第9話 修学旅行2・3日目と男子高校生

第9話 修学旅行2・3日目と男子高校生

 僕たちの住んでいるところは、まったく雪が降らないわけではないけれど、「積る」というほど雪が降るのは年に1度くらいだ。だから、自分の背丈にまで届きそうなほどの雪が積もっているのを見たことは、全くもってない。


「うわー!」


 一面が白銀の世界に包まれている壮大な景色を見ると、普段そこまでテンションのあがることのない僕でさえ、思わず感嘆の言葉をもらしてしまう。しかもさらに驚かされるのは、雪の感触がまったく違うことだ。


 こんなにサラサラしている雪を、地元で見たことなんかない。


「はい、準備ができたやつから並べよ。」


 生まれて初めて着るスキーウェアに身を包み、さくさくと雪の上を歩くと気持ちが良い。運動神経はそんなに良い方ではないけれど、ちょっとわくわくする。


 生徒の準備が終わるとインストラクターの紹介があり、簡単なレクチャーがあった。その後、グループに分かれて早速スキーの練習へと入った。






 修学旅行2日目は、丸一日スキーをやった。こんなに体を使ったのは久しぶりだし、スキーのブーツがこんなにも足を締め付けるものとは思っておらず、青タンができる勢いで痛い。


「千尋、スキーどうだった~?」


 ホテルに着いて部屋に戻ろうとしているところで、一臣くんが声をかけてきてくれた。


「初めてだったから、ボロボロだよ。一臣くんはどうだったの?」

「俺はスキーとかスノボとか好きだから余裕。」

「えっ。なにそれ、すごくかっこいいね。いいなあ。」

「今日しっかり転べてれば、明日は驚くほど滑れるようになるから大丈夫だよ。」

「そうかなあ。そうだといいけど……あ、吉永さん!」


 そんな話をしながらロビーを歩いていると、着替え終わったらしい吉永さんに会った。着替えが終わったら夕飯まで少しだけ自由時間がある。


「2人ともお疲れ様。今、帰ってきたところ?」

「うん。女子は早かったんだね。」


 スキーは男子グループと女子グループに分かれて行っている。


「そうなの。運動神経ないから疲れちゃった。」

「同じく。でも一臣くんはスキー得意なんだって。」

「え!見た目通りとかいやらしいね!」

「いやらしいってなんだよ……。ていうか、吉永さんどっか行くとこ?」

「え……。あ、ああ、うん。まあ、ちょっと、ね。」


 少しだけソワソワした吉永さんが気になったけれど、僕も一臣くんもそれ以上は追求しなかった。


「じゃあ、またね。」

「うん。」


 吉永さんとはそれで別れて、一臣くんとはそれぞれの部屋の前で別れた。


 部屋の鍵を持っていない僕は、中の人に開けてもらおうとノックをすると、すぐにその扉が開いた。


「あ、恩田か。」

「?うん。」


 扉を開けてくれたのは、吉瀬くんだった。すでに制服に着替えている。僕と同じ時間にスキー場を出てきたはずなのに、早いなあと思った。


「佐藤と駒田はまだ帰ってきてなくてさ。俺、今からちょっと他の部屋の友達と会う約束しててさ。念のため鍵、預かってもらってていい?」


 吉瀬くんは今から部屋を出るらしい。だから着替えるのも早かったんだね。


「うん。いいよ。」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと出てくるから。」

「うん。」


 吉瀬くんから鍵を預かった僕は、彼と入れ替わりのようにして部屋に入った。


 さて、着替えようかと思っているときに、僕のスマホが着信を知らせた。画面を見ると、相手は蓬さんだ。


「もしもし?」

『あ、千尋?ごめんね。電話大丈夫?』

「うん。大丈夫だよ。」

『なんかね、心が今日の夜、告白をしたいらしくてね。それで、一臣をお風呂終わった後の自由時間に昨日の非常階段のところに連れてきて欲しいの。』


 WAO。なんだか僕にはハードルが高そうな気がする。


「……なんて言って呼び出したらいいかなあ。」

『……そうねえ。でも、千尋は嘘つけないから正直に言ってもいい気がする。心のお願いをOKしたってことは、千尋が断り切れなかっただけじゃない側面もきっとあるでしょ?だって私だってそうだもん。本当なら心が自分で一臣を呼びだせば済む話だけどそれができていない状況の中で、心が本気でお願いをしてくれた姿に突き動かされた部分があるもん。だから千尋はそれを、一臣に話せばいいんじゃないかな?』


