第10話 修学旅行3・4日目と男子高校生

第10話 修学旅行3・4日目と男子高校生

 小樽を堪能した後は、札幌で泊まるホテルへと移動した。ホテルに着くなり、大宴会場に集められて、明日の自由行動についての注意事項を受ける。


 その後、班ごとに別れて明日の行程表の作成をすることになった。それを担任に提出した班から、夕食の時間まで自由時間となった。


 僕たちの班はあらかじめ、野久保くんと僕でバスの中で相談していたし、事前に色々と調べてきていたため、行程表の作成もスムーズに進む。


「じゃあこれ、提出してきてもいいかな?」


 キラキラグループのみんなはたくさんアイディアを出してくれるけれど、書記なる人はいない。だから必然的に僕がその役割となって行程表を作成する。


「あ、俺も一緒に行くよ。一応、班長だし。」


 班長まで押し付けられたらたまらないと思っていたけど、班長は野久保くんがなってくれた。野久保くんの声かけならみんな聞いてくれるから、これに関しては安心だと思っている。


「千尋、ありがとう。」


 僕の隣に座っていた蓬さんがそんな風に声かけをしてくれる。


「えっ。俺には?」

「大地は班長なんだから当たり前でしょ。2人ともよろしく。」

「わははっ。」


 キラキラグループのすごいなと思うところは、「それって面白い?」って思うようなことでも笑いが起きることだ。今だって駒田くんが笑うと、佐藤くんや他の人たちも笑っている。


「西野先生。」

「お。できたかー。」


 担任の西野先生に提出をすると、一通り目でチェックをしてくれた。


「行程表に問題はなさそうだな。それより、恩田はこいつらと同じ班で本当に大丈夫なのか?」


 班決めをした際、西野先生に何度も確認をされた。そりゃあそうだろう。だって僕がキラキラグループの子たちと同じ班だなんて、天と地ほどの差だ。


「あ、西野っち。まだそんなこと言ってんのかよ。」

「だってお前らと恩田じゃ違いすぎるだろ。恩田、脅されたら真っ先に言えよ?」

「それ、俺の目の前で言う?」


 野久保くんの目の前でこうやって言うってことは、西野先生だって本気で心配しているわけじゃない。だけど、軽く僕の表情を確認しておこうという意味合いだろう。


「先生、大丈夫ですよ。野久保くんたちはそんなことしませんし。」

「そうそう。俺たちって意外と仲良しだもんな。」


 野久保くんはそう言うと、僕の肩に腕を乗せた。


「いや、そうやってやると、余計に恩田が脅されているように見えるぞ。」

「ええっ!まじで仲良いのに!」

「まあ、ここ最近の恩田は楽しそうだしな。山崎と付き合い始めたのが良かったのか?」

「えっ!なんで先生がそれを!」

「いや、見てたら分かるからな。生徒のことをよく見るのが俺の仕事だよ。最初は心配だったけど、仲良くやってるみたいだし。」


 先生にも知られてたなんて、なんだか少し恥ずかしいと思った。


「じゃあ、明日はしっかり楽しめよ。無事故で。」

「はーい。」

「はい。」


 行程表の合格ももらい、班のみんなのところに戻って解散をする。ちらりと一臣くんのクラスの方を見ると、一臣くんはキラキラグループの人たちと楽しそうに話をしていた。


 ……いいなあ。僕も一臣くんと、「班でどこ行くの?」とかいう話をしたい。


 僕は誰にも分からないように溜息を吐いて、自分の部屋へと戻った。






 夕食が終わって部屋で寛いでいると、佐藤くんと駒田くんは何か約束があるらしく、部屋から出て行った。吉瀬くんは友達とどこかへ行っているのか、まだ部屋には帰って来ていない。


 修学旅行中にこんな風に一人になれる時間があるなんて、珍しいなと思い、僕は徐に部屋の畳に大の字になった。ぼーっと天井を眺めていると、楽しい時間を過ごせているものの、意外と疲れていることに気付く。


 体の疲れというよりは、心の疲れだ。


 ……なんとか、修学旅行中に一臣くんと仲直りがしたいな。きっと、一臣くんにとって相当嫌なことだったんだろう。


 無視をするってことはきっと、僕の顔さえも見たくなかったってことだ。……これって仲直りできるのかな?


