その12センチを埋めたくて 14


 霞さんです。そうはっきり口にした。

 僕の答えを聞いていた当の本人は少しキョトンとしていたけど、すぐにまた笑い出す。


「そっかあ、嬉しいなあ」


 その表情からは照れた様子も、困った様子も見て取れない。本気にしていないのだ、僕の言葉を。

 そんな霞さんを前に、僕はもう一度言う。


「霞さんですよ、僕の好きな人は。冗談でも何でも無くて、僕は本当に、霞さんのことが好きなんです」

「うん、分かって…る……よ?」


 ようやく本気で言っているという事に気付いてくれたのか、にこやかに浮かべていたその笑みが徐々に失われていく。

 こんな顔をさせてしまって申し訳ないとは思うけど、それでも僕は言うのを止めない。


「最初は、自分でも分かっていませんでした。霞さんは姉さんの友達で、もう一人姉ができたように思っていました。霞さんも、そんな風に思っていましたよね」

「う、うん」

「だけどこの前、竹下さんから言われたんです。霞さんのことが好きなんじゃないかって。その時は竹下さんの勘違いだと思いましたけど、それからもずっとどこかで引っかかっていました。本当は好きなんだって気づいたのは、ついさっきです」


 にもかかわらずもう告白しているのだから、勢い任せも良いところだ。だけど今更後には引けないし、引くつもりも無い。


「さっき、僕みたいな弟が欲しいって言いましたよね。そう思ってもらえて嬉しいですし、光栄だと思っています。けどそれと一緒に、弟じゃ嫌だって思ったんです。僕を弟としてでは無く、一人の男子として扱ってほしいって」


 霞さんの表情がだんだん固まっていく。急にこんな事を言い出したんだから、もしかしたら引かれているのかもしれない。けど、まだやめない。


「それで気付いたんです。僕はもっと前から霞さんのことを見ていて、霞さんに見てもらいたいって思っていたことに。だから僕の好きな人は、霞さんなんです」


 目を逸らすことも憶すことも無く、自分の気持ちを全て言い切った。一方霞さんからは戸惑いの色が見て取れる。


「え、えっと……」


 視線が泳ぎ、まともにこっちを見てはくれない。しばらくそうした落ち着かない様子でオロオロしていたけど、やがて深く頭を下げた。


「―――ごめん」


 長い髪が垂れ下がり、顔がまるで見えない。

 発した言葉は、困ったような声でたった一言。だけどその言葉が、僕の胸には深く突き刺さった。


「本当に、ごめん!」


 霞さんはもう一度そう言うとそのまま立ち上がって背中を向ける。

 僕はそんな霞さんに何も言うことができなくて。結局目を合わせることすらしないまま、霞さんは逃げるようにさってしまった去って行ってしまった。

 よほど慌てていたのか。さっきまで座っていたベンチの上には、買ったばかりの月間フォトグラフが置いたままになっていた。

 何となくそれを手に取った後、霞さんの去って行った方を見る。


 そこには道路に続く階段が見えるだけで、霞さんの姿はもう見えなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る