 なんとなく心の中でモヤモヤしていたものを、蓬さんがすべて話してくれたような気がした。断り切れなかったのもあるけれど、橋本さんの真剣な姿に僕も胸を打たれたんだ。


「分かった。じゃあ一臣くんには、僕からお願いしてみるよ。」

『千尋、ごめんね。無理なお願いして。』

「ううん。もし僕が橋本さんの立場だったら、怖くて動けないと思う。だけど、それでもやる彼女がすごいから。」

『うん。そうだね。私もそう思う。じゃあ、私と心は非常階段で待ってるね。』

「分かった。」


 一臣くんに上手く話せるかどうかは分からない。それに、一臣くんは橋本さんの告白を聞きたくない「なにか」があるはず。


 そんな中でお願いするのも気が引けるけれど、応援したいと思った僕の気持ちも果たしたいと思った。






 大広間で夕食が終わると、僕は一臣くんの姿を探した。橋本さんからの頼まれごとを果たすためだ。


 食事はクラスごとに別れて行っているため、一臣くんのクラスがまとまっているところに目配せをする。すると、頭1つ飛びぬけたオレンジ色の髪の毛は、すぐに見つかった。


「一臣くん。」


 僕が声を発すると、一臣くんはすぐに僕を見つけてくれた。


「おう。千尋も今、ご飯終わったところ?」

「うん。一臣くんのこと待ってたんだ。」

「え、俺?」

「うん。話したいことがあって。ちょっといい?」

「いいよ。」


 できるだけ2人きりで話せるところの方が良いと思い、ホテルの1階にある庭園を眺められるちょっとしたベンチに移動した。


「ごめんね、急に。」

「ううん。千尋の方からこうやって呼び出してくれるなんて、なんか大切なことなんでしょ。」


 大きな窓ガラスを隔てた庭園に向かって設置されている3人がけのベンチに、一臣くんと横並びに座る。


「あのね。こんなこと、僕から頼むのも変な話だし、あんまりよくないっていうのは分かってるんだけどね。」

「うん?」


 本題を先延ばしにしても意味がないことは分かっているから、僕は早速用件を口にした。橋本さんは一度、2人で会うことさえも断られている。だから僕はおのずとどんな話し方をするか慎重になった。


「……一臣くん、橋本さんから話したいことがあるって言われたけど、話も聞かずに断ったんだよね?」


 僕がそう言葉を発すると、一臣くんの身体が少しだけピクッと動いた。


「……蓬から聞いたのか?」

「ううん。橋本さんから直接聞いた。それで、橋本さんからお願いされたんだ。一臣くんに橋本さんの話を聞くように話してほしいって。」

「……。」


 普段、一臣くんが僕の前でこんなに何を考えているか分からないような空気を出すことは、まったくない。だから僕は少し、怖気づきそうになってしまう。


 でも、橋本さんと約束したからには、それを果たさなければならない。


「今日、お風呂が終わった後の時間に、2階の非常階段のところで待ってるって。」

「……そっか。……でも、俺は行けないよ。」


 一臣くんが醸し出す雰囲気は、怒っているというよりも、別の気持ちが感じられた。そしてそこには、強い意志がある。


「どうして?」

「それが俺の答えだから。……というか、千尋まで使って告白したいって、どういうことなのって思ってるし、千尋もなんでそんなの引き受けるのって思ってる。」


 彼の意見は最もだ。人の恋路に他人が首を突っ込むなんて、おかしな話だ。


「……僕も本来なら、こんなこと引き受けたくないし、そうすべきじゃないってことは分かってるよ。」

「じゃあ、なんで?」

「もし、橋本さんの狡さで僕に頼みごとをしてきたのであれば、僕は引き受けなかったと思う。でも、違ったんだ。橋本さんは振られることだって全部分かってるって言ってた。だけど、告白すらさせてもらえないのは辛いからって。……一臣くんには一臣くんの考えがあってのことかもしれないけれど……。気持ちを聞くのだけはしてあげてくれないかな?」


 一臣くんには一臣くんの考えがあることも分かる。だけど、真剣な人の声はせめて、聞くだけでもしてあげてほしいと思うのだ。


「ふーん。……分かった。2階の非常階段だったな。行くって伝えてて。その代わり、1人で来て欲しいって。」

「え、いいの?」


 頑なに拒んでいたはずなのに、あっさりと了承してくれた一臣くんに、僕は少し拍子抜けをする。


「だって千尋もそうして欲しいんだろ?」

「いや、まあ、そうして欲しいというか……。橋本さんの気持ちも汲んであげて欲しいなって。」

「だろ?だから行くよ。」


 だけど、一臣くんの態度にはどこか「行けばいいんだろ?」みたいな空気を感じる。


「……本当にいいの?」

「ああ。話ってそれだけ?」

「うん……。」


 いつもなら僕と向き合ってくれる一臣くんなのに、今日はどこかそれが感じられない。一臣くんって、こんな人だったっけ?


