その12センチに追いついて 17
嫌われたくなかったって。しかも嫌う理由がダメな所を知られたらって、どういう事?
「そんなことで嫌ったりしませんよ。いったいどうしたらそんな風に考えられるんですか?」
「だって八雲くん、もう私よりもずっと高い所にいるんだもの。それこそ釣り合わないくらいに。そこで更にダメな所を知られたら、愛想つかされるんじゃないかと思って」
「何ですかそれは?だいたい、嫌われたくないって思ってるのに距離を置くだなんて訳が分かりませんよ」
「ごもっともです」
少し考えればわかる事なのに。いや、もしかしたらそれすら分からないくらいに、当時の霞さんは追い詰められていたのかもしれない。僕はまだバイトでしか働いた事が無いから分からないけど、仕事を持つという事は色々とストレスがたまると聞いているし。それに。
「僕の気持ちが、重いって言いましたよね。アレは本心何ですか?」
「それは……うん。嘘じゃないかも」
やっぱりか。あの後色々考えてみたけど、僕は所かまわず好きだとアピールし、事あるごとに誉めててきたから。霞さんにしてみれば相当プレッシャーになっていたのかもしれない。
「それに関してはどれだけ謝っても足りません。自分のことを美化しすぎていると言っていましたけど、確かにそうだったかも。霞さんのことを悪く言いたいんじゃなくて、僕がちゃんと見ていなかったと言うか。理想を押し付けすぎていたのかもしれません」
会ったばかりの頃は、高校生というだけで随分と立派に見えていた。だけど竹下さんが言っていたっように、大人というのは決して子供が思っているほど完璧な存在では無い。
それなのに僕はずっと霞さんは凄いとか立派だの言っては、憧れの眼差しを向け続けていた。本当はダメな所も弱い所もあるって知っていたのにそれには触れず、無邪気に好きだという気持ちだけをぶつけてきてしまった。
きっと霞さんは、僕が好きなのは何でも出来て弱音を吐かないような出来る自分なんだと思ってしまったのだろう。だからそうでないことが露見したら、僕の気持ちが離れて行くんじゃないかと思って怖がってたんだ。
もっとちゃんと、感じたこと全てを伝えておけば良かった。素敵な面だけでなく、良くない所も含めてアナタのことが好きなんだとちゃんと伝えていれば、始めからすれ違ったりしなかったのかもしれない。
なのにあたかも良い所だけしか見えていないような接し方をしてしまって、これでは重いと言われても仕方がない。いつか追い付くといいながら、僕は霞さんがどんな気持ちでいたのかも、ちゃんとは分かっていなかったようだ。だから辛くても言えずに、一人で悩んでいることにも気付いてあげられなかったのだ。
「僕はちゃんと知っています。大事な試験の前の日、本当は緊張して夜眠れなかったことも。お酒の席で誘いを断り切れなくて、よく二日酔いで頭を痛めることも。自信作の写真をコンクールに応募したのに入賞できなくて、憂さ晴らしいケーキバイキングに行ってやけ食いしてお腹を壊したことだって…」
「ちょっ、ちょっと待って!」
霞さんが慌てたように話を遮る。
「どうしてそんなことまで知ってるのッ⁉」
「そりゃあ知ってますよ!だってずっと見てきたんですから!」
「理由になって無いよ!」
霞さんは何だか泣きそうな顔になっている。だけど、僕は何も虐めたくてこんな事を言っているわけじゃないのだ。
「つまり何が良いたいかというと、僕は霞さんの良い所だけを見てきたわけじゃないんです。弱い所も失敗した事も知っていて。だけどそんなところも含めて、僕は霞さんの事が好きなんです。今もずっと」
「―――ッ⁉」
霞さんが息を呑む。こんな事わざわざ言わなくても、分かってくれているものだと思っていた。
だけどそれは僕の驕り。分かっていると思っている事でも、ちゃんと言葉にするべきだったのだ。
「これからは伝えたい事はちゃんと伝わるよう頑張ります。霞さんが本当は何を望んでいるのかちゃんと考えますし、誤解を受けることも無いよう気を付けます。だから霞さんも、不安や悩みがあったらちゃんと言ってください」
そうすればちゃんと力になれる。だけど霞さんはまだ複雑そうな表情。
「でもそれじゃあ、負担をかけすぎたりしない?私がどれだけダメダメか知ってるでしょ。というか知ってたでしょ。恥ずかしい失敗談とか」
