第15話 文化祭準備と男子高校生

第15話 文化祭準備と男子高校生

 昨年の文化祭は僕と吉永さんで委員をして、野久保くんたちの助けも借りながら、クラスのみんなと仲良くなれるきっかけになった。


 今年の文化祭は、昨年委員をした人とは別の人がしようということで、穂高さんと佐藤くんがすることになった。


 穂高さんは、本当は体育祭委員の方に推薦されていたけど、「暑いの絶対無理だから」ということで、文化祭委員に落ち着いた。


 そういうわけで、体育祭が終わってからすぐに、文化祭の準備に入ることになった。受験生の僕たちは、これが何かを楽しむ最後のイベントだろう。


 かくいう僕もすでに、受験勉強で忙しくなっている。文化祭はその息抜きだなと感じている。昨年文化祭をしたときには、今年がこんなに大変だなんて微塵も思わなかった。


「千尋、勉強進んでる?」


 放課後の教室には、受験勉強のために居残りをする人が増えた。僕と蓬さんもその一人だ。僕はいまだにバイトも続けているけれど、バイトの日も週に1日か2日に減らしてもらった。


「蓬さん。ちょうどきりが良いところだよ。」

「そう。じゃあちょっと、お茶休憩にいかない?」


 ふわっと笑う彼女の提案に頷き、僕たちはあまり音を立てないようにしながら、教室を出た。教室ではみんな一心不乱に受験勉強に専念しているのだ。


「それにしても、まさかこんなに大変だとは思わなかったわー。」


 蓬さんは、両肩をぐるぐると回しながらそう言った。


「僕も。」


廊下から他のクラスが見えるけれど、どのクラスも僕たちの教室と同じ有様だ。


「でも、文化祭だけは気合入れてやらなきゃいけないわね。」

「そうだね。楽しみだもんね。」


 僕たちのクラスは今年、プラネタリウムをすることになっている。なぜかと言うと、準備をそんなにしなくてもできるからだ。


「……でも、これで最後の文化祭になるんだよね。」


 蓬さんは真っ直ぐ前を向いたまま、しんみりとだけどはっきりとそう言った。彼女の横顔は、寂しそうなだけど未来への一歩のようなどちらも入り混じっている。


「そうだね。多分、人生最後の文化祭になるよね、きっと。」

「えー。でも、大学でも学祭あるじゃん。」

「大学は全員参加するものじゃないし、雰囲気も違うじゃない。それに、制服じゃないし。そう考えると、人生最後の文化祭だよなって。」

「そっか……。千尋と過ごす最後の文化祭だしね。」

「……そうだね。」


 来年の春には、僕は初めて蓬さんと違う学校に通うことになる。思春期から接点がなかったとはいえ、幼稚園から高校まで同じ学び舎で過ごした。


 そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚になる。何もしなくても顔を合わせられていたところから僕たちは大人になって、二人の関係を続けていけるように努力しなきゃいけないんだ。


「あれ。千尋と蓬も休憩?」


 購買の自販機に行くと、その傍らにあるベンチで、一臣くんと篠原くんがジュースを飲んでいた。


「うん。一臣くんと篠原くんも?」

「そうそう。勉強は専ら苦手だけど、正念場だからさ。」

「一臣くんは建築系だっけ?」

「そー。だからずっと理数系よ。数学得意だからいいけど、英語がなー。しんどいわー。」

「英語喋れそうな頭してんだから、頑張りなさいよ。」

「蓬に言われたくないわ。」

「私は英語得意だもん。こう見えてペラペラよ。この髪の毛の色と相まって、私は完璧よ。」


 受験生だというのに、一臣くんも蓬さんも髪の毛は明るいままだった。先生にいつも注意を受けてるけど、本人たちはぎりぎりまで粘るらしい。


「そうなんだよねー。蓬って意外と英語できるんだよなー。」


 はあっと項垂れた一臣くんの頭を、蓬さんは勝ち誇ったような顔で見下す。蓬さんは自分でも言っていた通り、英語はペラペラで完璧だ。


「そういえば一臣くんたちのクラスは、文化祭なにするの?」


 このままだと暗い話で終わってしまいそうだったため、別の話題を提案する。


「ああ。俺たちは焼き鳥屋。千尋んとこは?」

「僕たちはプラネタリウムだよ。」

「え。食い物系しないの?」

「前日にクッキー作って、それを教室で渡す感じよ。一臣たちのところはがっつり屋台なのね。」

「そう。一臣が焼き鳥やりてーって言ったから。責任もって最後までやらせることにした。」

「だって文化祭実行委員やらされてんだから、俺の独断と偏見で決めるだろ。」

「一臣くんが委員なんだ。大変だねぇ。」

「ほら!心配してくれるの、千尋だけ!ありがとう!」


 一臣くんはベンチから立ち上がって、大きな体で抱き付いてきた。僕だってそんなに低い方じゃないけれど、彼の前では低くなる。


「よしよし。」

「なんだか、大型犬を相手にしてる感じね。」

「まさしく。」


 勉強の合間にこうやって楽しい話をできるのも、今の内だ。そう思うと、すべてが愛しい時間に思える。






 文化祭の準備が佳境に入ってくると、どこもかしこも工具の音が響き渡る。受験生の僕たちも、こんななかで勉強してられないから、それぞれの文化祭の準備を優先させつつ、帰宅時間を早めにして家で勉強をしている。


