第8話 修学旅行1日目と男子高校生
第8話 修学旅行1日目と男子高校生
クリスマスが終わり年も明けて、高校2年生最大のイベントがやってきた。前々から蓬さんと楽しみだねって話はしていたけれど、実際にその日程となってくると、少しだけ緊張する。
北海道への4泊5日の修学旅行、何事もなく無事に楽しく終えれればいいなあと思う。
……というのも、修学旅行の班のメンバーが、なぜか僕もキラキラグループに入れられてしまっているからだ。
いや、なぜなのか理由はよく分かっている。「恩田は俺たちと一緒だろ。」という野久保くんの一声だった。
一人にさえならなければ、クラスの人と自由に班を作っていいと言われた。だから、野久保くんたちと一緒、つまり蓬さんと一緒ということを意味している。
クラスのキラキラグループの人たちと一緒なのは、まだいい。体育祭や文化祭など、クラスの行事で事あるごとに一緒にやることも多かったし、クラスでは野久保くんとはよく喋るため、自分の居場所の確保だってできる。
でも、問題は他のクラスのキラキラグループの人たちだ。
このキラキラグループの人たちというのは、どこに行っても群れ合う習性がある。だから、班は同じクラスと決められていたとしても、自由行動では他のクラスのキラキラグループの人たちと一緒に行動する可能性があるのだ。
そうなると僕は場違いな人になる。一人だけカツアゲされているかのような空気さえ出てしまうのだ。
どうか、他のクラスのグループと一緒にならないことだけを願って、4泊5日の修学旅行が楽しいものでありますように。
1日目の朝は早かった。飛行機に乗らなきゃいけない関係で、学校集合が午前6時だった。お昼ご飯は、北海道に着いてから食べるらしい。
「千尋おはよう~。」
「蓬さんおはよう。」
5時40分に蓬さんと家の前で待ち合わせにしていたら、彼女はいつもより眠たそうな顔で家を出てきた。化粧も今日は無理だったのか、すっぴんで出てきた。
「めっちゃ眠いよ。いつもなら6時30分に起きても全然余裕なのに。」
「まあでも、僕たちはまだ学校が近いからさ。電車で来てる子たちとかは、もっと早く起きなきゃだろうし。」
「……そうね。文句は言ってられないわね。」
そんな話をしながら、2人ともキャリーバッグをゴロゴロと言わせて通学路を歩く。いつもより静まり返った街並みに、少しだけわくわくする。
僕たちの住んでいる街の早朝が、こんな表情をしているなんて知らなかった。いつも通学している時間より圧倒的に車通りや人通りは少ないけれど、それでも散歩をしたり通勤したりと人の動きはあるもんだ。
「私、バスでは爆睡しちゃいそうだわ。」
「お化粧はどのタイミングでするの?」
「バスよ。バスで化粧してから寝るのよ。髪の毛は整えてきたから、余裕っしょ。」
蓬さんの今日の髪型は、一段と気合が入っている。そのままでも可愛いとは思うけれど、修学旅行で写真をたくさん撮るはずだから、蓬さんが満足する身なりをしていてほしい。
学校に着くと、校庭にはすでに多くの人だかりがあった。全員東高の2年生だ。先生たちも勢ぞろいしている。
「クラス順に並べよー。」と、声を発しているのは生活指導の山田先生だ。僕たちの学年主任の先生でもあるから、厳しめの声で生徒の整列を促している。
蓬さんと共にクラスの列のところへ行く。すると、うちのクラスの修学旅行委員が2人、名簿を持って立っていた。
男子は
僕は吉瀬くんに、蓬さんは花村さんに出席を伝えて、クラスの列へと並ぶ。珍しく、キラキラグループの人たちが早めに来ている。
「蓬、恩田、おはよう。」
「おはよ~。」
「おはよう。」
穂高さんと挨拶をして、周りを見渡すと隣のクラスの列に並んでいる一臣くんと目が合った。一臣くんが手を挙げて挨拶してくれたので、僕もそれを返す。
校庭に集合したときは、どこのクラスもなんとなくがやがやしていたけれど、クラスごとにバスに乗り込んでからはみんな静かになった。
静かになったというよりは、朝早くから学校に集合しているため、みんなバスに乗ってからすぐに寝てしまったと言った方が正しい。かくいう僕も、空港に着くまで寝てしまっていた。
飛行機でもみんな静かだった。バスのときのように寝ていたわけではないけれど、キャビンアテンダントの方々や他の乗客の方に迷惑をかけてはいけないということを先生から重々指導されていたからだ。
飛行機ではラッキーなことに、僕は窓際の席だった。隣の席は吉瀬くんだった。僕と吉瀬くんは出席番号が前後だから、自然とそうなった形だ。
吉瀬くんと他愛のない話をしているうちに、修学旅行の地・北海道へと到着した。
「さ、寒い!」
到着するなり発した僕たちの第一声は、それだった。もちろん、僕たちの地元もそれなりに寒かったけれど、雪の積もっている量を見ると尋常じゃない。
