おまけ①
「百合子ぉぉぉ。」
私は、泣きながら百合子に電話した。「幼馴染なんだ」というはっきりした千尋の言葉が、今でも胸を締め付ける。
分かっている。あの状況で、千尋はああ言うしかなかった。もし、大地に千尋が彼氏だってバレようものなら、大変なことになってしまう。
だけど、千尋の口から聞きたくなかった。
千尋にあんなにもはっきりと言われてしまうと、私ばかりが千尋を好きなんじゃないかって思ってしまう。
『それで。蓬は恩田にどうしてほしかったの?』
さっきあった出来事を百合子に話すと、百合子は冷静にそう聞いてきた。あくまでも中立の立場でいてくれるからありがたい。
「……わかんない。」
じゃあ、千尋にみんなの前でカミングアウトして欲しいかって言われたらそうでもない。みんなに言いふらしたいわけじゃないから。
『大地にアプローチされてること、恩田に言わないの?』
「言わないよ。困ってるけど大地の自由だし。ていうか、そこまで解決する気もないし。」
『大地にアプローチされているのが嫌じゃないってこと?』
「そうじゃなくってとるに足らないことっていうか。別に私が好きなのは千尋だから大地にアプローチされても関係ないっていうか。もちろんちょっとうざいけど。」
『じゃあ何がそんなに悲しいの?』
私、何が悲しくてこんな気持ちになっているんだろう。目からも鼻からもしたたる水分をティッシュで拭いながら、電話の向こうにいる百合子に待たせる。
……でも、最近の千尋に不満はもっていた。せっかく千尋が楽しく充実した日を過ごしているのに、それに水を差すようで言えなかった。
こんな不満を言って千尋に嫌われたら嫌だし、何より自分自身が千尋の世界を壊すようで嫌だった。だから私が我慢すればいいって思って言わなかった。
「……千尋との時間が欲しかったのかも。」
『時間?』
「うん。最近、千尋って一臣と仲良くしててさ。私と千尋が一緒に帰る約束をしているときにも、一臣がいることあるの。それは別にそれでいいんだけど、最近、2人の時間がとれてなくてさ。」
『そんなの。恩田に言えばいいだけじゃん。2人の時間も欲しいって。』
「あんなに楽しそうにしてたら言えないよ。千尋って今まで、別に1人でいいっていうタイプだったから、友達の大切さを初めて経験しているところだと思うの。だから、一臣との時間も持ってほしいもん。」
『だけど友達も恋人もどちらも大切にするのが普通でしょ。我慢するとこじゃないじゃん。』
「……それはそうだけど。根本的には2人の時間がとれればいいって話でもないような気がするんだよね。」
『どういうこと?』
「……もっと千尋に好かれたいっていう欲が非常に出てる。」
私が一方的に告白して、付き合うようになった私たち。
私も千尋も少しずつ歩み寄って、千尋は私を好きだって言ってくれた。だけど、もっともっと好きになって欲しいし、「好きだったらこうしてくれるんじゃないの?」っていうエゴも出てしまう。
『それは仕方ないでしょ、好きなんだもん。相手を好きでいる限り、もっと好きになってもらいたいって気持ちは出るもんなんじゃないの?』
「……私の方ばかり気持ちが大きいんだろうなって思っちゃう。」
『なんだよ、ノロケかよ。』
「どこがノロケなのよ。」
『だってそれ、少なからずとも恩田が蓬のことを好きなんだって自覚してんじゃん。しかもどんだけ恩田に惚れてんだよって感じだよ。言いたいことを言う蓬が言わないんだから。』
「……言いたいことじゃないからね。」
『でも察してほしいじゃ伝わんないでしょ。』
「……うん。」
『なんでも話し合えるのが良い関係だと思うよ、私は。とりあえず、バカって言ったこと謝りなよ。』
「うん。」
