番外編

番外編 『八雲くんと霞さんをくっつける会』活動記録

 中学校の校舎の中、階段を上った先。僕は…いや僕等は、屋上へと続く扉の前にある小さなスペースに集まっていた。


 すぐ横にある扉には常に鍵がかかっていて、普段この辺りに生徒はほとんど寄りつかない。だけど今日は違う。男子三人に女子四人の、計七人がこの場にいる。そして僕以外の六人は、揃ってこちらに目を向けていた。


「それで、いったいこの休みの間に何があったの?」


 興奮気味にそう聞いてくるのは竹下さん。他の皆も、興味津々と言った様子で僕の言葉を待っている。

 さて、どうしてこんな事になっているのか。話はほんの数分前に遡る。

 霞さんと付き合い始めた次の月曜日の昼休み。僕はその事を竹下さんに伝えていた。


「ええっ、霞さんと付き合う事になったの⁉」


 竹下さんには度々恋愛相談をしていて、何かあったらすぐに知らせるように言われていたから報告したのだけど、予想通り驚かれた。まあそれだけなら良かったのだけど。


「みんなー、八雲くんがねー、ついに霞さんとねー!」


 そう声を上げたかと思うと、とたんに数名の男女が集まって来て。僕はそのまま拉致られて今に至ると言うわけだ。


「ついにやったね」

「それで、やっぱりもう一度水城から告白したのか?」

「霞さんは何て返事をしたの?」


 そんな風に質問されても、一度に全部は答えられない。とはいえ今集まっている面々はいずれも今まで相談に乗ってくれた人ばかり。ちゃんと説明するのが筋というものだろう。


「ええと、事の始まりは姉さんの進路の話になるんだけど…」


 かくして僕は姉さんの進路の事で揉めた事や、話を聞いてもらうために霞さんと付き合う事になった事を詳しく話したのだった。

 このあまりに特殊な経緯に幾度となく突っ込みを受けながらも何とか要点を話し終えると、皆は興奮気味に声を上げる。


「それじゃあ、霞さんの方も本気なんだな」

「やったじゃない。くっつける会を続けてきた甲斐があったよ」


 くっつける会?なんだか聞き慣れない言葉が出てきた。だけどそれについて尋ねる前に、逆に僕が質問される。


「それで、付き合う事になって、その後はどうしたの?デートにでも行ったの?」

「いや、デートはまたの機会という事で」

「それじゃあ、以前伝授した胸キュン技は使った?後ろからハグするとか、頭をポンポンと撫でるとか」

「それもやって無い。そもそも身長が足りないから、無理にそれらをやろうとするとバランスが悪くなるよ」


 背は伸びてきているけど、まだ霞さんの方が高い。先ほどあげられた技を披露するのはもう少し先になりそうだ。


「やったことと言えば…」

「なに?何かあるの?」


 竹下さんがグイッと顔を近づけてくる。他の皆も固唾を飲んで僕の言葉を待っている。なんだか随分と期待をしているようで、言い難いなあ。


「大したことじゃないんだけど……キスを…」

「「「「「「したの⁉」」」」」」

「頬!軽く頬にしただけだから!」


 慌ててそう付け足すと、とたんに皆が「何だ―」と脱力したような声を漏らす。


「そこはやっぱり口だろ」

「いや、でも付き合い始めたばかりだからねえ。無理に急ごうとすると、がっついていると思われちゃうから。それで良かったのかも」

「まあ、八雲君らしいか」


 本当に好き勝手言ってくれる。僕としては頬にするだけでもドキドキだったんだから。


「それ以上なんてとても無理だよ。だから霞さんにも、この続きはもう少し大人になってからにしますって言っておいた。その時は覚悟して下さいっても」

「何その殺し文句⁉」

「水城君、どこでそんなテクニック覚えたの?」


 どこでって。いつも皆がこうすれば良い、ああ言えば良いとアドバイスしてくるセリフや技を応用してみただけなんだけどなあ。


「ごめん。ひょっとして何か失敗してた?」

「ううん、そんなこと無いから」

「よし、次はもっとすごい事が出来るよう、新たな技を考えるぞ」


 そうして皆はどんな時にどんなセリフを言ったら良いだの、年下である旨味を生かして上目遣いで訴えるだの、様々なテクニックを伝授してくる。

 それらがいったいどれくらい役に立つかは分からないけど、こうやって親身になって相談に乗ってくれる友達がこんなにいると言うのは、素直に嬉しい。


「八雲くん。付き合えるようになったからと言って、油断は禁物だからね。むしろこれからが本番なんだから」


 竹下さんがそう言って笑う。もちろん僕も、これで気を抜くつもりはない。

 たくさんの友達に支えられながら、今日も恋愛スキルを高めていくのだった。

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