 一人で悶々と考えていると、段々と不安になってくる。どうしよう。誰かに相談した方が良いだろうか。


 暗い考えばかりが頭の中を支配して、畳なんかに寝ている場合じゃないと体を起こす。


 そんなことを一人でやっていると、部屋ドアをノックする音が聞こえた。誰か、帰って来たのかもしれない。


 ドアを開けると、吉瀬くんだった。


「あれ。まだ恩田だけ?」

「駒田くんと佐藤くんは2人でちょっと行ってくるって行って出て行ったよ。」

「そうだったんだ。」


 吉瀬くんと部屋で2人きりになるのも、この修学旅行中で初めてのことだ。なんだかんだこの旅行中に仲良くなったので、特にこれといって気をもむようなことはない。


「お茶でも飲む?」

「そうだな。そういえば俺、お菓子あるよ。」


 吉瀬くんがコンビニの袋からポテトチップスを広げてくれたので、僕は暖かいお茶を淹れた。


「なんか恩田って、そういうの慣れた手つきだよな。」

「え?」


 一体なんのことを言われたのか分からなかったので聞き返すと、吉瀬くんは急須を指さして言った。


「お茶入れるの。入れでもやってんの?」

「ああ。うん。家では紅茶を淹れることが多いかな。」

「え、すごいじゃん。本格的だな。」

「うちはみんな紅茶好きだからね。ハーブティーとかも淹れるし。」

「貴族かよ。なんか、女子みたいだな。だから吉永さんとも仲いいの?」

「……っ。」


 ふいに吉永さんと仲良くしていることを挟まれて、僕は一瞬言葉に詰まった。……危ない。「そうなんだ、少女漫画が好きでね。」と答えるところだった。


「そうだね。吉永さんとはよく話が合うな。」

「じゃあ、丸林も同じような感じなんかな。お前ら、3人でよく楽しそうに話してるもんな。」


 意外とみんな見てるもんなんだなあと思う。


「うん。一臣くんもそうだよ。」


 ……修学旅行が終わっても、またあの3人で仲良くしていた日々に戻れるかどうかは分からないけれど。


「……なんか変なこと聞くんだけどさ。……吉永さんと丸林って本当に付き合ってないの?」


 唐突な話題の転換に、僕は吃驚した。話題が転換されたからだけじゃない。吉瀬くんがまさか、そんな野次馬みたいな質問をする人だとは思わなかったから、余計に驚いた。


 

「え……。付き合ってない、よ?」


 最近の一臣くんと吉永さんは、本当にただの友達だ。僕が少しでもその仲を疑ってしまったことが申し訳ないくらい、一臣くんと吉永さんには友情しかないってことがよく分かる。


 お互いを大切にしていることは伝わってくるけれど、それは2人とも僕に対しても同じ感情を向けてくれている。


 だけど、あまりにも吉瀬くんが僕の瞳を真っ直ぐ捉えながら探ってくるため、僕は思わず瞳を揺らしてしまった。


「本当か?」

「本当だよ!」


 あまりにも真剣な顔の吉瀬くんだったため、これはさすがに鈍感な僕でも分かってしまう。


「ひょっとして吉瀬くんって、吉永さんのこと……。」

「……っ!」


 僕がそう言葉にした瞬間、吉瀬くんは湯を沸騰させたかのごとく、一瞬にして顔を紅潮させた。耳まで真っ赤になっているのが、言葉にせずとも僕の言葉を肯定している。


「だ、誰にも言わないから大丈夫!」


 慌ててそう付け加えると、吉瀬くんは「あー!」と言いながら顔を両手で抑えて、畳の上に寝転んだ。そして、ごろごろと体を左右に動かしている。余程、恥ずかしいのだろう。


 まさか、吉瀬くんが恋愛において、このようなタイプだったとは知らなかった。


「……吉永さんと仲がいい恩田だから言うけどさ。俺実は、昨日吉永さんに告ったんだよね。」


 ……え?