その後は、千尋の話もしたけど百合子の話とかクラスの話とかほんとどうでもいい話ばっかりしちゃって、気付いたら夜の12時を越えてた。
「蓬ーっ。蓬もジョイフル行こうぜ。」
今日は千尋のバイトがない日。だから、通常なら裏門で千尋と待ち合わせ。
だけど、昨日千尋にあんな態度をとってしまったから、ちょっとだけ気まずい。しきりに大地がジョイフルに誘ってくるから、どうしようかと思って千尋を見る。
すると、千尋も私の方を見てくれていた。
……ここで逃げちゃだめだな。しっかり千尋に自分の気持ちを伝えなきゃ。
そう、思ったときだった。
「蓬さん。」
千尋は基本的に、学校で自ら私に声をかけてくることはない。特に私が友達の輪にいるときなんかは、絶対に話しかけたくなんかないだろう。
だけど、ジョイフルの話が飛び交っている中で、千尋は私に声をかけてきた。
普段、私たちに近づいてくることなんかない千尋にみんなも驚いて、騒がしかったグループが一瞬にして静まり返った。
「帰ろう。」
そんな中で千尋が発した言葉はたった一言だった。だけど、そのたった4文字を発するのに、千尋がどれだけ勇気を振り絞ってくれたのか、私には分かる。
嬉しくて、泣きそうになった。私のためにこんな。
「……うん。」
私はそう答えるのが精いっぱいだった。
「は?なに?恩田と蓬ってどういう関係?!まさか、蓬の彼氏が恩田?!」
「ばっか。んなわけねーだろ。恩田と蓬は幼馴染なんだよ。なっ恩田!」
せっかく千尋が勇気を振り絞ってくれたのに、雄一と大地が水をさすようなことを言う。大体、大地はいい加減にした方がいいと思う。こっちは彼氏がいるって言ってんのに。
だけど私は千尋の次の言葉に、目を丸くするしかなかった。
「うん。幼馴染で、蓬さんの彼氏だよ。何か問題あった?」
「えっ。」
……言っちゃった、言っちゃったけど、いいの?!
あんなに気にしていたのに。裏門で待ち合わせするくらいなのに。
「蓬さん、帰ろう。」
「……うん。」
千尋があまりにも堂々と言葉を発するから、私は頷くしかできなかった。そしてそのまま、千尋の後をついて教室と学校を後にした。
いつものように裏門から出て人通りの少ない路地を2人で歩く。
教室の騒がしさは、百合子がなだめてくれていたし、明日学校に行って説明をすれば大丈夫だろう。だけど、千尋は本当に大丈夫だったんだろうか。
「……千尋、よかったの?」
千尋がどんな気持ちでいるのか心配になって、私はそう声をかけた。
「蓬さん。ごめんね。僕が自分のことを優先したばかりに、蓬さんに辛い思いをさせてしまった。穂高さんに怒られたよ。僕がビビってるだけだって。これからは、なんでも話して。蓬さんが嫌だったこととか、解決はできないかもしれないけれど、一緒に考えるから。」
真っ直ぐ私を見据える千尋の瞳は、少しの動揺も許さなかった。固く、硬く、動かなかった。
「千尋……。」
千尋の私への真心に、自然と涙がこぼれた。こんなに真剣に私のことを考えてくれて、自分の殻を破ってくれたんだ。
「泣かないで。僕、蓬さんの涙には弱いんだよ。昨日も胸が痛かった。」
千尋はそう言いながら、私の涙を拭ってくれ、お互いのおでこをくっつけた。千尋の頭の中まで考えていることをすべて分かるのは難しい。
それは、千尋だってそうだ。だけど、こうやっておでこをくっつけるだけで、言葉にしなくてもお互いの思いを伝えあえられそうだ。
キスをすると、私の涙のせいでしょっぱい味がした。千尋もしょっぱかったみたいで、私たちはどちらからともなく、表情を綻ばせた。
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