おまけ①

「失礼しました。」


 進路相談が終わって生徒指導室を出ると、普段よりも長く感じる廊下で部活生の声がするグラウンドの方を見ながら、教室へと足を向ける。


 千尋が待っていてくれるはずだ。


 進路のことを考えると、ずんと頭が重くなる。やりたいことはある。だけど、自分が大人になった姿なんて想像すらできなくて、不安がある。


「……で、……。」


 あれ?千尋が誰かと喋っている。


 教室に近くなればなるほど、その声は鮮明に聞こえてきた。どうやら、千尋と吉瀬が話をしているようだ。


「……と、僕も蓬さんの1番好きなところは顔かなあ。ずっと見てられるもん。」


 ……え?


 はっきりと聞こえた千尋の言葉。今、まさしく私の話をしているのかと思うと、1人で中に入る勇気はない。


 私は踵を返して、今来た道を戻る。


 知らなかった。千尋の私の1番好きなところは、顔だったのか。そっか、顔か。それは悪くはない。今まで私のことを好きだと言ってくれた人のほとんどは、顔が可愛いって言ってくれたし、顔だって私の大切な一部だ。


 ……でも、顔かあ……。


 千尋は見た目で人を判断する人じゃないと思っていた。


 ただ、それになんとなくショックを受ける。


 千尋たちの声が届かないところまで廊下を進んだところで、吉永さんとばったり会った。


「あれ。吉永さん。進路指導、もう終わったの?」

「うん。山崎さんは帰らないの?」

「いや、教室に千尋が待ってるんだけど、吉瀬となんか話しててさ。なんか入りづらくて。」

「そうだったの。じゃあ、一緒に行こう。」


 ふふっと笑った吉永さんは最近、前よりももっと表情が大人になったと思う。吉瀬と付き合いだしたからかな?と個人的に思っている。


 吉永さんと一緒に教室へと向かうと、彼女は躊躇することなく教室のドアを開けた。……私もさっき、こうすればよかったかもしれない。


 変に躊躇してしまったからこそ、聞かなくていい話まで聞いたしまった。


 千尋はいつものように目を細めて穏やかな笑顔で私を見てくれる。こんな千尋が、私の顔が1番好きだなんて、本当に信じられない。






 1人でモヤモヤと抱え込むのは無理だったから、その夜すぐに百合子に相談した。そしたら、「そんなの聞いてみないと分かんないじゃん」と当たり前のことを言われた。


 そうなのだ。聞いてみないと分からない。だけど、千尋の口からそんな浅い言葉も聞きたくない。いや、いっそ面と向かって言われた方がいいのかもしれない。


 その方が「なんでー?」って私も冗談交じりに聞けて、千尋もその理由を教えてくれるかもしれない。そうだ。千尋のことだからきっと、何か理由があるはずだ。


 そう思い直した私の心は、一瞬にして打ち砕かれた。


「明るいところかな。蓬さんの笑顔を見ると元気が出る。でも、その他のところも全部好きだよ。蓬さんに会う度に、今日も好きだなって思えるから。」


 その答えは、実に千尋らしいと思った。嘘をついているわけでもないと思う。だけど、どうして本当のことを言ってくれないの?


「ふ、ふーん。……ありがと。私も、千尋の全部好きだよ。」


 私はそうやって返すのが精一杯だった。


 分かってはいた。最初から、分かってはいた。


 絶対に、私の方が千尋のことを好き。だって、ずっとずっと大好きだったんだもん。だから、私の気持ちを越えて、千尋が私を好きになってくれることなんて、絶対にないと分かっていた。


 だけど、現実を目の当たりにすると、胸の奥が痛くなる。


 ああ自分って、こんなに欲張りだったのかって、自分で自分に幻滅してしまう。


 千尋のことが好きだから。だから、私のことをもっと愛してほしい。


 それから私は、千尋とどんな顔で過ごせばいいのか分からなくなって、何か理由をつけては千尋のことを避けてしまっていた。


 千尋が悲しい顔をしているのは分かっているけれど、どんな態度をとればいいのか分からない。昼休みと登下校はこれまで通り一緒にするけど、それ以上の時間を過ごせなくなった。



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