フウっと溜息をついた。そもそも私は、恋愛というものが苦手だ。

 他の人の恋バナを聞くのは問題無い。むしろそう言った話をするだけなら大好きと言っても良い。けれど自分の恋愛となると、とたんに上手く考えられなくなってしまう。


 最初に男の子と付き合ったのは、中学二年の時だった。

 相手は話したこともそんなに無かったクラスの男子だったけど、彼からの告白を受け、そして周りからもさんざん煽られた結果、付き合うことにしたんだっけ。

 彼氏彼女の関係には人並みに憧れてはいたから。ちょっと恥ずかしかったけど、それなりに楽しかったなあ。始めはうちはね。


 最初に彼とのズレを感じたのは、写真の話をした時。

 その時私は、どんな写真が好きか。どんなアングルでとったら良いかを調子に乗ってつい長々と話してしまっていた。だけど彼はつまらなかったようだ。


『ふーん。そんなことよりさ、今度の休みにどこか行かねえ』


 そんなこと⁉そりゃあ彼にしてみれば面白くない話だったとは思うけど、そんなことの一言で終わらせちゃうの?

 そう声に出したかったけど、結局は何も言えずに。かくして写真の話はバッサリと切り捨てられてしまった。

 それから二人でどこかに出かけた時とか、彼と一緒にいる時にカメラに納めたい風景やワンシーンがあっても、つまらない想いをさせたくないという気持ちが先にきて、いつしか写真が捕れなくなってしまっていた。


 せっかく二人でいるのに、我儘を言うのはよくない。そう思って撮りたいのを我慢していたのに、それでもダメだったみたい。何度目かのお出かけの時、彼に言われたのだ。


『お前、何だか無理してねえ?一緒にいても楽しんでないって言うか。そっちがそんな態度じゃ、こっちだってつまんねーんだけど』


 ショックだった。頑張って合わせているつもりでも、ちゃんとはできていなかったみたい。

 彼はつまらないし、私も無理してる。そんな関係がいつまでも続くはずも無く、結局半年くらいで彼とは別れる事になった。

 お互い、別れることに悲しい気持ちなんて無かったと思う。せっかくの初彼だったのに、悲しくもならないことが何だか寂しくて。

 その時に思ったのだ。私に恋愛は向いていないって。


 その後も男子から付き合ってほしいと告白されたことはあったけど、受ける気にはなれなかった。だって付き合ったとしても上手く行く気がしないもの。

 無理して誰かと付き合うよりも、気の合う友達と一緒にいた方がよほど楽しい。そう思って過ごしてきてたのに。


(八雲くんと話すの、結構楽しかったんだけどなあ)


 小学生にしては少し落ち着いたところもあるけど、やっぱり年相応の無邪気さもあって。

 そんな八雲くんに懐かれるのは、素直に嬉しかった。

 それに、写真の話をした時も真剣に聞いてくれてたし。誰にも話した事の無かった夢を語った時も決して笑わなかった。そんな八雲くんが……


『霞さんですよ、僕の好きな人は』


 まさかそんな事を言ってくるだなんて。

 告白の言葉が脳裏に蘇る。あの時いったいどうすれば良かったのか。これからいったいどうすれば良いのか。いくら悩んでも答えが出ないまま、昼休みは終わりを迎えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る