「そうなの?」

「うん。スキーの後。その時にも一応、丸林と付き合ってるのか聞いたんだけど、その答えは“NO”でさ。丸林のことも友達としては好きだけど、恋愛感情ではないって言ってた。」

「そうだったんだ。」


 吉瀬くんが告白してからの吉永さんの返事が気になるところだけど、そこは催促しない。吉瀬くんが話してくれる分だけを僕は聞こうと思う。


「……告白はさ。保留になったんだよ。ちょっと考えさせてって言われて。だけどさあ……。」

「なんかあったの?」

「さっき、見ちゃったんだよね。吉永さんと丸林が抱き合ってるの。」

「え?」


 吉永さんと一臣くんが抱き合っていた?


「正確に言うと、吉永さんが丸林を抱きしめてる姿。非常階段のところで階段に横並びに座ってる2人が見えて、なにしてんのかなって少し覗いてしまったら、吉永さんが丸林のことを抱きしめたんだよ。付き合ってなくて、ああいうのってするのかな?なんか分かんねえと思ってさ。」


 2人の間に、どんな会話があったのか分からない。一臣くんの好きな人は、吉永さんだけが知っている。だからもしかしたら、橋本さんとのことがあって、何かそっち方面でも一臣くんの心が揺れるような何かがあったのかもしれない。


「……そう、だね。」


 だけど、吉瀬くんに一臣くんには別の好きな人が居るんだよっていうことはできない。それは、一臣くんの話だから。だから、僕に言えることは。


「なんで吉永さんが一臣くんを抱きしめていたのかは分からないけど……。2人の間に、男女の仲はないよ。少なくとも、吉永さんが一臣くんを好きとかそういうのはないと思う。」

「なんでそう言いきれるの?」

「もし、吉永さんが恋愛の意味で一臣くんのことを好きなんだとしたら、吉瀬くんへの答えを保留になんてしないと思う。むしろ、はっきり断ると思う。」


 吉永さんは、そういう人だ。


「……そっか。」

「もし、どうしても気になるなら、本人に聞いた方がいいよ。偶然見てしまってっていえば、答えられる限りの答えをくれると思うよ。」


 僕のときだってそうだった。言っちゃいけないことは伏せながらも、一臣くんと僕の友情に誠実に向き合ってくれた。だから、今回のことだってそうだと思う。


「……なんか、こんな話してごめんな。」

「いいよ。吉永さんのどんなところを好きになったのか聞かせてくれれば。」


 にっこりとそう言うと、吉瀬くんはまた、一瞬にして顔を赤くした。






 一臣くんと話をしよう。


 僕がそう決めたのは、お風呂からあがってのことだった。小樽で買った一臣くんへのプレゼントを手に、一臣くんの部屋を訪れる。


 1回だけ深く深呼吸をして、その扉をノックする。すると、中から一臣くんと同じクラスのキラキラグループの人が出てきた。いつも、一臣くんと一緒に居る人だ。


「あれ、恩田じゃん。」


 彼は僕の名前を知っているらしい。僕と同じくらいの背丈で、長い前髪をカチューシャで上げている彼は確か、篠原しのはらくんだっただろうか。


「一臣くん、いるかな?」


 篠原くんとは顔を合わせることはあるけれど、会話をするのはそれが初めてだ。僕はいささか緊張して、声が上ずらないように気を付けながらそう言った。


「いや。ちょっと前に1人で出て行ったよ。なんか、待ち合わせがあるとかいって。」


 待ち合わせ?吉永さんだろうか。


「そう、だったんだね。分かった。」

「なんか用事?」

「ううん。また、直接連絡するよ。」

「そっか。ごめんな。」

「こちらこそ。ありがとう。」


 意外にも気さくな篠原くんに胸を撫でおろし、僕は踵を返す。


 ……一臣くん、会えなかった。


直接連絡して会う約束をとればいいかもと思ったけれど、無視される可能性もあったから、部屋に来てみたのだ。


 仕方ないから部屋に戻ろうとしたけれど、せっかく部屋を出てきたし、ジュースでも買って戻ろうかと考えて、自動販売機のところへと向かう。すると、自動販売機コーナーの奥にある非常階段の方から、声が聞こえてきた。


