おまけ①
まだ眠気の漂う早朝、カーテンを少しだけ開けて千尋の家の方を確認すると、ちょうど千尋がおじさんと一緒に車へと乗り込むところが見えた。今日は、千尋の第一志望の受験日だ。
私は、<千尋、ファイト!>とメッセージを送り、自分の支度を始める。今日は一人で学校へと行かなければいけない。
「あれ。蓬が一人で登校してくるなんて珍しいね。恩田は?」
「千尋は今日受験。」
「そっか。今日、国立か。」
学校の昇降口で百合子に会うと、物珍しそうな顔をされた。私だって隣に千尋が居ない中で学校に来るのは久しぶりすぎて、なんだか心もとない。
国立受験組の居ない教室は、なんだかいよいよ受験が始まったという緊張感が走っている。大地もいつもより大人しい。ぴりぴりというよりも、自分の番を待つ緊張感という方が正しいかもしれない。それはまるで、小学生の頃に受けた予防接種をみんなで待っているときのような空気だ。
いつものように勉強をするけれど、千尋のことが気になってしまう。ちゃんと頑張れているかな、ご飯は食べれているかな。本当はメッセージを送って確認したいけれど、邪魔になりたくないから心の中で聞くだけだ。
あっという間のようで長い1日が終わると、また私は一人で通学路を歩く。千尋が居ないとこんなに寂しくてこんなにつまらないのか。
大学生になったら、どうなってしまうのだろう。同じ校舎の中に千尋は居ないし、通学だって一緒にすることはできない。むしろ、千尋が第一志望に受かったら、一人暮らしをすることになっているから、今までよりも会う時間は圧倒的に少なくなってしまう。
そんな日々を当たり前にすることができるのだろうか。
何度も一緒に歩いたこの道も、あと何回千尋と一緒に歩くことができるのだろう。
そう考えれば考えるほど、私の視界は歪み始めた。
嫌だ。まだ、卒業したくない。千尋と一緒に居たい。百合子や心や大地や一臣や雄一ともまだまだ一緒に居たい。
楽しくて楽しくて楽しかったから。永遠にその時間が続けばいいのに。
「蓬さん。」
一瞬、あまりにも千尋に会いたいと思いすぎて、幻を見ているのかと思った。
「えっ。千尋?」
確認するように尋ねると、千尋はどんどんと私に近づいてきて、「どうしたの?」と言っては、私の涙を拭ってくれた。ああ、本当に千尋なんだ。
その後、千尋とは放課後デートコースを歩いた。途中の公園では、千尋が私の思っていることをじっくりと聞いてくれた。でも、それだけでいくらか私の心は軽くなった。
これからは物理的な距離ができる分、もっともっと素直にならなきゃいけないと思った。そして、千尋が思っていることを受け止められる私にならなきゃいけないと思った。
千尋は、「ありのままの発露を大事にしよう」って言ってくれた。私も、私のありのままの気持ちをもっと大事にしようと思う。
「ねえ、千尋。大学生になって千尋が帰省するときとかあるじゃない?」
「うん。」
「そのときは、この放課後デートコースをお散歩で歩こうよ。」
「それ、いいね。」
これから世界を広げて、大きな舞台へと旅立つ私たちだけれど、原点を大事にできる私たちでもありたいと願うのだ。
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