 僕と蓬さんは気分転換とばかりに、放課後の教室で文化祭の準備を手伝っていた。プラネタリウムだから暗幕が必要で、その暗幕を作る作業を何人かでやっていく。


「やっぱり恩田くんって、裁縫まで得意なのね。」


 僕たちと同じく、暗幕づくりを一緒に行っている吉永さんの口から、そんな言葉が漏れた。


「やっぱりってどういう意味?」

「だって恩田くんって、こういう系絶対に得意だと思ったの。テーブルコーディネートとか素敵だったしさ。てっきり、そっち系に進むのかと思ってた。」

「まさか。好きだけどただの趣味だよ。吉永さんだって上手じゃない。」

「私はほら……。運動以外だったらなんとなくできるから。」

「確かに。」


 吉永さんにできないことってなんだろう。こうやって、自分で言っちゃっても嫌味がないんだよなあと思う。


「千尋ー!メジャー借りてきたよ。」


 そんな話をしていると、蓬さんが教室に帰ってきた。暗幕の長さが少し足りないことに気付き、もう一度測るためにメジャーをどこからか借りてくるようにお願いしていたのだ。


「ありがとう。どこから借りてきたの?」

「一臣から。あそこ、大道具は看板だけだからもう作り終わってたっぽくってさ。終わったら返しに行くねって言ってる。」

「そっか。じゃあ使い終わったら僕が返しに行ってくるね。」

「うん。お願い。どこまで進んだ?千尋の代わりに私が縫うよ。」

「じゃあ、山崎さんはこっちから塗ってくれる?」

「うん。」


 暗幕を女の子たちに任せて、僕はメジャーを使って計測をする。足りない分の暗幕の買い出しも必要だなあ。


「よし。」


 メジャーでの計測はすぐに終わった。


「千尋、ありがとう。足りない分の買い出しが必要だね。今、百合子と大地で買い出しに行ってるから、電話して頼もうか。」

「そうだね。お願いできるならその方がいいかも。文化祭費用も穂高さんが持ってるんだっけ?」

「そうそう。メモもらっていい?」

「うん。」


 蓬さんは制服のポケットからスマホを取り出しながら、僕が差し出した必要な暗幕のサイズを書いたメモを受け取った。


「じゃあ僕は、一臣くんにメジャー返してくるね。」

「うん。」


 一臣くんのクラスに行くと、オレンジ色の頭が見当たらない。


「あれ。一臣くんって居る?」


 篠原くんに声をかけると、当たりをきょろきょろと見渡した。


「あれ?さっきまで居たんだけどな。購買にでも行ったのかも。」

「これ、一臣くんから借りてたんだけど。」

「ああ。じゃあ、返しとくよ。」

「ありがとう。頼んだよ。」

「おう。」


 一臣くんが居なかったから、篠原くんにメジャーをお願いした。そういえば最近、一臣くんと漫画の話ができてないなあとふと思う。


 教室を出てきたついでにと、僕は購買へと向かった。教室で作業しているみんなに、何かお菓子でも買って行こうと思ったからだ。一臣くんに会えるかもしれないという淡い期待もあった。


「好きです。付き合ってください。」


 購買への渡り廊下を歩いていると、どこからか女の子のそんな声が聞こえてきた。これは、誰がどう聞いても告白だ。


 僕は辺りを見渡して、今まさしくその言葉を吐いたらしい女の子と、その言葉をもらった男の子の姿を見つけると、その2人から見えないところへと慌てて隠れた。


 僕が隠れる必要はなかったのかもしれないけれど、できる事ならば僕はそもそも聞いていなかったことにしたいと思ったからだ。僕が隠れたのは、渡り廊下にある柱の陰である。こんなところ、誰かに見られたら圧倒的に怪しい。


「……ごめん。俺、他に好きな人が居るから。」

「……そっか。聞いてくれてありがとう。」


 女の子はそのまま、どこかに走り去っていく足音が聞こえた。女の子の足音が聞こえなくなってから、僕は柱の陰から身体を出して、今通りかかったような態度で渡り廊下を進む。


