八雲side

その12センチに追いついて 16

 空を見上げると…いや、わざわざ見上げなくても、白い雪が舞っているのが分かる。

 こんな天気だと言うのに傘もささずに、僕は霞さんを待っている。

 この公園を訪れるのもずいぶん久しぶりだ。昔はよくここで霞さんの連れてきたハチミツと遊んだっけ。

 その公園を待ち合わせ場所として選んだのは、深い理由があったわけじゃない。霞さんの家から比較的近く、余計な邪魔が入らなさそう。それでいてすぐわかる場所となると、ここしか思い浮かばなかったのだ。だけど、雪が降るのは想定外だった。


(思ったよりも寒いな)


 冷えた手をこすり合わせて温める。厚手のコートを羽織り、マフラーや手袋もしてきたけど、それでも寒い事に変わりない。

 こんな寒空の中、あんな一方的な呼び出しに応じて来てくれるだろうか。そもそも連絡とらない宣言はまだ解除されていないのに、電話したことを怒っていないだろうか。

 もしも怒っているのなら来ないかもしれない。その時は本当に愛想つかされたと考え、もう霞さんには近づかない方がいいのかも。


 だけど今日だけは我儘になると決めていた。霞さんが来るのを信じて、雪が降っていようと何時間でも待ち続けるつもりだ。そう覚悟を決め、いつか霞さんと座っていたベンチに腰を下ろしていると…


「八雲くん!」


 正面に見える階段の下から、焦った様子の霞さんが上ってくるのが見えた。


「霞さん?」


 これは思っていたよりもずいぶんと早い。何時間でも待つつもりだったのに、電話を掛けてからまだ二十分も経っていないだろう。拍子抜けしながらも驚いていると、霞さんは息を切らせながら、僕に駆け寄ってくる。


「や、八雲くん」

「霞さん、もしかして走ってきたんですか?危ないですよ、雪降ってるのに」

「その雪の中で待っていた人に言われたくないよ!」


 確かに。息を整えた霞さんは、納得する僕をジト目で睨む。


「さーちゃんといい八雲といい、どうして姉弟そろって寒い中待とうとするの?雪が降ってるんだから、どこかお店にでも入ってればいいじゃない」

「そうは言ってもこの辺に喫茶店なんてありませんし。と言うか、どうしてそこで姉さんが出てくるんですか?」

「今はそんなことはどうでもいいよ。と言うか、私が来なかったらどうするつもりだったの?実家に帰っていたから良かったけど、そうでなかったらそもそも来られなかったんだよ」

「ハチミツの命日だったので帰ってきているものと踏んで、電話してみました。あ、僕も今日ハチミツのお墓には線香を添えてきたのですが、良かったですか?」

「八雲くんに覚えていてもらって、ハチミツも喜ぶよ。って、そうじゃなくて。ちょっと待ってて」


 霞さんはそう言って、ベンチの横にある自販機に硬貨を投入する。どうやら温かい物でも買って少しでも温めようとしているのだろう。


「買うのなら自分で払いますよ」

「いいの!お姉さんに任せなさい!」

「…はい」


 勢いに押される形で頷く。確か前にもこんなやり取りがあった気がする。

 熱々の缶コーヒーを受け取ると冷えていた手を温める。だけどそれに口をつける気にはなれず、目は霞さんに向けたままだ。

 何から話そうか。色々シミュレーションしてきたはずなのに、いざ本人を目の前にすると頭が真っ白になる。

 それでも何か言わなきゃ。そう思って口を開いたけど、僕が言うよりも早く霞さんが言葉を発した。


「ごめんなさいっ!」


 開口一番に謝罪の言葉を口にする彼女。頭を深々と下げるその姿に、僕は呆気に取られてしまう。


「この前は本当にごめん。酷い事言って傷つけて。私、八雲くんの気持ちを全然考えてなかった。謝って許される事じゃないかもしれないけど、それでもごめん」


 まるで謝られているこっちの方が悪いと思うくらいの悲痛な声。霞さんはそのまま冷え切った地面に膝をついて、更には両手も……


「ちょっと、何をしようとしてるんですか⁉」

「何って土下座を」

「そんなの良いですから、立って下さい!」


 公共の場で女性に土下座させるわけにはいかない。手にしていたコーヒーを置いて、慌てて駆け寄る。

 こんな姿、誰かに見られたらなんて思われるか。幸いこの雪のせいか、公園には僕等以外誰もいなかったけど。

 幸い霞さんは僕の言う通り立ち上がってくれたけど、潤んだ目は相変わらずだ。


「ごめん、本当にごめんね」

「謝ってくれなくても良いですけど、怒っていませんか?」

「怒る?どうして?」

「連絡とるのを止めようって言われてたのに、電話したから」

「そんなことで怒らないよ。八雲くんの方こそ、一方的にあんなこと言われて、怒ってないの?」

「怒ると言うか、ショックでしたね。フラれてしまったんだって思って、しばらく立ち直れませんでした」

「ああ、やっぱり。って、フッたわけじゃないから」


 そうだったの?てっきりフラれたものだと思ってた。まあ連絡禁止なんて言われたのだから、恐らくそれに近い状態ではあったのだろう。


「それじゃあ、僕のことを嫌いになったわけじゃ…」

「無いよ。八雲くんのことを嫌いになるだなんて、そんなわけない。でもゴメン。それなのにあんな、あんなこと言って」


 霞さんの顔が青ざめているのは、おそらく寒さだけのせいじゃないだろ。だけど僕は対照的に、嫌われてないと知ってホッとしている。


「あんまり気にしないでください。それより、何があったのか聞かせてもらえませんか。あの時の霞さん、やっぱり様子がおかしかったですよね」

「それは…」


 霞さんは言い難そうに口をもごもごしていたけどやがて意を決したように言った。


「実は少し前から仕事が全然上手くいっていなくて、毎日何をやっているんだろうって思って焦ってた。結果を出したいのに出せなくて。それで、八雲くんに八つ当たりしてた」

「そんな。上手くいっていないなら、どうして相談してくれなかったんですか?そりゃあ僕では力になれないとは思いますけど、話を聞くくらいはできますよ」

「それは、そんなダメな所を知られて……嫌われたくなかったから」

「はっ?」


 思わず耳を疑った。

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