おまけ②

 鼻水をすする音が、非常階段によく響く。私が抱きかかえている心の身体は、肩を大きく揺らしながら全身で息をして、しゃくりあがる声をどうにか頑張って押し殺している。


 一臣に頑張って伝えた心の勇気は、本当にすごい。振られると分かっていても、それでも伝えようとする心の頑張りは、私の心も千尋の心も動かした。


「……っ。ごめんね、蓬。付き合わせちゃって。」

「ううん。だってこんなとき、一人になりたくないでしょう。」


 ひとしきり涙を流して落ち着いてきたのか、心は私に話を始めた。


「一臣ね、ちゃんと言ってくれたんだ。好きな人がいるからごめんって。それって誰なのか聞いてもいいの?って聞いたら、それは相手に迷惑がかかるから答えられないって言ってた。でも、ちゃんと謝ってくれたんだ。私の気持ちに気付きながらも向き合おうとしなかったこと。」

「そっか。ちゃんと話ができたんだね。」

「うん。それから、なんで話を聞きたくなかったかも言ってくれた。」


 一臣の気持ちは、なんとなく分かるような気がした。私も、大地にアプローチされていたとき、大地からの告白は聞きたくなかったかもしれない。


 もし、友達のままで居られるのであれば、その方が良いと思ってしまうのは、告白する方だけじゃなくて、告白される方だって思うことかもしれない。


「あとね。私もちゃんと話したの。実は雄一に返事を待ってもらってることとかも。今回は完全に私の都合で告白しちゃったから。そしたら一臣ね、笑って言ってくれたの。“心って律義すぎない?それだったら普通に雄一と何もなかったように付き合えば良かったじゃん。”って。でも私、一臣を好きだったことをなかったことになんてできないし、雄一にも一臣にも何も言わずに雄一と付き合い始めてたら、私は心の中に一臣を抱いたままだったと思うの。」

「なんかそれ、分かるかもしれない。最後まで思いを消化するからこそ、ちゃんと次に行けるんだよね。」

「そうなの。雄一のことも一臣のことも大切だから、なおさら自分の気持ちをちゃんとしておきたかったの。」


 心はいつも真っ直ぐだ。男をとっかえひっかえしているように思われるけれど、心はただ、自分の気持ちに正直なだけなのだ。


「じゃあ、雄一と付き合うの?」

「う、う~ん。なんかそれは、もうちょっと考えようかなって思う。一臣に振られたからじゃあ、雄一とって話でもないしね。」

「そっか。私は心が幸せであれば、それでいいと思ってるからね。」

「ありがと。」


 その後、私と心は少しだけ話をしてから、それぞれの部屋へと戻った。






 修学旅行3日目は、引き続きスキーを楽しんだけれど、小樽への移動があるため、昨日より早めにスキーを切り上げてホテルへと戻った。


 なんだかんだであっという間のスキー研修だったと思う。スキーなんて人生で初めてやったけど、また機会があればやりたい。


 クラスのバスに乗り込む準備をしようとバスの方に向かうと、千尋が荷物を入れようとしているのが見えた。


 昨日、一緒にお土産を買っているときの様子がなんだかおかしかったから、大丈夫なのかと気になる。恐らく、一臣となにかあったんだろうけれど……。


 でもきっと千尋のことだから、自分の気持ちは一臣に伝えているはずだ。


 千尋を見ていると、一臣と千尋が目を合わせたのに気付いた。そして、千尋が一臣に話しかけようとする素振りをしている。


 しかし、その時だった。


 一臣だって千尋が話しかけようとしていることに気付いたはずなのに、すっと視線を逸らして無視したのだ。


 は?


 千尋もそれを見た私も、茫然とする。


「蓬、どうしたの?早くバス乗るよ。」

「え、あ、うん。」


 百合子にそう声をかけられて、はっとする。


 今、何が起きたの?一臣が千尋のことを無視した?


 一臣の気持ちは大方予想つくけれど、だからといって千尋を無視していいことにはならない気がする。


 そもそも、千尋は一臣の気持ちを知らない。


「あいつ……。」


 私はめらめらと心に灯を抱きながら、小樽に向かうバスに乗りこんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る