 一体誰だろうと思って向こうからは見えないようにそっと覗いてみると、その2人の人物を見た瞬間にさっと自動販売機の方に隠れた。いや、隠れざるをえなかった。


 だってそこに居たのは。


「蓬さんと一臣くん……?」


 だったからだ。


 そこで僕の頭の中には、1つの考えが浮かぶ。


 “ひょっとして一臣くんの好きな人って蓬さんじゃないだろうか”


 考えれば考えるほど、辻褄の合う気がする。……でも、一臣くんはいつも僕と蓬さんが上手くいくように話を聞いてくれたり、ゴムだって買ってきてくれたりしたよ?


 もし一臣くんが蓬さんを好きだとしたら、敵に塩を送るようなことをするだろうか。第一、僕と仲良くするようなことをするだろうか。


 でも、吉永さんも一臣くんも、一臣くんの好きな人は僕には言えないような相手だと言っていた。僕に言えない相手は、一人しかいない。


 だってそう考えれば、橋本さんの件で一臣くんが怒ったのも頷ける。今まで散々ライバルである僕の相談に乗ってきたにも関わらず、橋本さんの話を聞いてあげて欲しいなんて言われたら、腹が立つだろう。


 しかもどう考えても、僕が噛んでるってことは橋本さんと仲が良い蓬さんだって噛んでる。そうなると、蓬さんからもなんとも思われていないって思うと、悲しいだろう。


 きっと一臣くんは、言い知れないダブルパンチを味わったに違いない。


 そうであるなら、一臣くんは誰に相談するか。吉永さんしかいない。吉瀬くんが見た光景は、落ち込む一臣くんを励ます吉永さんだったのではないか。


「……僕は、なんて馬鹿なんだろう。」


 親友の好きな人を誰なのかもわからず、気付かないままに一臣くんを傷つけ続けてきていたなんて。なんとお詫びをしていいのか分からないし、これからも友達で居ていいのかさえ分からない。


 僕は一臣くんに渡すはずだったガラス細工を握りしめながら、ぐっと涙をこらえた。






「ちょっとほら、早く撮って!」


 クラーク博士の像の前で、野久保くんがはしゃぎながらクラーク博士と同じポーズをとる。他のクラスの班や、他の学校の生徒も修学旅行でここを訪れているようで、僕たちの撮影時間はそれほど長くとってはいけなさそうだ。


「もう!みんなで撮ろうよ!」


 蓬さんが声を張り上げて、野久保くんを怒る。野久保くんと駒田くんはすでにふざけている。絶対にこうなることは、なんとなく予想できていたため、僕は特に驚きはしない。


「じゃあ僕、撮るからみんな早く並んで。」


 そう声をかけると、騒いでいたはずの同じ班のみんなが、ぴたっと動きを止めた。


「恩田、お前も入るんだよ。」


 野久保くんがちょっと怖い顔して僕に近づいてきてそう言った。


「ええ……。でも。」


 キラキラグループの中に入って写真を撮るなんて、絶対に僕だけお化けみたいに浮いちゃう。


「いいから。カメラマンはそこらへんの人に俺が頼んでくるから、お前は待っとけ。」


 野久保くんはそう言うと、他のクラスのキラキラグループの人を見つけて、カメラマンとして連れてきた。そして、僕も一緒に入った写真を撮影してもらった。


 写真を撮ってくれた人にみんなで御礼を言った後、野久保くんが僕の隣にすっと寄ってきて言った。


「俺は別に、お前に雑用してほしくて一緒の班に入れたわけじゃないからな。お前といると楽しいし、楽しんでほしいと思ってる。だからあんまり気を使いすぎないでいい。」


 ぶっきらぼうだけど、野久保くんの気持ちが伝わってきた。なんだ、壁をつくりすぎていたのは、僕の方だったのだ。価値観とか世界が違うと思いすぎていただけで。


「ありがとう。ごめんね。」

「お前は俺の友達だからな。」

「うん。」


 今まで僕なりに楽しくはさせてもらってきたし、だけど僕が入りすぎるのもどうかと思って一定の距離を保つように心がけていたけれど。それは結局失礼な話だったのかもしれない。


