八雲side
その12センチに追いついて 5
初詣に来たのは、ほんの思い付きだった。
昨夜の同窓会は二次会まで参加して、帰宅したのは夜遅く。そのため今朝は少し遅くまで眠っていたけど、起きたら起きたでやる事が無く暇を持て余していた。
最近の僕は暇さえあればバイトばかりしていたから正月くらいはゆっくり英気を養おうと思っていたけど、いざ休んでみると何をすればいいのか分からなかったのだ。
こんな事ならやっぱりバイトを入れておけば良かったと漏らしたところ、それを聞いた姉さんから「少しは休め」と怒られてしまった。
(昔は姉さんに働きすぎだって言ってたけど、これじゃあ僕も変わらないか)
所詮はあの姉さんの弟ということか。とは言えこのまま何もしないというのはあまりに勿体無い。せっかくだから初詣にでも行ってみようと思って出てきたわけだけど、そこで思わぬ出会いがあった。
(霞さん?)
ごった返す人の流れにのまれないよう、参道の端に立つその姿を見た時は目を疑った。
正月も忙しいから帰らないと言っていたのに、どうしてこんな所にいるのだろう?
それに、何だか悩んでいるような難しい顔をしているし。かと思えば急に笑顔にもなって、一人で百面相を繰り返している。
声をかけて良いか少し悩んだけど、せっかく会えたんだ。挨拶くらいはしても良いよね。
そう結論付け、声を掛ける事にした。人込みをかき分けて彼女に近づき、その名前を口にする。いつもの調子で「霞さん」と。
声を掛けられた霞さんは最初よく分からないことを口走っていたけど、やがて落ち着いたように僕を見る。
「八雲くん、どうしてここへ?」
「年も明けましたし、ちょっと初詣にと思って」
「そ、そうだよね。神社だもの、初詣に来たに決まっているよね」
そう返してくる霞さんの顔は赤く、どことなく挙動不審な気がする。その事も勿論気になったけど、僕はもう一つの疑問について尋ねてみる。
「霞さんこそ、どうしてここにいるのですか?忙しいから正月は帰らないって言っていましたよね」
「えっと…そのつもりだったんだけど、時間ができたから。少しだけ帰ってみようかと思って」
「教えてくれれば良かったのに」
「ゴメンね。本当にちょっとだけのつもりだったから、会う時間は無いかなって思ってたの」
霞さんは申し訳なさそうに謝ってくる。
まあいいか。偶然とはいえこうして会えたんだし……なんて楽観的に考えることはできない。
最近の霞さんは、どうもおかしいから。電話で話す時もどこか元気がないような気がするし、メールの文章だって淡白だ。
話をしている今だって何だかバツの悪そうな顔をしているし、さっきから目を合わせてもくれない。
もしかして気付かないうちに、何か気に障るような事でもしたかなあ?
いっそ聞いてみようかとも思ったけどすぐに思い止まる。前に電話で同じ質問をしたけど、その時は何でも無いと言われてはぐらかされてしまった。
今聞いたところで、きっと結果は変わらないだろう。となると……
「お参りは、もう済ませたんですか」
「ううん、まだだけど」
「それなら、一緒に行きませんか?僕もこれからなので」
「えっと…」
言葉を詰まらせ、考え込むように黙ってしまった。
その間僕はドキドキしっぱなしだ。一緒にお参りに行くだけという簡単なお願いさえも拒否られてしまったら、きっとショックで寝込んでしまうだろう。
だけどそんな僕の不安は杞憂に終わる。霞さんは考えるのを止めると、小さな声で返事をしてくれた。
「八雲くんが良いって言うなら、一緒に行きたいかな」
良かった。思わず心の中で拳を握る。
かくして僕等は一緒に行くこととなり、二人して並んで歩いて行く。
その際自然と手を繋げたことに、正直ほっとした。何せ最後に会ってから結構間が空いていたし。霞さんは否定するだろうけど、やっぱりどこか様子がおかしいし。
だから手を繋ぐという些細なことでも、喜ばずにはいられないのだ。
僕等は社の前まで行くと賽銭箱にお金を入れ、二礼二拍手一礼を済ませた後に、手を合わせて願い事をする。
途中こっそり霞さんに目をやると、何やら熱心にお参りしているのが分かる。あまりジロジロ見るのも失礼なのですぐに止めたけど、何をお願いしたのかやっぱり気になってしまう。
僕も自分のお参りも済ませると、他の人の邪魔にならないよう移動する。神社の端の比較的人通りの少ない場所までやって来ると、思い切って霞さんに聞いてみた。
「何をお願いしたんですか?」
「仕事が上手くいきますように、かな。八雲くんは?」
「僕も同じです。春からは働き始めるので、ちゃんと出来るようお願いしておきました」
「そっか。確か役場の福祉課に就職が決まったんだよね。困っている人の力になりたいって言ってたっけ。偉いなあ、やっぱり」
「そんなこと無いですよ。まだ上手くいくかどうかも分かりませんし」
「大丈夫だよ、八雲くんなら。だって……」
ふと、霞さんに影が落ちる。
「私とは、違うんだから」
「えっ?」
驚いて表情を窺ったけど、次の瞬間には笑顔に戻っていた。
「何でも無い。それじゃあ、そろそろ行こうか」
そう言って何事も無かったように歩き出す。いや、本当にそうだろうか?
笑っているはずなのに、何だかその笑顔が嘘っぽく思えてならない。十年以上追いかけてきた人のことだもの、それくらいは分かる。
僕は急いで追いかけて、霞さんの手を取った。
「霞さん!」
「な、何?」
「間違っていたらごめんなさい。霞さん、何だか無理をしていませんか?」
「えっ?」
驚いたように目が開かれる。そして焦ったように、早口で喋り出す。
「なんのこと?してないよ、無理なんて」
「嘘ですよね。気づいていないでしょうけど、さっきから目も合わせようとしていませんよ」
するとハッとしたように、慌てて目を合わせてくる。だけどその仕草が、余計に怪しく感じられる。
これはもう何かあると見て間違い無い。だから僕は、ずっと聞きたかった事を思い切って聞いてみる。
「いったい何を隠しているんですか?最近、僕を避けている事と関係があるんですか?」
そう言った瞬間、今度は明らかに表情が崩れた。
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