八雲side
その12センチを埋めたくて 19
ある日曜日の朝。八福荘にある自室の中には、僕とお隣に住んでいる基山さんの二人がいた。
姉さんのクラスメイトでもある基山さんはうちで開かれる勉強会に参加するため、こうして我が家を訪れているのだ。
姉さんは買い物があるから今は出ていて、その間基山さんは僕の勉強を見てくれている。
「どうでしょうか?」
解き終わった問題集を見せる。基山さんはしばらく眺めていたけど、やがて満足そうに息をついた。
「全問正解。八雲は凄いなあ。これならわざわざ僕が見る必要もないかも」
「そんなこと無いですよ。基山さんの教え方が良かったからです」
そんなやり取りをしながら、問題集の次のページを開く。その時本当にふと、何の脈絡も無く思ったことがあった。
「そう言えば基山さん」
「なに?」
「基山さんは、姉さんには告白しないのですか?」
「は?」
あ、固まってしまった。いきなりこの質問はストレートすぎたかな。
「すみません、突然変なことを聞いて」
「いや、それは良いけど……八雲、気づいていたんだね。僕が水城さんのことが好きだってこと」
「それはまあ。態度を見ていれば」
出会ったばかりの頃はそうでは無かったと思うけど、いつの間にか基山さんは姉さんを好きになっていたようで、話をする時とか変に意識しているのが丸わかりだった。
「まあそれもそうか。別に隠しているわけでも無いし。それで、告白だっけ」
「聞いておいてなんですけど、もし言い難いのなら無理に話してくれなくても良いですから。本当にちょっと気になっただけなので」
「いや、別にいいよ。実はというと、もう一度告白はしているんだよ」
「えっ?」
これはさすがに予想外。
あれ、だけど姉さんと基山さんが付き合っている様子は無いし、もしフラれたのならもう少しギクシャクしていてもおかしくないだろう。少なくともこうやって家に勉強しには来難いと思うのだけど。
「それで、どうなったんですか?」
「うん、それがね」
基山さんはちょっと言い難そうに。そしてどこか寂しげな顔をして語り始める。
「少し前、昼休みに学校の屋上で、水城さんに好きだと言ったんだ。一方的な気持ちで申し訳ないけど、それでも好きでいて良いかって」
「それで、姉さんはなんと?」
「一方的な気持ちじゃないって。水城さんも、僕が好きだって感じの返事を貰った」
「ええっ?」
それじゃあ、二人は今付き合ってるってこと?全然気付かなかった。
今まで姉さんのことを基山さんの気持ちに気付かない鈍感な姉だと思っていたけど、どうやら鈍かったのは僕だったようだ。と、思ったのも束の間。
「ただし!」
大きな声が僕の思考を断ち切った。何だろう、嫌な予感がする。
「その後水城さんはこう言ったんだ。友達なんだから、当たり前でしょって」
「え、友達って?」
おかしいな。確かに友達同士でも好きとは言うけど、基山さんが言ったのは恋愛的な意味での好きだよね。
「その時すぐに訂正すれば良かったと、今では後悔している。だけど頑張って好きだと言ったのに、ちゃんと伝わって無かったことがショックで。モタモタしているうちにチャイムが鳴って、授業が始まるから行かなきゃって言われて」
姉さん、そこは行っちゃダメでしょ。授業も確かに大事だけど、もっと大切なことが目の前で起こっているんだよ。
「何度か告白のやり直しをしようとしたこともあるけど、中々タイミングが合わなくて。今日までズルズルと引きずっているんだ」
遠い目をしながら窓の外を眺める基山さんを見ていると、居たたまれない気持ちになってくる。
やり直しができずにいるって言ったけど、それは仕方がないかも。僕も霞さんに好きだと言ったからわかるけど、告白するのにはすごく勇気がいるんだ。それなのにその告白に気付いてもくれず、あげく友達発言をされたのなら、心が折れてしまっても無理はないかも。
それにしても姉さん、告白に気付きもしないだなんて。やっぱり鈍いのは僕ではなく姉さんの方で間違いないようだ。
「姉さんが大変な失礼をしてすみません。僕にできる事なら何でも協力しますから」
「いや、八雲が謝ることじゃないよ。それにこれは僕の問題だから。タイミングを見てもう一度伝えるよ。今度はもっと分かり易く」
僕を気遣っているのか、優し気にそう答えてくる。基山さんは面倒見がよくて優しくて、正直姉さんには勿体無いくらい良い人だ。だから姉さん、今度告白された時は、最低でも気づいてはあげてね。
「ところで、どうして急にこんな話を?まさか水城さんに好きな人ができたとか⁉」
「大丈夫です、それはありませんから。姉さんは自分の恋愛には全く興味がない人なので。誰かを好きになるだなんて考えられません」
「それはそれで良くないけど。でもそうでないとすると、八雲に好きな人ができたとか?」
「まあ、そんなとこです」
正直に打ち明ける。別に隠すような事でも無いしね。
「そっか、八雲に好きな人か。相手は学校の女の子?」
「それは…」
さてどうしよう。好きな人ができたというだけなら話しても構わないと思ったけど、相手が霞さんだという事まで言って良いものかどうか。
霞さんは基山さんのクラスメイトでもあるわけだから、きっとビックリさせてしまうだろう。そう悩んでいると。
「ただいまー」
玄関のドアが開き、姉さんが帰ってきた。僕と基山さんは話を中断させて迎えに行く。
「おはよう水城さん。お邪魔してます」
「ああ基山。もう来てたんだ」
そんな素っ気無い返し。どうやら姉さんは基山さんのことを全然意識していないようだ。基山さん、頑張って。
「そうそう。さっきそこで霞とあったから、一緒に来たわ。霞、上がって」
そう言うと、ドアの奥から私服姿の霞さんが顔を覗かせる。そう、今日の勉強会には霞さんも参加するのだ。
「お邪魔します」
控え目な姿勢でドアを潜る霞さん。すると出迎えに来ていた僕と目が合った。
「あっ」
何か思ったように、少しだけ目の色が変わる。
僕が今立っている床と、玄関との段差が12センチくらい。今なら丁度目線がしっかり合う。
「おはようございます、霞さん」
僕は満面の笑みで挨拶をする。瞬間、霞さんが少し頬を赤く染めたように見えたのは気のせいだろうか?
霞さんの顔色はすぐに元に戻り、いつもと変わらない笑顔を僕に向けてくれる。
「おはよう、八雲くん」
霞さんには、やっぱり笑顔が一番似合う。優しくて温かくて、未だ手の届かない所にいるのが少し悔まれるけど。
そんな霞さんに追いつくために、この12センチの差を早く埋められますように。
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