恋side
その12センチを埋めたくて 20
新しいけどまだ馴染んでいない制服に身を包みながら。私、竹下恋は校舎を出た。
今日は中学校の入学式。桜はもう散ってしまっていたけど、春を感じさせる暖かい風が吹いていてとても心地よい。
校舎から校門へと続く道には、私と同じように入学式を終えた新入生の姿がちらほら見える。私はその中から、彼の姿を見つけた。
「八雲くん!」
名前を呼ぶと気づいてくれたようで、こっちを振り向いて手を振ってくれた。
「竹下さん。今帰り?」
「うん。今日は帰った後、お婆ちゃんに制服を見せに行くの。ブカブカだから恥ずかしいけど」
「少し大き目の物を買わないと、後で小さくなるかもしれないからね。僕も似たようなものだよ」
そう言った八雲くんの制服も、確かに若干大きめだった。
「けど、八雲くんならすぐにピッタリになるんじゃないの?背も伸びて来てるでしょ」
「まあ、そうかも」
八雲くんはそう答えた後、ふと遠くを見るような目をして小さく呟いた。
「まだ半分くらいか」
「えっ?」
「何でも無い」
さっきのは本の一瞬で、もういつもの顔に戻っていた。
だけど私は知っている。八雲くんがあんな目をする時は、決まって霞さんのことを考えているという事を。
もう二年になるだろうか。当時小学五年生だった八雲くんは、お姉さんの同級生である霞さんに恋をした。
普通なら五つも歳が離れていたら叶わぬ恋と諦めるだろうけど、八雲くんはそうせずに。霞さんのことを好きになったと私に打ち明けてくれたのだ。
それを聞いた私はすぐに協力する事にした。
霞さんの誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ったり、間に入って話を繋げたり。いったいどれくらい役に立っているかは分からないけど、諦めない八雲くんを見ているとつい放っておけなくなるのだ。
思えば、八雲くんが霞さんのことを好きだという事にすぐに気づいて協力を決めたのは幸いだった。
あの頃の私は、八雲くんのことを好きになりかけていたのだから。
けれど一途に恋をする八雲くんを見ていると、とても他人が入り込む余地なんて無いというのが分かる。
早々に気持ちの整理を付けられたおかげで今はこうして一人の友達として、八雲くんの傍にいられるのだ。
決して負け惜しみや強がりではなく、私は今のポジションに結構満足しているのだ。
「それで、もちろん制服姿、霞さんに見せに行くんだよね」
「できればそうしたいけど、急に行って大丈夫かな?霞さんも忙しいだろうから、いきなり連絡しても迷惑かもしれないし」
珍しく弱気な発言。だけど大丈夫、こんな事もあろうかと。
「霞さんへの連絡は私が済ませておいたから。入学式が終わったら二人で制服を見せに行きますって」
「いったいいつの間に?と言うか竹下さん、霞さんの家の電話番号知ってたんだね」
「うん。春休みに会った時に聞いといた。電話くらいできるようにならないと、二人のサポートなんてできないものね」
「それは有難いけど…やけに積極的だね」
「そりゃあ会長だもの。八雲くんと霞さんのためなら頑張らなきゃ」
「会長って?」
「何でも無い。それより、早く行こう」
首をかしげる八雲くんの背中を押しながら、私は歩を進める。
「そう言えば、お婆ちゃんの所には行かなくていいの?」
「行くよ。だからこうして急いでるの」
「だったら無理して付き合ってくれなくても大丈夫だよ。一人でも行けるから」
「ダメ、私も行きたいの。待ち合わせしてるのが霞さんだけなら遠慮するけど、今日は皐月さんも一緒だから。せっかくだから私も会いたい」
「ああ、姉さんもいるんだ。僕には何にも話してくれなかったなあ」
ゴメンね、本当は二人きりにしたかったんだけど。話を進めているうちに皐月さんとも会うことになっちゃったの。私としては皐月さんにも制服を見せたいから良いんだけど、八雲くんにしてみれば残念だったかな?
「ゴメンね、二人きりにさせてあげられなくて」
「ううん、そんなこと無いよ。竹下さんが協力してくれてるおかげで、霞さんと仲良くやっていけてるんだから……ありがとう、竹下さん」
無垢な笑顔で笑いかけられる。
こういう笑顔を見ていると、霞さんの前に八雲くんに悪い虫がつかないかと心配になってしまうけど、それを何とかするのも私の役目だ。
改めて二人をくっつける事を決意する。
八雲くんは霞さんとの間に距離があると思っているみたいだけど、女の私から見れば霞さんもちゃんと八雲くんのことを見てくれているのがよく分かる。だから、そんなに焦らなくても良いんだよ。
これからもこの先も、八雲くんと霞さんが仲良くいてくれますように。
八雲くんと霞さんをくっつける会、会長 竹下恋
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