「じゃあ、伝言よろしくな。」

「うん……。」


 僕が返事をすると、一臣くんはベンチから腰を上げて、「じゃ。」と手を振るとエレベーターホールに向かって行った。


 笑顔で立ち去る彼の表情は、仮面のような感じがした。それは、これ以上踏み込まれたくないっていう一臣くんの意志表示のように思えて、今までに感じたことのない壁があった。


僕はどこかで、言葉選びを間違ってしまったんだろうか?


 一臣くんがきっと、嫌がるだろうってことは想定内だった。だけど、あんなに僕のことまでも拒否するなんて、思いもしなかった。






 お風呂が終わった後の自由時間、僕は蓬さんと一緒にお土産屋さんでお土産を選んでいた。同じことを考えている人は多かったようで、僕たちの学校の生徒でお土産屋さんは繁盛していた。


「千尋、なんかあった?」


 蓬さんと何かお揃いでキーホルダーを買おうかと選んでいる途中、彼女からそんな言葉を投げかけられた。


「え。なんで?」

「なんでって、千尋が元気ないから。」

「元気ない……?」

「うん。元気ないよ。」


 蓬さんは僕のことをよく見てくれているのだろう。でも楽しい修学旅行中に、心配をかけることはしたくない。


 ましてや、蓬さんと橋本さんに頼まれたことで、一臣くんに壁を感じてしまったなんて、余計に心配をかけるだけだ。


「……なんでもないよ。ちょっと今日のスキーで疲れちゃっただけだよ。」

「本当に?」

「うん。」

「……それならいいけど。」


 蓬さんは疑いの眼差しを向けてきたけれど、それ以上聞いてくることはなかった。


「それより、どれにする?おそろいのキーホルダー。まりもっこりとかにする?」

「まりもっこりは、家族へのお土産にしようよ。まーちゃんと棗が実はお揃い的な。」

「えー。それは面白そうだ。」


 蓬さんと買い物を終えて、そろそろ部屋に戻ろうかと話していたところで、蓬さんのスマホに着信が入った。相手は、橋本さんだった。


 ちょうど僕と一緒に居るということを話すと、2人で非常階段に来て欲しいと言われたので、蓬さんと一緒に橋本さんの居るところに行った。


 すると、非常階段に座り込んで待っている彼女の姿が1人あった。


「蓬、恩田。ごめんね、呼び出すみたいな形になって。」

「ううん。ちゃんと一臣には言えたの?」


 僕もそれは少し心配だった。一臣くんは了承してくれたものの、あんな態度だったから待ち合わせに訪れたとしても、ちゃんと橋本さんの話を聞いてくれるのか心配だったのだ。


「2人とも。協力してくれて、本当にありがとう。」


 階段から腰をあげ橋本さんはそう言うと、僕たちに向かって深々と頭を下げた。


「おかげさまで、一臣にはちゃんと自分の気持ちを話すことができたよ。しっかり振られちゃったけどね。でも、きちんと自分の気持ちにも向き合うことができたし、一臣にも一瞬でも私のことを考えてもらう時間をとってもらえて本当に嬉しかった。でも、こうやって一歩進むことができたのも、2人が協力してくれたおかげ。恩田なんて何の義理もないのに、こうやって力を貸してくれて、本当にありがとう。」