「あれ、千尋?」


 すると、今しがた告白されていた男の子は、僕の名前を呼んだ。


「一臣くん……。」

「購買?」

「うん……。」

「……俺も行こうかな。」

「うん。」


 僕と一臣くんは一緒に購買へと行くことにした。


「……。」

「……。」


 なんとなく、気まずい空気が漂う。まさか、告白されていたことに僕から触れるわけにもいかず、何の話をしようかと青写真を描くが何も浮かばない。


「……千尋は、制作の休憩?」

「え、あ、うん。あ、そうそう。蓬さんが借りてたメジャー、さっき僕が一臣くんのクラスに返しに行ったんだけど、居なかったから篠原くんに預けたよ。」

「おお、そっか。悪いな。」

「ううん。」


 そんな話をしていると購買に着いたため、僕たちはお菓子コーナーへと向かう。僕はみんなに配りやすい小袋のお菓子を選んだ。


「差し入れ?」

「うん。みんな、受験勉強の最中で頑張ってるからさ。」

「それは千尋もだろ?」

「そうだけど。楽しい時間を過ごさせてもらってるからね。……1年生の頃の僕じゃ考えられなかったよ。こんなにクラスの人たちとも仲良くできるようになってさ。それも、蓬さんや一臣くんのおかげだよ。本当にありがとう。」

「……なんだよ。なんかもう、卒業するみたいじゃんか。」

「へへっ。でも、もう色々と全部が最後だし。言葉にできることは、言葉にしておこうかなって。」

「そっか……。……さっきの子もそういう気持ちだったんかね。」

「え?」

「……さっき。見てただろ、俺が告白されてるの。」

「……ごめん。立ち聞きしたみたいになって。」

「いや。偶然通りかかっただけだろ?仕方ないよ。あの子は千尋が来たことに気付いてなかったから、いいんじゃない?」

「それなら……まあ、よかったけど。」


 僕と一臣くんは、お菓子と飲み物を買うと、購買の前にあるベンチに腰を下ろした。そして、飲み物を口にする。僕はホットココアで一臣くんはホットジンジャーエールだ。


「……千尋はさ。脈もない相手に告白するのって、アリだと思う?」


 一臣くんは手に持ったジンジャーエールを見つめながら、そう言った。どんな感情なのか、よく読み取れない。


「……アリかナシかで言うと、アリなのかなあ。結局は自分がどう思うかなんじゃないのかな。脈のない相手ってことは、告白しても振られる可能性が高いことが分かってるってことなんでしょ?だったらもう、告白して後悔するのか、告白せずに後悔するのか、自分にとってどっちが良いのかなんじゃないのかなあ。」

「千尋だったら、告白する?」

「相手との関係にもよるけど……僕はしないよ。」

「なんで?」

「僕のことで一秒も悩ませたくないから。好きな人には幸せで居て欲しい。」


 好きな人が幸せで居てくれるなら何でもいい。だから、僕は蓬さんが幸せで居てくれるならそれでいい。そう思えるようになったのも、蓬さんのお陰だ。


「そっか。なんか、千尋らしいな。押しが弱いっていうか。」

「ええっ。でも確かに、押しの弱さは否めないけれど……。」

「でも、良いことだと思うよ。自分の気持ちを押し付けないって意味では。」

「うーん。でも、告白って別に自分の気持ちを押し付けてるわけでも無いと思うんだよね。だって、告白するかどうかは告白する方に選択肢があって、付き合うかどうかは告白された側が決めることでしょ。万が一の可能性にかけるっていうのも悪いことじゃないと思うよ。相手に悩んでもらうのも、恋愛の醍醐味だと思うし。」

「なんか、さすが少女漫画の伝道師。」

「伝道師って。一臣くんだって少女漫画好きでしょ。」

「まあな。あれはもう、バイブルだな。」

「そういえば、今月号の『花とゆめ』読んだ?」

「読んだ!表紙が激アツだったわー。」


 その後、僕達はしばらく少女漫画の話をした。一臣くんとこうしてゆっくり話ができるのも、久しぶりのことだった。


 一頻り、一臣くんと漫画の話をした後、「そろそろ教室に帰ろうか」ということになったので、それぞれの教室へと向かう。


「文化祭さ、一緒に回れる時間あったらいいな。」

「そうだね。せっかくだから、一臣くんとも回りたいなあ。吉永さんとも。」


 蓬さんとも回りたいけれど、一臣くんや吉永さんとも回りたい。二人も予定あるだろうし、難しいかなあ。


「じゃあ、吉永さんにも話ししてみようぜ。俺、今夜にでもグループトークにメッセージ送るし。」

「ほんと。そうだね。時間決めれば回る時間あるかもね。そうしよう。」

「おう。なんか、文化祭楽しみになったかも。」

「僕も。」


 そんな話をしながら教室に着くと、蓬さんから「遅い!」と怒られた。すでに、穂高さんと野久保くんが暗幕を買ってきて戻って来ていたらしい。僕は平謝りをしながら、購買で買ったカントリーマアムをみんなに配った。



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