「ていうかさ。蓬と写真撮った?大倉山でしか撮ってないんじゃねえの?」


 野久保くんにそう言われて、はたと気づく。そういえば、蓬さんと2人で過ごしたのって、お土産を買ったときだけかもしれない。


「……そういえば。」

「なにしてんだよー。せっかく同級生で修学旅行来てんだから、思い出に撮っとけ。蓬ー!恩田と写真撮ってやるから並べー!」


 その後は、みんなに散々からかわれながら、蓬さんとのツーショットをクラーク博士の像の前で撮った。照れながら「るさいわよ!」と怒鳴っていて可愛い蓬さんを見るのも、修学旅行の醍醐味だなと感じた。


 ……だけど、僕がこうやって幸せな気持ちにさせてもらっている一方で、一臣くんを悲しませているのではと思うと、胸の奥がもやもやとする。






「千尋。一臣と何かあったでしょ。」


 みんなでお昼ご飯を食べ終わり、そのまま展望台を散策している中で、蓬さんからそう声をかけられた。楽しんでいるみんなには聞こえないくらいの声で。


「え……?」


 少し動揺した僕を、蓬さんは見逃さなかった。


「やっぱり。というか、恐らく心の件なんだろうけど。一昨日、一臣に心のことを頼んだ後の千尋の様子がおかしかったから気にして見てたの。そしたら、昨日2人が話してる様子もなかったから確信して、お風呂の後に一臣に確かめに行ったのよ。」

「えっ。」


 それじゃあ、昨日の夜に蓬さんと一臣くんが2人で居たのは、その話をしていたの?


 僕はそう聞きたかったけれど、その言葉を飲みこむ。その場で踏み込めなかった僕が、その言葉を発するべきじゃないからだ。


「……それでね。一臣が千尋と話がしたいって。一臣の班もお昼過ぎからこの展望台に来るんだって。だから、その時に話をしたらどうかなって一臣には言ってるんだけど、千尋はどうかな?」

「どうって……。」


 仲直りはしたい。一臣くんと一緒に楽しい時間を過ごしたい。だけど、一臣くんはどうなんだろうか。僕と一緒に居て、辛い思いをしないだろうか。


 口を噤む僕を見て、蓬さんはそっと僕の手を握った。


「なんか、私がお節介なことしてごめんね。」

「いや……!そんなことないよ。」


 そんなことはない。ただ、一臣くんの気持ちを思うと、どうするのが正解なのか分からないだけなんだ。


「でも一臣言ってたよ。嫌な態度とっちゃったけど、本当は千尋と仲良くしたいって。千尋はどうかな?私は絶対に千尋の味方だから、千尋が思うようにしていいと思うよ。」


 蓬さんのその言葉と表情で、僕はぐっと息を飲んだ。そして、優しく蓬さんの手を握り返す。


「……もし友達と同じ人を好きになってしまったら、蓬さんはどうする?しかも、蓬さんが上手くいったしまったらどうする?友情をとる?恋人をとる?」

「なにそれ。私が好きなのは千尋だけなんだけど。」

「例えばの話だよ。例えば、絶対にないけれど、もし穂高さんが僕を好きになったとしたら、とか。」

「そうね。それは絶対にないね。……でももし、友達と好きな人が被ったとしたら……。私は、どっちもとるかな?正々堂々と。」

「え?」


 それは僕が出せなかった答えだった。


「だってどっちも好きだもん。だから、どっちもとるし、どっちにも遠慮しない。どっちかに遠慮するってことは、相手に失礼な話だよ。正々堂々と戦った後は、ノーサイドだよ。思いっきり友情を深めるし、恋人とだって思いっきりイチャイチャする。こんな風にね!」

