おまけ①

 今日から待ちに待った修学旅行。中学の時とは違って、千尋と一緒に行動ができると思うとすごく嬉しい。


 朝5時40分に家を出ると、千尋がいつものように家の前で待っていてくれた。朝が早すぎるため、私は髪の毛のセットだけして顔はすっぴんだ。


 少々恥ずかしい気持ちもあるけれど、これ以上早く起きて顔もフルセットするのは、私には無理だ。


 百合子もバスで化粧するって言っていたから、百合子と一緒にバスの後部座席に座って化粧をする予定だ。


「ぬわっ!お前たち、すっぴんなのかよ!」


 学校に着いて校庭でクラスの列に並んでいると、大地からそんな言葉を私と百合子に向かって投げかけられた。


 まじでデリカシーのない男だ。千尋はそんなリアクションとらなかった。むしろ、「お化粧はどのタイミングでするの?」って心配してくれたほどだ。


「うるっさいわね。息の根止められたいの?」


 低血圧の百合子は、ちょっとどすの効いた声で大地にそう言葉を返した。息の根とか、百合子姉さん怖すぎだわ。


 百合子のその一言で、大地も雄一もからかってくることはなかったし、バスの座席も希望通り一番後ろの座席を確保した。


 すっぴんできたクラスの女子はみんな同じ考えだったらしく、ほとんどが後部座席に固まって化粧をした。






「千尋、リフト一緒に乗ろう。」


 北海道に着いて、大倉山展望台の見学のとき、私は真っ先に千尋の隣へと移動した。だって、修学旅行に来る前から決めていた。


 この、大倉山展望台の見学のときは、千尋と一緒にリフトに乗るんだって。


 修学旅行の間、できるだけツーショットを撮りたいと思っている。中学のときに勇気がなくてできなかった私に、「大丈夫だよ、高校生の時は一緒に修学旅行に行けてるよ。」って言ってあげたいのだ。


「え、あ、うん。いいよ。穂高さんと一緒じゃなくていいの?」

「百合子が行ってきなって言ってくれたの。」


 千尋と一緒に百合子の方を見ると、百合子が私たちを追い払うみたいに、手でしっしというような合図を出してくれた。


 昨日、百合子と電話をしながら修学旅行の準備をしているときに、大倉山展望台で千尋と一緒にリフトに乗りたい話をしていた。


 百合子は快く、「私のことは気にせずに恩田と乗りなよ。」と言ってくれた。だから今日も、「早く行かないと恩田1人で乗っちゃうよ。」と背中を押してくれたのだ。


 千尋と一緒にリフトに乗り込むと、背中から冷やかしの声が聞こえる。


「ひゅー!ひゅー!」

「熱いね、お二人さん!」

「雪が全部溶けてしまいそうだよ!」

「北海道の雪が全部溶けたら、お前らのせいだからなー!」


 振り返ると、案の定ではあるけれど、大地と雄一だった。しかも、他のクラスのみんなもそのノリに乗って、口笛を鳴らしている。


「うるさいわよ!」


 私は、クラスのみんなの冷やかしに対して、そう声を張り上げた。せっかく千尋と満喫できる修学旅行なのに、旅行中に度々からかわれたんじゃおちおちゆっくりできやしない。


 だけど、当の本人であるはずの千尋は、どこ吹く風の表情をしてにこにことほほ笑んでいる。


 ……千尋は嫌じゃないのかなあ。最初は私と付き合っていることを、みんなに話すのさえ怖がっていた千尋なのに、最近は私よりも堂々としている。


 千尋のそういうところは好きだけど、無理させているんじゃないかとたまに心配になるのだ。


「蓬さん見て。」


 そんな思いを抱えながら千尋を見つめると、ふいにそんな言葉をかけられた。


「え?」


 千尋が振り向いた方向を私も見ると、あっという間にそんな心配は吹き飛んだ。


「う、わあ。めっちゃ高い!」

「ね!」


 遠くの街まで見降ろせる白銀の景色に、なんだか私が心配していることなんて、ちっぽけなように感じた。千尋が楽しそうな顔を見せてくれる。なんだかそれだけで、いいような気がした。


「千尋と一緒にこうやってみられるの、嬉しいな。」

「僕もだよ。」


 ふふっと2人で微笑みあう。……ああ、やっぱり大好きだなあ。


「そうだ、千尋。この景色をバックに記念写真撮ろうよ。」

「いいけど。スマホ落とさないでね。」

「分かってる。」


 鞄からスマホを取り出して、雄大な景色をバックに千尋と写真を撮る。


「うん。ばっちり!」


 そんなことをしているのが、後ろのリフトに乗っていた大地と雄一に発見され、また後ろからぎゃーぎゃーと何か言っている。


 もう、外野なんて気にしない。言いたい奴には言わせておこう。それだけ、私と千尋のことが羨ましいってことだもんね。


 4泊5日の修学旅行、何があるのかは分からないけれど、冷やかしを受けることさえも全部楽しんでやろうと、千尋の隣で心に決めた。


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