おまけ②

「ハンカチ持った?」

「持った。」

「ティッシュは?」

「持った。」

「受験票は?」

「持ったよ。」


 いよいよ、私が第一志望を受ける日がやってきた。あんなに苦しい勉強だったのに、試験を迎えるのはあっという間だ。とはいえ、まだ第一志望を受験するだけだから、滑り止めの大学の試験までは勉強をしなくてはいけない。


「じゃあ、いってきます。」

「いってらっしゃい。」


 お父さんに見送られながら、私はお母さんと一緒に玄関を出る。棗はまだ爆睡しているらしい。弟なんだから少しは心配してくれてもいいのに、そういうところが棗らしいとも思う。


「蓬さん!」


 車に乗り込もうとしたところで、千尋が恩田家の玄関から飛び出してきた。まだ朝も早いのにと私は驚く。


「ど、どうしたの?」


 駆け寄ってくる千尋に私も駆け寄る。


「頑張ってきてね!蓬さんなら絶対に大丈夫だから!」


 千尋はそう言うと、私の手に何かを握らせてきた。


「なに?」

「消しゴム。」

「消しゴム?」

「うん。僕の消しゴム。僕が一緒に行くわけにはいかないから、代わりに持って行ってくれる?」

「ふっ。なにそれ。」


 自分でも思った以上に緊張していたけれど、一瞬にしてそれがほぐれた。自分の代わりに消しゴムを連れて行ってってどういうことなの。これを千尋が一生懸命に考えたのかと思うと、おかしくて笑いが出た。


「駄目?」

「駄目じゃないよ。持って行く。ありがとう、千尋。」


 私は千尋から受け取った消しゴムを、鞄の中に入れていた筆箱の中に入れた。


「じゃあ、頑張ってくるね。」

「うん。蓬さんが本領発揮できるように祈ってるよ。」

「ありがとう。」


 千尋の両手をぎゅっと握ると、お互いに手を振った。そして私が車に乗り込むと、千尋は最後までお見送りをしてくれた。見えなくなるまで私は千尋を見ていたし、千尋も手を振ってくれていた。


「あんたたち、本当に仲が良いわね。」


 千尋が見えなくなった後、お母さんがそんな風に言った。


「千尋の性格が良いからね。」

「そうね。じゃないとこんなわがまま娘と付き合いきれないわよね。」

「自分の娘に容赦ないなー。私はあなたに似てるんですからね?」

「だからでしょ。」


 お母さんとこんなに話すのはいつぶりだろう。ここのところ受験勉強ばかりで、家族とゆっくり話す時間なんてなかった。それだけ、家族も私に協力してくれていたということだろう。


 私は絶対に受かると決心をして、お母さんの運転する車に揺られながら会場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る