霞side

その12センチに追いついて 7

 気晴らしになれば儲けもの。そんな気持ちで言った初詣だったけど、結果は最悪。まさかあんな所で八雲くんと会うだなんて思ってもみなかった。

 会いたいけど会いたくない。そんな矛盾した気持ちを抱えていた私は、みっともなく自分勝手な主張や不満ばかりをぶつけてしまって、八雲くんを傷つけてた。

 家に帰っている最中、興奮していた頭がだんだんと冷めていき、自分のしてしまったことを理解するにつれて血の気が引いて行く。


(どうしてあんな事を言っちゃったかなあ)


 八雲くんに不満があるわけじゃ無かったのに、暴言を吐いた上に会わない方が良いだなんて、本当に身勝手だ。あんな事、本気で思っていたわけじゃないのに…


(本当にそう?)


 不意にそんな疑問がよぎった。

 本気で思っていないと、とっさには言えないんじゃないだろうか。そう考えると、だんだんとそうではないのかと思えてくる。

 仕事が上手くいかない中で、八雲くんが向けてくる無垢な眼差しがプレッシャーになっていたことは事実だ。


 そんな目で見ないで。私は八雲くんが思っているほど、何でもできるわけじゃないんだよと、幾度となくそう思って来た

 だけどその事を知られたら、幻滅されるんじゃないかと思って。怖くて今日まで伝えられずにいた。

 その結果拗らせてしまったのだから目も当てられない。


 もちろんこれらの事は八雲くんが悪いわけじゃ無い。私がもっと素直に弱音を吐けていたら、結果は違っていたかもしれない。

 だけど今更後悔したところで後の祭りだ。きっと八雲くんは、私の事が嫌いになってしまっただろう。

 自分から会わない方が良いなんて言ったくせに、悲しくなってしまっているのだからおかしなものだ。

 そんなぐちゃぐちゃとした気持ちの中、フラフラとした足取りでどうにか家へと辿り着く。

 家の中に入りリビングへ向かうと、そこでは出かける前と同じように、お母さんがくつろいでいる。


「あれ、帰ったの?」


 人の気も知らないで、暢気にテレビを見ているお母さん。

 そう言えば、出かける前は彼氏について聞かれていたっけ。たった今破局してきましたなんて言えないから、追及はされたくないなあ。


「どこに行っていたの?」

「ちょっと初詣に。仕事が上手くいきますようにって」


 彼氏の話題にならないよう、言葉を選ぶ。別に嘘を言っているわけじゃないけれど、隠し事をしているのだからやはり後ろめたさを感じてしまう。


「それって、駅の先にある神社?だったら、そのお願いにご利益があるかは微妙ね」

「どうして?」

「だってあそこ、元々は恋愛成就の神様を祭った神社だもの。宣伝していないから最近は忘れられているけど。知らなかった?」


 そう言えば、随分前に聞いたことがあるような。

 だけどそんな神社で八雲くんと破局してしまったなんて。もしかしたら起源も知らずにお参りをしたものだから、神様が怒って罰を与えたのかもしれない。

 そんな事を考えていると、お母さんは思い出したように言ってくる。


「そうだ。恋愛と言えば、例の彼氏さんって結局どんな人なの?」


 しまった。そっちに話が行かないように話題を選んだつもりだったのに、失敗だった。


「その話はもういいでしょ。ちょっと休んでくるから」


 これ以上追及されることの無いようバッサリと話を打ち切り、そのままリビングを後にする。


「ちょっと、ちゃんと紹介しなさいよ。なんなら家に連れて来たって良いからね」


 背中越しにお母さんの声が聞こえてくる。けど、それはもう無理な話だ。だってもう終わってしまったのだから。

 自分の部屋に戻った私は、そのまま着替えもせずにベッドに倒れ込む。


「何をやっているんだろう…」


 仕事をしても失敗ばかり。八雲くんにも八つ当たりしてしまう。我ながら最悪だという自覚はあった。

 だけどそれじゃあ、いったいどうすれば良かったのだろう。もしも過去に戻ってやり直す事が出来たとしても、きっとまた上手くいかない事ばかりだろう。今のままだと、成功するイメージが全く湧いてこないのだ。


「まあいいか。もう終わっちゃったんだし…」


 仕事も恋も、もう全部がどうでもよかった。新年早々最悪の気分の中、私は枕に顔を埋めた。

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