八雲side→霞side

その12センチを埋めたくて 18

 霞さんと別れた後、公園の出口まで来た僕はこっそりと後ろを振り返る。


 ここからだともう霞さんの姿は見えない。という事は、向こうからも僕は見えていないはずだ。それを確認すると、胸の奥にため込んでいた物を出すかのように息を吐いた。


「――ッ!心臓が止まるかと思った」


 気を抜いた途端に足が震えてきて、思わずそばにあったフェンスにもたれ掛かる。

 疲れた。霞さんの前では格好悪いところを見せないよう頑張っていたけど、本当は声が裏返りそうなのを必死で押さえ、ガチガチに緊張した顔を見せないよう余裕のあるふりをして笑顔を作っていた。


 周りに誰もいなかったのが幸いだ。赤面しながらおかしなことを口にしている僕は、事情を知らない人からは変な奴だと思われる事だろう。

 けどこれは仕方が無いじゃないかって自分では思っている。

 告白するのがこんなにも大変で、勇気がいるものだったなんて。それなりに覚悟はしていたつもりだったけど、想像以上だった。


(でも、上手く伝えられたかな。おかしな子だって思われてないよね?)


 火照る顔を冷ましながら、さっきまでのやり取りを思い返す。まあおかしいといえば全てがおかしいんだけど。

 相手は高校生なのだから。小学生からの告白だなんて、普通は本気にしないだろう。ここまで頑張ったにもかかわらず霞さんに呆れられて、今後相手にされなくなる可能性だってある。

 追いつきたいはずが、逆に距離を広げてしまったら笑い話にもならないけれど。そんなリスクを背負ってでも、僕はありのままの気持ちをちゃんと伝えておきたかった。

 だってそうでもしないと、霞さんは僕を見てくれないだろうから。

 これで僕のことを見てくれるようになるかどうかは分からないけど、とりあえず今できるだけのことはやった。けど、むしろ本番はこれからだ


「―――っん!」


 もたれ掛かっていたフェンスから身を起し、体を伸ばして姿勢を正す。

 もっとしっかりしないと。これから追いつかなきゃいけないんだから、霞さんに。

 告白しただけで精神をすり減らしてこの有様だ。格好悪くならないよう、僕なりに凛とした態度で挑んだつもりだったけどやはり難易度は高く、途中から緊張しているのがバレないかとひやひやしていた。


 けどいつか、今みたいに背伸びして無理に近づこうとするのではなく、本当に霞さんに追いつくことができたのなら、その時にもう一度言うんだ。好きだって。

 楽な道でも、短い道でもないという事は分かっている。だけどそれでも、一歩ずつ前に進んでいきたい。


「まずは身の回りのことくらいはしっかりできるようにならないとね。とりあえず帰ったら洗濯をたたんで掃除をして夕飯の用意を……なんだかいつもと分からないなあ」


 どうしたら大人になれるのか。その答えを探しながら、僕は今日から歩いて行く。好きな人に、もう一度好きだというその日のために。


 早く大人になりたい。そう思う理由が、一つ増えた。



            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 家に帰ってきた私は、ただいまの挨拶もせずにそのまま自分の部屋へと駆け込んだ。


 ドアを閉じ、電気も付けないまま自分の胸に手を当てると、ドクンドクンと大きく波打っているのが分かる。

 急いで帰って来たものだから息を切らしているし、心臓が高鳴るのは当然なんだけど、たぶんそれだけのせいではないだろう。

 少しの間そうして立ち尽くし、ようやく落ち着いた後。制服から着替えもしないまま、ベッドにうつ伏せになる形で身を投げる。


「―――――ああっ!」


 何の意味も無い声を上げる。

 公園での八雲くんの言葉が頭から離れない。もっと大人になったらもう一度好きだと伝えるって言っていたけど、そんなの一時的なものだよね。どうせしばらくしたら私への恋心なんて忘れちゃうんでしょう。それだったら。


「……嫌だなあ、そんなの」


 思わずそう呟いてしまった事に気付き、ハッと我に返って身を起こす。


 何を言っているの⁉八雲くんは小学生だから!歳が離れすぎてるから!

 今は小学5年生だから、5歳も歳の差がある。そんな子を意識してしまったり、忘れられたら嫌だと思ってしまうだなんて絶対におかしいよ!


(あ、でも5歳くらい歳の差があっても、結婚している人達は結構いるから。そこまでおかしいわけじゃ…)


 って、違う!そんな先の話じゃなくて、今意識しちゃっていることが問題なの!

 再びゴロンとベッドに横になり、今度は仰向けになって天井を見上げる。


「私はショタコンじゃないのにぃ…」


 そんな独り言を言っていると、ふとベッドの脇に置いてあるデジカメが目に入った。

 横になったまま手を伸ばすと何とか届き、電源を入れて保存している画像のデータを呼び出した。


 画面に映し出されたのは、楽しそうにハチミツの頭を撫でる八雲くんの姿。

 やっぱり無邪気で、可愛い顔をしているなあ。とてもさっきまで凛とした表情で告白してきた子とは思えないよ。だけどこうして見ると、こんなふうにハチミツとじゃれ合う無邪気な八雲くんもそれはそれで……


「あっ!」


 ここにきてようやく思い出す。今日は私がハチミツを散歩させなきゃいけないんだった。

 慌ててベッドから身を起してリビングに向かうと、ハチミツはソファーで横になりながら退屈そうな顔をしていた。

 だけど私の姿を見た突端起き上がり尻尾をふってくる


「ごめん、待ちくたびれたよね」


 急いでリードを用意して首輪に繋ぐ。

 その時に目が合ったハチミツは、何故か首をかしげているようで。まるで「どうしたの?」と質問されているみたいに思える。


「ハチミツ。私、どうしたら良いと思う?」

 ハチミツの頭を撫でながら、そんなことを聞いてみる。割と真剣な問いかけだったけど、当然ハチミツはとぼけた顔のまま。

 可愛らしい顔で「ワン」と鳴いただけだった。

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