おまけ①

 真っ白な世界に飛び込むことがこんなに気持ちよかったなんて、今まで知らなかった。


「やばい、めちゃくちゃ楽しいじゃん!」

「蓬、早いー!」


 生まれも育ちも九州の私たちにとって、こんなに山のように降りしきった雪の中を歩くことは滅多にない。それから、こんなに気持ちよく雪山を滑走することも、人生で初めてだ。


 スキー板にさえ触れたこともなかったから、初めはちゃんとできるか不安だったし、バランスとれるかも心配だったけれど、コツさえつかめればなんてことはなかった。


 スキー初日からガンガンと滑ることができている。


「百合子ちゃんと止まってよー!」

「いや待って、ハの字だっけ?」

「止まりたいときは板の向きを横だよ。」


 私とは違って百合子はへっぴり腰でスキーを楽しむ。みんなのお姉さん的存在の百合子だけれど、運動神経はよくないという意外な一面がある。それも百合子の魅力なんだけどね。


 すいすいと滑り、ときには尻餅をついて転びながら、普段は楽しむことができない雪原を悠々と走る。


 なんて気持ちが良いんだろう。途中出くわした千尋は、めちゃくちゃ転んでいた。こういう運動系が苦手な彼だけど、同じグループの人たちと楽しそうにしているのが見て取れる。


 昨年の千尋だったら、考えもつかないようなことだろう。クラスメイトと仲良くしている千尋を見るのは、小学校低学年以来の光景だ。


 元々1人で居るのが好きな千尋だから、私と居ることで付き合う人の数が増えたことに、無理をしているんじゃないかと感じたこともあったけれど、千尋を見ているとそんなことはないということがよく分かる。


 それに最近は、私との時間も上手にとってくれているし、一臣や吉永さんと過ごす時間も大事にしているように見て取れる。


 ただ1つ気がかりなことは、千尋が昨日、心のお願いを請け負ってしまったことだ。断れなかったという雰囲気でもなかったけれど、大丈夫なのかなって心配になる。


 多分、一臣は他の誰よりも千尋に「心の話を聞いてあげて」って言われたくないだろうと思うから。


 あの宣戦布告を受けてから今日まで、一臣が私たちカップルをぶっ壊しにきている素振りはないけれど……。でもきっと、私に宣戦布告っていうことは、そういうことだよね。


 だとしたら、千尋から言われることが一番堪えるだろう。






 スキーが終わってホテルの自分の部屋へと戻ると、着替えが終わったらしい吉永さんと部屋の扉で鉢合わせになった。一緒にグループでのスキー終わったはずなのに、吉永さんはすぐに戻ってきたようだ。


 私と百合子はだらだらしながら部屋に戻ってきたから、その間に着替えも済ませたのだろう。


「あれ。吉永さん、どっか行くの?」

「あ、うん。ちょっと待ち合わせしてて。部屋の鍵、預かってもらっててもいいかな?」


 そんな風に私に鍵を頼む様子を見ると、ゆりかはまだ帰ってきていないらしい。


「いいよ。私と百合子はどこにも行かないし。」

「ごめんね、ありがとう。」

「いいえー。行ってらっしゃいー。」


吉永さんを見送って百合子と一緒に部屋に入ると、スマホをチェックしているところで心から着信が入った。まだ着替えもままならない状態だったけれど、その電話に出る。


「もしもし?」

『蓬、あのね。私、今日の夜に一臣に告白しようと思う。』

「そっか。じゃあ、千尋にそう伝えるね。場所と時間は?」

『お風呂の後に2階の非常階段のところでって。』

「分かった。ちゃんと、話ができるといいね。」

『うん。ごめんね、お世話かけます。』

「ううん。とりあえず千尋にお願いして、一臣にお願いできたらまた連絡するね。」

『分かった。ありがとう。』


 いよいよ、心の告白が動き出す。私はすぐに、千尋へと電話をかけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る