もしかしてさっき言ったあれらの事かなあ?別に恥ずかしがることは無いと思うけど。ちょっと失敗しちゃうところも可愛いって思うし。
「私ばっかり頼りっぱなしになって、迷惑かけちゃうかも。八雲くんの足を引っ張りたいわけじゃないのに」
「構いませんよ。そもそも悩んでいるのに相談もされなかったら、そっちの方が悲しいです。それにきっと、僕も霞さんに迷惑を掛ける事だってあるんですから、お互い様です」
「八雲くんが迷惑を?そんなことあるかなあ?」
「ありますって。霞さん、僕を漫画に出てくるヒーローか何かと勘違いしていませんか?」
僕にだってできない事はたくさんあるし、悩んだりもする。霞さんはその事を知らないのだ。
まあこれに関しては強く抗議はできないけど。何せそういった弱い部分は、なるべく悟られないように気を付けてきたのだから。格好悪い自分を見せたくないがために。
つまりは霞さんがやってきたのと同じように、無理をして隠してきたということだ。
だからさっきの霞さんの話を聞いても怒る気にはなれず、もしかしたら自分が同じことをやらかしてしまった可能性もあったと、反省していた。
けど霞さんはちゃんと自分の弱みを僕に教えてくれた。だから、今度は僕が伝える番だ。
「霞さんの方こそ、僕を美化しすぎです。僕だってちゃんと弱い所も、格好悪い所もあるんですから」
「うん。それはさーちゃんにも言われた」
「姉さんに?」
いつ話をしたのかは少し気になったけど、今それはいいだろう。スルーして話を続ける。
「僕はいつだって霞さんの前では格好つけて、背伸びをして。少しでもよく思われたいともがいてきました。だってそうしないと、いつか離れて行ってしまわないか怖かったから」
「離れないよ!」
「そう言われてもやっぱり不安で。今回の事だって、僕が不甲斐無いせいで愛想つかされたのだとずっと思っていました。もしくは…」
「もしくは?」
「ショタコンと言われるのが嫌になって見捨てられたんじゃないかと」
「見捨てないから!今更ショタコンって言われたくらいで嫌いになったりしないから!だいたい八雲くん、もう二十二歳でしょ」
確かにそうだ。だけど少し前、大学の友達に霞さんと付き合い始めた経緯を話したところ、お前の彼女はショタコンだと言われてしまった。だからもしかしたら、霞さんも同じような事を言われて気を悪くしてはいないかと心配していたのだ。
「そりゃあ私も当時小学生だった八雲くんに告白されてときめいた話をした時は、必ずショタコンだって言われるけど」
「やっぱり言われてるんですね」
「でももう慣れたから」
「慣れるくらい沢山言われたってことですよね」
「そうだけども、とにかく私は気にしていないから。あと実は私は本当にショタコンで、大きくなった今の八雲くんにはときめかないってことも無いから。前にも言ったと思うけど、私は小さい子じゃなくて八雲くんが好きなんだから」
良かった。実はそれもちょっぴり心配していたのだ。前にも違うと言われたから大丈夫だろうとは思っていたけど、改めて言われるとやっぱり安心できる。
「まあそれはともかく、僕は霞さんが思っているほど凄い奴じゃないですし、余裕もありませせん」
「それは何となく分かった。ごめん、私の方も、八雲くんのことをちゃんと見ていなかった」
「お互い様ってわけですね」
「そういう事に、なるのかな。ごめんね、これからは八雲くんのことをしっかり見るから。だから…」
霞さんは大きく息を吸い込み、そして言った。
「改めて言うよ。これからも、私の彼氏でいてくれますか?」
受け入れてほしいという願いと、断られたらどうしようという不安の入り混じった目をしている。そんなに心配しなくても、僕の答は決まっていると言うのに。
「当り前です。だって僕は、霞さん以外の人なんて考えられないんですから」
瞬間、霞さんは本当に泣きそうな、だけどホッとしたような笑みを浮かべる。
「ただ、さっきも言ったように僕も余裕があるわけでは無いんです。どうにかして繋ぎとめておかないと不安で。だから…」
だから、僕はコートのポケットに入れていたそれを取り出す。
「受け取って、もらえませんか?」
寒さで口の中が冷たくなっていたけど、ハッキリという事が出来た。かじかむ手で差し出した、ケースに入った指輪を見せながら。
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