 顔を上げた橋本さんは、眉毛をハの字にしながら笑っていた。そして、鼻は赤くなっているし、瞳は潤んでいる。


 きっと、一歩進むことができたっていうのも、僕たちに感謝しているっていうのも嘘じゃない。だからといって、好きな人に振られることが悲しくないわけがない。


「……僕は、橋本さんの真剣さに心が動かされただけだよ。向き合って進もうとする橋本さんが本当にかっこいいと思ったよ。」

「ほんと。私たちはほぼ何もしてないようなものだから。頑張ったのは心だよ。よく頑張ったね。」

「2人とも……。」


 橋本さんは鼻をすすった。


 ここは、女子2人きりにしてあげるのがきっといいだろう。


「じゃあ僕、先に部屋に戻るね。2人とも消灯時間の前に戻るように気を付けてね。」

「千尋、また明日ね。」

「恩田、ありがとう。」

「うん。」


 僕は2人を残して踵を返した。廊下を歩いてしばらくすると、橋本さんの泣き声が少しだけ、背中の方から聞こえてきた。






 修学旅行3日目は、2日目に引き続いてスキーだ。昨日と同じグループとインストラクターで、雪山を滑る。


 昨日はまったく滑ることができなかったけれど、上手いとは到底言えないけれど、なぜだか今日はなんとなく滑ることができている。


 インストラクターからは、「昨日たくさん転んで失敗もしているから、体が覚えてるんだよ」と言われた。今日は初心者コースをたくさん滑るらしい。


 同じグループの吉瀬くんは、昨日から飄々と滑ることができている。さすが、サッカー部だ。


「吉瀬くんは運動神経いいから、羨ましいよ。」

「いやあ、俺は単に体動かすのが好きなだけだから。でも今日は恩田もいい感じに滑れてるよ。」


 そんな会話をしながら楽しめるほどには、僕も滑れるようになってきた。


 しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、午前中だけでスキー研修は終了となった。


午後からは小樽や札幌の観光に行くのだ。一昨日と昨日はスキー場のホテルに泊まっていたけれど、今日は札幌市内のホテルに移動する。


 お世話になったスキー場とインストラクターに挨拶をしてホテルへと戻る。そして着替えを済ませたら速やかに自分たちのクラスのバスへと乗り込む。


 そのときに偶然、一臣くんと玄関で一緒になった。「あ、一臣くん。」と声をかけようとした瞬間だった。


 一臣くんはすっと僕から目を逸らして背を向けて、彼のクラスのバスに乗車して行った。


 え……?今、無視された……?


「恩田、荷物乗せた?」


 野久保くんにそう声をかけられて、ハッと我に返る。


「え、あ、うん。今から乗せるところ。」

「じゃあ席、隣に座ろうぜ。明日の自由行動、どこに行くか決めたいしさ。」

「そうだね。じゃあ、しおり見ながら話そうか。」

「おー。」


 小樽に向かうバスの道中、僕は野久保くんと明日の自由行動で行く場所について話をした。あらかた決めて来てはいたものの、どのへんでお昼ご飯と夜ご飯を食べるのかとか、どんなルートで行けるのかについて話をした。


 だけど、そんな楽しい話をしている最中でも、僕は一臣くんのことが気になって仕方がなかった。


 あんなに優しい一臣くんを傷つけてしまったのかと思うと、胸の奥が痛い。僕ともう、楽しい時間を過ごしてくれることはないんだろうか。






 小樽に着くと、小樽運河をバックにクラスごとに写真撮影をした後は、お土産屋さんを巡る自由行動となった。野久保くんが一緒に回ろうと誘ってくれたので、僕はキラキラグループの男子組と共に行動する。


 キラキラグループの蓬さんをはじめとする女子組は、みんなでお揃いのものを買うらしく、はしゃぎながら小樽の街へと繰り出していった。


 野久保くんや駒田くん、佐藤くんたちと一緒に歩いていると、他のクラスのキラキラグループの人たちによく絡まれる。僕は他のクラスの人たちとは特に喋ったこともないから、ちょっと離れて話が終わるのを待って、歩き始めたら着いて行くという感じだ。


「そういやさ、彼女に小樽でなんか買ってきてほしいって言われたんだけどさ。小樽っつたらやっぱ、ガラス細工とかオルゴールとかなのかね。」

「そうなんじゃない?そういうのを強請るところが大樹の彼女っぽいけどさ。」

「なんだよ、義明だって買っていけばいいだろ。」

「だから俺は別れたって。」

「恩田も蓬に何か買えばいいじゃん。」

「えっ。僕?」


 駒田くんに急に話をふられて、少し驚いた。しかも、蓬さんとお揃いのキーホルダーは買ったけれど、プレゼントをするなんてことは考えていなかった。


「女子って好きだろ。なんか目ぼしいもんがあれば、買ってやれよ。」


 ニカッと歯を出して爽やかにほほ笑む駒田くんの顔を見て、ああ僕と蓬さんってこんなにもみんなに応援されてるんだなあって感じた。


 一臣くんだってそうだった。ずっと僕と蓬さんのことを見守ってくれていて、僕の悩みだってよく聞いてくれていた。


 今回のことはきっと、どっちが悪いっていうことじゃないと僕は思っている。だって僕も一臣くんも、自分の気持ちを貫いただけだから。


 だけどそれで仲違いしてしまってもう一度仲良くしたいと思うのであれば、また歩み寄るしかない。


「そうだね。」


 僕はそう返事をして、一臣くんに贈る物を探そうと決めた。


「駒田くんは誰かに買うの?」

「……ああ、まあね。」


 僕たちはそんな話をしながら、男4人で可愛らしい雑貨屋さんへと足を踏み入れた。



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