みんな「寒い」と連呼しながら、僕たちはまず札幌市内へと向かった。修学旅行1日目は、大倉山展望台での見学だ。
大倉山に向かう途中に、かの有名な時計台もバスから見た。バスガイドのお姉さんが、右手に見えますと言ってくれた見たけれど「え、あれがあの時計台?」と思った。
北海道に行ったことのあるバイト先の店長から、「時計台は意外と低くてがっかりするよ」と言われていたけれど、まさにその通りだった。
でも歴史も趣もあって、もし時間があればゆっくりと時計台を見たかったと思った。そうこうしているうちに、雪山然としている大倉山ジャンプ競技場に着いた。
「今からリフトに乗って、展望台まで登ります。スキージャンプ競技の選手の目線を味わえます。」
ガイドさんの案内で、リフト乗り場へと生徒の列が連なる。この時点で結構、繁華街の景色が見下ろせているのに、展望台に行ったらどんな景色が見られるんだろうかと、僕はワクワクしていた。
「千尋、リフト一緒に乗ろう。」
いつのまに僕の隣に来ていたのか、蓬さんが僕の腕を引っ張った。
「え、あ、うん。いいよ。穂高さんと一緒じゃなくていいの?」
「百合子が行ってきなって言ってくれたの。」
後ろを見ると、穂高さんが手で「行け」という合図をした。穂高さんって、出で立ちはものすごく美人だけど、性格が男前だなあと思う。
蓬さんと2人でリフトに乗り込むと、後ろから「ヒュー、ヒュー」というような冷やかしの声が聞こえた。蓬さんはその声に対して、「うるさいわよ!」と声を張り上げた。
そんな彼女の横顔が可愛い。照れて恥ずかしそうにしながらも、それを必死に隠している。
「蓬さん見て。」
「え?」
ぐんぐんと上へと昇っていくリフトから後ろを振り向くと、言葉にできないほどの絶景が広がっている。
「う、わあ。めっちゃ高い!」
「ね!」
遠く下の街まで見降ろせるから、実際にリフトを乗ったところよりも高いところに居る気分になる。そして、白銀の世界が相まって、なんともロマンチックな景色だ。
「千尋と一緒にこうやってみられるの、嬉しいな。」
「僕もだよ。」
蓬さんと僕は、リフトに乗りながら絶景をバックに、記念写真を撮った。すると、後ろのリフトに乗っていた野久保くんと駒田くんから冷やかしを受けた。
きっと修学旅行中、ずっとこの2人から冷やかしを受けるのだろうと思う。
ホテルでの部屋割りは、出席番号順の4人部屋だ。僕の部屋は、僕と吉瀬くんと駒田くんと
髪の毛も茶髪で、雑誌から出てきたようなおしゃれな男の子だ。僕的には成田凌さんとかに似てると思うんだけど、それは蓬さんに一蹴されたことがある。
「よーっ。来たぞーっ。」
お風呂からあがって、寝る前の準備をしていると、野久保くんが僕たちの部屋を訪ねてきた。お風呂のときに、お菓子を持って後で来ると言っていたのだ。
「消灯時間、早いよな。俺、いつも余裕で1時くらいまで起きてるんだけど。」
お菓子を広げながら、野久保くんがそんな話を始める。僕も鞄からチョコレートを出して、テーブルの上に広げる。
野久保くんの話は、僕も
「思った。俺も12時まではいつも確実に起きてるから、消灯時間22時は逆にしんどいかも。」
「今どきの高校生で22時に寝るやつとかいるのかね。」
「なー。」
そんな話をしていると、蓬さんからメッセージが届いた。消灯時間前に少しだけ会おうという話だった。僕はOKと返事をして、待ち合わせ場所と待ち合わせ時間を決める。
「なになに、蓬?」
すると、野久保くんが横から僕の携帯を覗き込んできた。
「わ!」
「いいよな、ラブラブカップルはー!」
「野久保くんだって彼女いるじゃない。」
野久保くんは1年生の女の子と付き合っている。体育祭の準備のときに可愛いって話してくれていた女の子だ。
「うちのはさ、なんていうか。ソクバッキーっていうかさ。今日もずーっとメッセージきてんの。」
「なんだよ。大樹もラブラブじゃんか。」
「いや、こういうのはラブラブとは言わねえだろ。てか、義明のがラブラブだろ。」
「俺は別れたばっかだよ。」
「え!!義明、別れたの?!」
「俺んとこは倦怠期だったからねぇ。1月入ってすぐだったかな?別れちゃったよ。」
み、みんな色々あるんだなあ。
「吉瀬は?お前、彼女いたっけ?」
すると、まだ恋バナをしていない吉瀬くんへと話題が移った。確かに、吉瀬くんが誰かと付き合っているなんて話、聞いたことがないかもしれない。
「俺は居ないよー。部活忙しいしさー。」
吉瀬くんは、サッカー部に所属している。そう考えると、確かに彼女をつくって遊ぶなんていう時間は、あまりないのかもしれない。
「部活やってると、そうなりがちだよなー。でも恩田たちって、結構あってる割に、まだやってないんだろ?」
すると、駒田くんのその発言で、急に僕の話へと戻ってきた。
や、やってって……?!
