その12センチを埋めたくて 17

 ここにきて再度告白だなんて。驚きを隠せない私を前に、八雲くんは態度を崩すこと無く語り続ける。


「そんなに驚かないでください。別に今すぐどうにかなりたいって思っているわけじゃないですから。さっきも言いましたけど、僕はまだまだ子供ですし。霞さんと釣り合うだなんて分不相応なことは思っていません」

「いや、別に釣り合うとかそういう問題じゃなくて」


 必死になって何か言葉がないかと探している私を見ながら、八雲くんは近づいてくる。

 そして私のすぐ目の前で止まった。小柄で背の低い八雲くんは、見上げる形で私の目を見ている。


「10センチ…いえ、12センチメートルくらいですね」

「えっ?」

「それくらいですよね。目線の高さの違い」


 八雲くんの言う通り、私達にはそれくらいの身長差がある。だからこうして話をしている時も、私はやや頭を下げた状態となっていた。


「目線一つをとっても、僕は霞さんに全然追いついてないです。単に背が低いだけの話では無く、それだけ僕はまだ未熟で、大人になれていないということです」


 大人になれていない。確かにそれは間違ってはいない、そのはずなんだけど。

 真っ直ぐな目で私を見つめる八雲くんからは、なぜだか幼さを感じることができなかった。むしろ今この瞬間に 限っていえば、高校生の私よりも大人び印象すらある。

 そう思った時、心臓が強く波打っている事に気が付いた。


「今はそれでも仕方がないとは思います。ですが、だからと言って諦めるつもりはありません」


 ……どうしてだろう。

 今までも告白を受けた事はあるのに。ましてや八雲くんはまだ小学生だというのに。どういうわけがこれまで経験した事が無いくらい、胸の奥がドキドキいっている。

 八雲くんの言葉からは切実な思いが伝わってきて、これまでかけられてきたどんな言葉よりも、ずっと温かくて重みのある何かがあるような気がした。


「もっと大人になって、いつか目線が追い付いた時。その時にもう一度、僕は貴女に好きだと伝えるます。ですからその時まで、どうか待っていて下さい」


 その見上げる眼差しに、思わず吸い込まれそうになる。

 そこにいるのはいつもの無邪気で、まるで弟のような八雲くんではなく、一人の男の子。

 湧き上がってくる熱で頭がやられたのか、私は返事をするのも忘れてしばらくボーっとしていた。


 ―――って、ダメだよ。何黙っちゃってるの。昨日も気の利いたことなんて言えなかったんだからせめて今度は、こんどこそ何か言わなきゃ。何か、何か……


「…分かった。八雲くんがそう言うのなら」


 緊張しながら、焦りながら。ついそんな事をポロっと言ってしまった。って、何を言ってるの私⁉


「あっ、違う。今のは無しで」


 思わず逃げ腰になり、そんなことを言ってしまう。だけど今日の八雲くんは容赦がまるでなかった。


「ダメですよ、もう言質はちゃんと取りましたからね。待っていてくださいと言う問いに、確かに分かったと答えましたよね」


 途端にいつもの可愛らしい笑顔になって、逃げ道を塞ぐような事を言う。

 けどズルいよ。そんな顔でお願いされたら、今のは無しだなんて言えないじゃない。

 戸惑う私を見ながら八雲くんはまだ真剣な様子で、だけど優し気な笑顔は作ったまま話を続ける。


「今はまだ、僕を弟みたいな奴って思ってくれても構いません。だけどいつか必ず、振り向かせてみせますから」

「で、でもそれまでに、八雲くんが別の子を好きになっちゃうかもしれないじゃない。その時はどうするの?」

「それは無いです。僕が好きなのは霞さんだけですから」


 言い切っちゃったよ!


「待たせていると見せかけて、私が誰か別の人と付き合ったりしちゃうかもしれないよ」

「その時はその時です。奪いに行けば良いだけですから」


 ちょっとちょっと、なにサラッと凄い事言ってるのこの子は!


「とにかく、そう言うわけです。すみません、長々と喋ってしまって」

「それはいいけど…って、八雲くんは本当にそれで良いの⁉」

「構いませんよ。もし嫌ならこんな風に、わざわざ時間を取らせるようなことはしませんし」


 そりゃあそうだ。

 八雲くんは全てを言い終えた後、満足そうに息をつく。


「今日はもう帰りますね。だいぶ遅くなってきましたし、洗濯物も取り込まないといけないので。それでは、また」


 八雲くんはお辞儀をした後、踵を返して歩いて行く。


 ……顔が火照る。

 ……心臓がうるさい。


 小さくなる後姿を見つめながら、私はどうにか心を落ち着かせようと頑張る。だけど意識すればするほど、火照りも胸の高鳴りも、治まるどころか逆に激しさを増していく。

 結局八雲くんの姿が見えなくなるまでの間私は動けず、一言も発することも無く。ただその場に呆然と立ち尽くしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る