「わ!」


 蓬さんは周りに人が居るにも関わらず、僕の腕の中へと飛び込んできた。勢いがつきすぎてよろけそうになったけれど、僕はなんとか蓬さんをキャッチする。


「……千尋の傍には嫌だって言われても、私が居るからね。だから、一臣と仲良くしたいなら、安心して行ってきていいよ。」

「……蓬さん……。」


 僕は蓬さんと一臣くんに申し訳なく思った。何が、「僕と一緒に居て辛い思いをしないか」だろうか。僕はなって傲慢だったんだろう。


 まだ一臣くんに思いを打ち明けられたわけでもないし、だからといって蓬さんへの僕の思いが変わるわけでもない。一臣くんが蓬さんを好きだったとして、なんだと言うのだろう。


 僕が本当にどちらのことも好きなのであれば、それを態度で示せばいいだけの話なのだ。


「ありがとう、蓬さん。僕、一臣くんと話をするよ。」

「本当?大丈夫?」


 心配そうに僕の顔を見上げる蓬さんの顔は、今日も世界一可愛い。


「うん。」


 僕は心からの思いで、蓬さんに笑いかける。『赤髪の白雪姫』のゼン王子とオビどのもそうであったじゃないか。


「おーい。そこのカップル、なにイチャイチャしてんだー。」


 野久保くんの声かけで、蓬さんと僕はハッとして体を離した。






 展望台は色々な施設を見て回ることができるため、野久保くんの提案でそれぞれ行きたいところを見て回って、16時に出口に集合しようという話になった。恐らく、僕と蓬さんが2人で回れるようにとの計らいだと思う。


 その機会に、蓬さんと一緒に一臣くんとの待ち合わせ場所へと向かった。遠くでは、鐘の音が鳴り響いている。


「一臣くん。」

「千尋……。」


 先に一臣くんが居た。身長が高くてオレンジ頭でイケメンの一臣くん。ただ立って待っているだけだけど、展望台の景色も相まって雪原に佇む王子様のようだ。


「じゃあ私は適当に百合子たちと合流するから。2人ともお気兼ねなく。」


 蓬さんはそう言うと、踵を返す。


「蓬さん!」


 僕が声をかけると、彼女は頷いて笑いながら手を振ってくれた。そして、何も言わずに今来た道を戻って行った。


「……蓬には、感謝してもしつくせないな。」

「本当だね。」


 自分たちのことのはずなのに、自分たちでは何ともできずに、この場所に蓬さんが連れてきてくれたことを思うと可笑しくなって、僕と一臣くんは顔を緩ませた。


「……単刀直入に言うよ。俺が悪かった。ごめん。」


 一臣くんは真っ直ぐに僕へと頭を下げた。


「え?!ええ、いや……。その僕も……「千尋は謝らなくていい。」


 僕も謝ろうとすると、その声を一臣くんが遮った。


「千尋は今回、何も悪くない。俺が勝手に腹を立てて、勝手に千尋のことを避けただけだ。」

「でも……。例えそうだったとしても、僕が一臣くんに不快な思いをさせたのは事実だし……。」


 それに、誰かの恋路の橋渡しをするなんて、とても失礼な話だったんじゃないだろうか。


「いや、違う。……心だって最終手段を使ったにすぎないし、元を正せば俺が初めからちゃんと心と向き合うことができていれば、千尋にあんなことを言わせることもなかったんだ。だからすべて俺が悪い。千尋は何も悪いことはしてない。だから今日は、俺に謝られてくれ。」


 ……謝られてくれと言われても……。


「……本当にごめん。ごめんしか言えなくて、ごめん。どんなに嫌なことであったとしても、千尋を避けるなんて最低だった。」

「……また、仲良くしてくれるの?」

「……!それは俺のセリフだよ。こんな俺だけど、許してくれる?」


 許す、許さないなんかじゃない。僕はいつだって、一臣くんと一緒に過ごす時間が楽しいんだ。


「仲良くしてくれるなら、それでいいよ!」


 僕は一臣くんに笑って言った。


「……千尋、ありがとう。」

「こちらこそ。でも、1個だけ聞いてもいい?」

「うん?」

「なんで最初橋本さんの話を聞こうとしなかったの?告白だって分かってたんでしょ?」


 橋本さんのことを僕が頼んだことで嫌な思いをした理由は、色々と考えが及ぶ。だけど、告白の機会すら与えてもらえないのは、どうしても分からなかった。


「……それは……。告白だって分かってたからだよ。それに関しては心にも謝ったんだけど……。……本音を言うと、心からの告白を聞きたくなかったんだよ。」

「え。それはどうして?」

「……これは別に、心の気持ちを蔑ろにするつもりでもなんでもなかったんだけど。今振り返ると、せっかく自分のことを思ってくれてるんだから、ちゃんと初めから向き合うべきだったし、今だったら絶対にそうするんだけどさ。……好きな人に好きって言えることに嫉妬したんだ。」