「え、そうなの。蓬と恩田って付き合ってもう結構経つくない?どれくらいだっけ?」
佐藤くんも興味を持ったのか、食いついてくる。
「……もうすぐ9ヶ月……。」
「やば!9ヶ月もやらないって、逆にすごいわ!」
「せっかく俺があげたゴムも使ってないってことだろ?あれ、ちゃんと使えよ!」
「なに大樹、恩田にゴムあげたの?」
「夏休みに何かあるだろうと思って、俺のとっておきのゴムあげた。そしたら、俺の方が先にゴム使っちゃった。」
男子って下ネタ好きだよなあ。もし、蓬さんとそういう関係になったとしても、想像されるのが嫌だから、僕はしたとかしてないとかそんな話はしないと思う。
そんな話をしていると、蓬さんと会う時間になった。
「じゃあちょっと僕、出てくるから。」
「おー。先生に見つかるなよー。」
みんなに快く部屋を送り出してもらうと、僕は蓬さんと待ち合わせした場所に向かう。
中学の修学旅行のときは、こんな部屋を抜け出すなんてことと縁もなかったけれど、まさかそういうことをするようになるなんて、と僕は少しだけ嬉しくなった。
待ち合わせ場所である非常階段に着くと、すでに蓬さんが僕を待っていた。いや、正確に言うと、蓬さんだけではない。なぜか、橋本さんが一緒に居る。
「ごめんね、千尋。本当は私1人で来ようと思っていたんだけど、心がどうしても千尋に頼みたいことがあるって言ってて。」
短い時間しか一緒に居られないから、2人きりじゃないのは少しだけがっかりだけど、蓬さんも残念そうな表情をしてくれたから、僕はそれでいい。
「ううん。いいよ。頼み事?」
「ごめんね、2人の時間を邪魔しちゃってさ。でも、どうしても恩田に頼みたいことがあって。」
お風呂からあがったらしい橋本さんは、すっぴんで眉毛がない。でも今は、そんなことを気にしている場合じゃない。
橋本さんからのお願い事というのが、非常に嫌な予感がするのだ。
「実は……。この修学旅行の間に、一臣に告白したいと思っているの!だから、蓬と恩田に協力してほしくて!」
橋本さんは手を合わせて僕たちに頭を下げた。
「え……。協力って……。」
一体何をしたらいいのやら。そもそも僕は、恋愛経験が乏しいため、どんなことをすれば協力になるのか、わかりやしない。橋本さん、人選ミスってやつなんじゃ。
「そんな大それたことじゃなくていいの。私と一臣が2人きりになれる時間を上手くとってほしくて。今日も直接一臣に話があるから時間とってもらえるかって聞いたんだけど、「ごめん。」って言われて。だからもう、きっと振られることは分かってるの。だけど、告白すらさせてもらえないのは悲しいから。」
橋本さんは、泣きそうな悔しそうな、そんな表情をした。
一臣くんがどうして告白さえさせようとしないのか、僕には分からない。そこにはきっと、彼なりの考えがあるのだろう。
だけど、それでも一臣くんに気持ちを伝えたいという橋本さんの気持ちは、カッコイイと思った。僕や蓬さんにお願いしてまで、なりふり構わずに真っ直ぐ進む姿は、勇気があるなあと思った。
だってもし僕が橋本さんの立場だったら、振られようなんて思えない。
「……分かったよ。でも僕、協力とか苦手だからね?」
「恩田……!ありがとう……!」
顔をあげた橋本さんの眉毛は、やっぱりなかった。
さて、4泊5日の修学旅行、初日から何かに巻き込まれてしまった模様です。
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