番外編

番外編 『八雲くんと霞さんをくっつける会』が出来るまで 1

 小学六年生になったばかりのその日。僕はクラスの女の子から体育館裏に呼び出しを受けた。

 その子とはそれなりに仲が良く、お喋りもしていたから、呼び出してリンチなんて心配はしていなかった。

 だけどその代わり別の心配があった。普段その子の態度を見ていて、もしかしたらと思っていたけれど。体育館裏に来た僕はその子から言われたのだ。


「水城くんのこと、ずっと前から好きでした!」


 頬を赤く染めながら、期待と不安が混ざったような目で僕を見るその子。もしかしたらとは思っていたよ。漫画や小説でよくあるシチュエーションだし。

 僕を好きでいてくれたことは、素直に嬉しい。僕もその子の事は好きではあったし。ただし、友達としての。


「…ゴメン」


 僕は勇気をもって伝えた『好き』を、友達としての『好き』と勘違いするという姉さんみたいな残酷なことはしない。だけど代わりに、もっと残酷かもしれない返事をしなければいけないというのは心が痛む。それでも、ここはハッキリと言わないと。


「好きだって言ってくれて、凄く嬉しい。だけどゴメン、気持ちには応えることができない。僕にも、好きな人がいるから」


 この時僕は、2、3発くらいなら殴られても良いと思っていた。だけどその子は怒ることも無く涙を堪えるように、だけど優しい声でこう言ったのだ。


「そっか…じゃあ、仕方ないね」


 そうして逃げるようにその場を去って行く。一瞬追いかけようかとも思ったけど、中途半端な優しさでは余計に彼女を傷つけてしまうだけだから、僕はそうしなかった。

 僕は何も、彼女を傷付けたかったわけじゃない。だけどそれでも、彼女の告白を受けるという選択肢は無かった。

 僕は今でも、霞さんのことが好きなのだから。



            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 僕が告白を断った次の日の昼休み。何だかやたらクラスメイトの視線を感じる。

 心当たりなんてありまくりだ。多分だけど、昨日仲が良かった女の子をフッた酷い奴と言う話がどこかから洩れて、白い目を向けられているのだろう。

 仕方無いか、酷い事をしたのは事実なのだし。そう思って諦めていると。


「水城っ!」


 クラスに響き渡る大きな声で名前を呼ばれ、僕だけでなく教室にいた全員が声の主を見る。

 そこにいたのは隣のクラスの犬塚くん。彼は何やら興奮した様子で教室に入ってくると、ヅカヅカと僕の元へと歩いて来る。


「お前、好きな奴がいるって本当か⁉」

「えっ?」


 いったいどこでその事を?いや、何となく想像はつくけど。

 きっと昨日僕が告白を断った際、好きな人がいると言ったのが廻り廻って犬塚くんの耳にも入ったのだろう。ただ気になるのは、どうしてそれで彼がこんなにも興奮しているかだ。


「相手は誰だよ!竹下か⁉」


 ああ、犬塚くんが興奮している理由が分かった。犬塚くんは竹下さんのことが好きだから、もし僕が好きな人というのが竹下さんだとしたらライバルが表れたということ。それで焦っているのだろう。だけど。


「違うよっ」


 僕が答えるより先に、このやり取りを見ていた竹下さんが声を上げた。


「な、何だよ竹下。俺は水城に聞いているんだよ。引っ込んでろ」

「えっ、えっと…」


 犬塚くんの乱暴な言い方に、思わず怯む竹下さん。とは言え犬塚くんの方も、勢いが弱い。

 竹下さんのことが好きだけど素直になれない犬塚くんと、昔彼に虐められていたせいで苦手意識を持っている竹下さん。この二人が話をする時はいつも決まって会話が進まなくなる。だけどこの日は少し違っていた。


「で、でも八雲くんの好きな人は本当に私じゃないよ。もっと綺麗で素敵な人だもん」


 その途端、クラスがざわついた。


「もしかして竹下さん、水城くんが好きな人のことを知ってるの?」

「詳しく話を聞かせて」

「水城くんに好きな人がいるって話、噂になってたから気になっていたのよね」


 女子達が竹下さんへと集まって行く。何人かの男子も興味深げに僕や竹下さんに目を向けてくる。


「えっと…」


 困ったような顔をして僕を見る竹下さん。きっと勝手に好きな人の話をしてしまった事を悪いと思っているのだろう。だけど僕は、そんな竹下さんに笑いかける。


「いいよ、言っても。別に隠しているわけでも無いしね」

「う、うん。ごめん」

「だから謝らなくて良いって。話し難いなら僕が話すよ。元々僕の問題なんだし」


 竹下さんが気に病まないよう、柔らかな口調で言う。だけど犬塚くんにとっては、それがどうも癪に障ったらしい。


「見つめ合うな!それで水城、誰なんだよお前の好きな奴って言うのは!隠してないでさっさと…」

「姉さんの同級生」

「言えよ…って、へ?」


 あっさりと言ったものだから拍子抜けしたのか、犬塚君は言葉を失った。だけどすぐに何かに気付いたような顔をする。


「お前、姉ちゃんいたのかよ。ってことは相手は年上か?」

「うん。高校一年生」

「は?」


 再度呆れたような顔をする。だけどまたすぐに、今度は笑い出す。


「ははっ、何だよ高校生って。バカじゃねーの。そんなの相手にされるわけないだろ」


 おかしそうにゲラゲラと笑う。するとそれを見た竹下さんが不満そうな顔をする。


「そんなこと――」


 無い、と言おうとしたのだろう。だけど僕は竹下さんの口元に手を持っていき、それを遮る。


「大丈夫、ちゃんと僕が言うから」


 竹下さんは犬塚くんのことが苦手なのだし、無理をさせちゃいけない。それに言われたのは僕なのだから、ちゃんと自分で答えを返さなきゃ。


「犬塚くんの言う通り、難しいって言うのは分かってるよ」

「いや、難しいっていうか、絶対無理だろ」

「確かにそうかも。でも、やってみないと分からないから」


 僕は怒るわけでも無く、思ったことをただ言葉にして並べて行く。

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