「え……。」


 僕の心は、ドクンと大きな音を立てた。


「俺はまだ、好きな人に好きって言えないから。それに、好きな人に告白してぶつかって、振られることを考えると、心を振るのが怖かった。自分に重ね合わせてしまったんだよ。」


 そんなにも蓬さんのことを……。でも、一臣くんがそのことを口にしない限り、僕は気にするのをやめる。気になっちゃうけど、僕は一臣くんと仲良くして、蓬さんとも一緒に居るっていうことを選ぶんだ。


「そうだったんだ……。」

「でもだからって、心の誠意をはねのけていい理由にはならないよな。それに、千尋にも蓬にも迷惑かけて。あいつ、千尋のためにならすっ飛んでくるからすごいよな。昨日の夜なんて怖い顔で呼び出されたよ。“あんたにはあんたの理由があったと思うけど、それは千尋を傷つけていい理由にはならない”って。」

「そんなのこと言われたの。」

「そんなこと言われたんだよ。」


 2人で顔を見合わせて笑みをこぼす。


「理由も教えてくれてありがとう。一臣くんが怒っちゃったのが少し怖かったけど……。でも、これからは何でも話してね。話せることだけでいいから。」

「……分かった。ほんと、ごめんな。」

「もういいよ。そうだ、これ。」

「?」


 僕は昨日、小樽で一臣くんのためにガラス細工を買っていた。それを鞄から出して、彼に差し出す。


「仲直りのプレゼント。」

「え。俺に?」

「そうだよ。小樽で買ったんだ。」

「開けていい?」

「どうぞ。」


 スカイブルーの包装紙とロイヤルブルーのリボンで綺麗に包まれたそれを開けると、菊の花の形をしたガラス細工が出てきた。


「これ……。」

「菊の花は友情のシンボルなんだって。」

「……!」


 一臣くんは菊のガラス細工を指でつまむと、高く掲げてみせた。太陽の光が反射して、きらきらと輝いている。


「ありがとう。大事にする。」

「うん。」


 そういえば、あと1つだけ。これだけは一臣くんに聞いておきたい。


「ねえ、一臣くん。」

「うん?」

「もし、もしもだけどさ。友達と好きな人が被って、自分の方が上手くいってしまったら、一臣くんは友情をとる?恋人をとる?」


 蓬さんにした質問と同じものだ。


「そんなの……。どっちもだよ。友達ともめちゃくちゃ仲良くするし、恋人とも甘い時間を過ごす。友達と競い合ったからこそ、恋人のことはその友達に懸けて大事にしなきゃいけないだろ。」

「競い合ったからこそ?」

「そうだよ。正々堂々と誠実に向き合ったのなら、どちらにも遠慮する必要なんてない。どちらの縁も大切にすればいいだけさ。」

「そっか。」


 じゃあ僕は、一臣くんに懸けて蓬さんのことを大切にしよう。


「じゃ、一緒に回るか。たくさん写真撮ろうぜ!」

「うん!」


 一臣くんには、感謝してもしきれない。今まで友達の居なかった僕に、たくさんの新しい世界を見せてくれる。


その後、一臣くんと2人で回っていると、一臣くんたちの班と合流した野久保くんたちに会った。


 そして、男だらけで回ることになった。一臣くんのクラスの人とはそんなに話したことはなかったけれど、一臣くんや野久保くんのおかげで楽しく回ることができた。


 以前だったら関わることのなかった人たち。どれも、蓬さんや一臣くんがくれたものだ。


 ……そういえば、吉永さんと吉瀬くんはどうなったんだろうか。


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