おまけ②
約束していた通り1周年記念のデートには、水族館へとやってきていた。周りは家族連れもしくはカップルばかりだ。
私たちもその一員なのかと思うと、なんだか照れくさい。私の横に居る千尋を見上げると、私以上にそわそわしているのが見て取れる。
「千尋、緊張しているの?」
「……蓬さんにはなんでもバレちゃうなあ。実は、憧れだったんだ、水族館デート。だってよく少女漫画にも出てくるし。それに、薄暗いところの中で見た蓬さんは、また一段と可愛いだろうなあと思って。」
よくもまあ、こっちが恥ずかしくなるような言葉を並べられるなと思う。しかも、薄暗いところの中で私を見るなんて、なんだか卑猥な表現だ。
だけど、千尋のことをよく分かっている私は、そこに彼には他意のないことを知っている。単純にそう思っただけなのだ。
「たくさん楽しもう。」
「そうだね。」
私たちは手を繋いで、水族館へと入場する。
結論から言うと、水族館デートは本当に楽しかった。見たこともない生物に驚く千尋が見れて嬉しかったし、ペンギンは最高に可愛かった。
イルカショーも2人で目を輝かせて見れたし、大水槽の前で踊るように泳ぐたくさんの魚を千尋と寄り添って見上げられたのは、きっと一緒の思い出になるだろう。
楽しくはしゃげて、しかもロマンチックだった。それに、帰りの電車で2人とも爆睡してしまったのも、良い思い出になった。
「蓬さん、ちょっとだけ遠回りしながら帰ってもいい?」
「いいよ。」
楽しかった一日が名残惜しくて、私たちは駅から自宅までの道のりを、少しだけ遠回りして歩く。お日様はすでに西の端に隠れており、その頭が見えるか見えないかすれすれだ。
水族館から繋ぎっぱなしの手は、ぎゅうぎゅうと離れそうにない。
「今日は本当に楽しかったね。」
私がそう言うと、千尋は眩しそうな視線を私に送った。
「うん。とても楽しかった。」
「千尋ったら、イルカショーで驚きまくりなんだもん。」
けらけらと思い出話に花を咲かせながら、私たちは歩く。でも、どんなに遠回りをしても、家には着いてしまう。
「……。」
「……。」
自分たちの家が少しずつ大きく見えてくると、どちらからともなく言葉少なげになった。まだ、一緒に居たい。離れたくない。
自宅の前に着くと、私と千尋は向かい合って止まった。
「……。」
「……。」
何か言いたい。けれど、なんて言えばいいのか。
「……蓬さん。」
「なあに。」
「こんな僕のことを好きになってくれて、ありがとう。」
「こちらこそ。私のことを好きになってくれて、ありがとう。」
私が微笑むと、千尋も照れくさそうに微笑んだ。この笑顔をずっと見ていたいなあって思う。
「……これ……。どのタイミングで渡そうかなって思ってたんだけど……。我ながらベタだなって思うし、重いかなって思うんだけど……。」
千尋は私の手をようやく離して、持っていたリュックのチャックを開けた。そして、仲から取り出したのは、正方形の小包だった。白い小包は、赤いリボンで綺麗に包装されている。
「開けてもいいの?」
「うん。」
千尋からのプレゼントを受け取って、丁寧に包装を解いていくと、中には一目で分かるジュエリーケース。
どきどきしながらそのケースを開くと、そこにはシンプルなシルバーの指輪があった。
「これ……。」
「1周年記念の贈り物。蓬さんに何か贈りたくて。……ベタだけど。」
耳まで真っ赤になっている千尋に、なんと言葉をかけたらいいのか見つからない。だってこんなの、嬉しすぎる。
「ありがとう。本当に嬉しい。」
私はその指輪をつけてみせる。自分で買ったお気に入りのどの指輪よりも、胸がときめかずにはいられない。
「すごい、ぴったり。」
いつの間に私の指のサイズなんて調べたんだろう。
「よかった。」
ほっとする彼が愛おしい。
「ねえ、千尋。少しだけ耳貸して。」
「うん?」
千尋はなんの抵抗もなく、少しだけ腰を屈めて私に耳を差し出してくれる。私は千尋の右肩に両手を乗せて少しだけ体重を傾けると、彼の右頬に唇を寄せた。
ちゅっと言うリップ音つきだ。
千尋はがばっと体を起こし、右頬をさすっている。その顔は真っ赤だ。今まで何度もキスをしたのに、ふいうちは照れるらしい。
「ありがとう。大好き。」
私が笑顔でそう言うと、千尋は頭をがしがしと掻いた。
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