おまけ①

 基本的に、私に関係のないもめごとには首を突っ込まないようにしている。だってそれは、当人同士で解決する問題だし、第三者が介入すればするほどややこしくなることがあるから。


 それは、もめごとの当事者が大好きな人であったとしても、だ。私は相談に乗ることしかできないし、解決のためのアドバイスしかできないと思っている。


 だけど、今回のことは。どうしてもはらわたが煮えくり返る。


 だって!シカトはないでしょ、シカトは!せっかく千尋の方から話しかけようとしているのに、気付いていたくせにそれをシカトするなんて!


 私はずんずんと廊下を歩きながら、非常階段へと向かった。一臣と待ち合わせをしているのだ。


 階段が見えると、そこに一臣が座っているのが見えた。一臣は顔を上げて私の顔を見上げているけれど鼻をツンと明後日の方に向けて、ちょっと間をとって一臣の隣へと腰を下ろす。


「……なんの話か分かってるでしょ。」

「……なんとなく。」


 一臣は根っから悪いやつじゃないし、食えないところはあるけれど、人に対して無礼をするようなやつじゃない。だから、悪いことをしたと反省はしていると思う。


「シカトはないと思うよ。」

「……見てたのか。」

「私はずっと千尋のこと見てるからね。」

「きもっ。ストーカーかよ。」

「どっちがよ。私は正式な千尋の彼女ですから。」

「ふふっ。確かに。」

「……なんで千尋に怒ってんの?」


 一臣の気持ちは痛いほど分かる。だってもし私が千尋に片思いをしている状態で、他の男の子の告白を聞いてやってくれなんて言われたら、立ち直れない。


「……蓬なら分かってくれると思うんだけど。」

「まあね。でも、だからって千尋に冷たく当たるのは違くない?だって千尋は、あんたの気持ちをこれっぽちも知らないんだから。それに、そもそも心の話をちゃんと聞いてあげていれば、こんなことにはならなかったでしょうに。」


 千尋は一臣の気持ちを知っているわけではない。だから、どんなに一臣が傷ついたとしたって、それは千尋に関係のない話なのだ。


「そう……だよなあ。頭ではわかってんだよ。でも、千尋の顔が見られない。」


 膝に肘をついて、その手で頭を抱える一臣。大きい図体のくせに、今はそのなりを潜めている。


「じゃあこのまま、千尋と仲良くできなくなってもいいの?」

「……それは嫌だ。」

「千尋って今まで普通に友達が居なかったからさ、めっちゃ傷ついてると思うよ。」

「……お前も自分の彼氏のこと、随分な言い草だな。」

「だって事実だもん。だから私は、嬉しかったりするのよ。千尋が友達のことで悩んでる姿とかさ。自分の世界しか持っていなかった千尋が、少しずつ新しいものとかことに触れて、前進してるんだなあって。だから私は、一臣に感謝してるの。」

「……。」

「千尋だって、そうだと思うよ。だって千尋の親友は、間違いなくあんたしかいないんだから。」

「……はあー。」


 一臣は大きな溜息を盛大に吐いた。


「……千尋に謝りたい。」

「よかった。ちゃんと謝ってね。」

「……お前に言われるの、まじで癪に障るんだけど。」

「仕方ないじゃない。今回は圧倒的に一臣が悪いんだから。」

「……。」

「いつ謝る?明日の自由行動のとき、千尋に時間とってもらうように言ってあげようか。」

「……自分で言いたいところだけど、そうすると怖がらせて千尋が修学旅行楽しんでくれないだろうから、頼む。後、こうやって俺と2人で会ったことも、蓬の口から伝えた方が良いと思うし。」

「……あんた、気持ち悪いくらい千尋のこと好きなのね。」

「……うるせーな。」


 未だに顔を抱えているせいで一臣の表情は見えないけれど、耳まで赤くさせているのは確認できた。そうなるとふと、聞いてみたくなる。


「なんで千尋のことが好きなの?一臣。昨年普通に彼女居たでしょ。バイってこと?」

「……そういうデリケートなこと、もっとオブラートに包んで聞けないの。」

「ごめん。でも、変に気を遣うよりストレートに聞く方がいいかと思って。」


 千尋の良さは今まで、私にしか分からないんだと思っていた。だから、私と同じように千尋に思いを焦がれる人に初めて出会ったといっても過言ではない。


 そうなると、聞いてみたくなるというのは、同志としての感情なのだろうか。


「……千尋、普通に可愛いだろ。」

「え、あ、うん。」


 まさかの“可愛い”。いや、分かるけど。でもなんか、一臣が千尋に感じる可愛いと私が千尋に感じる可愛いは同じなのだろうか。


「俺さ。女の子と普通に付き合ってたけど、千尋ほど好きになれてはなかったというか。まあこれも失礼な話なんだけど。だからといって、ゲイなのかって言われるとそこまでしっくりこないし。だからこれはまだ、自分でも分かんないんだよな。これからも、女の子のことも好きになれるような気がするし。」

「うん。」

「千尋のことを好きになったキッカケは、本当に些細なことだったよ。俺と千尋、少女漫画が趣味っていうの知ってる?」

「千尋がずっと少女漫画好きなのは子供の頃から知ってるけど、一臣のは初見だね。」

「そっか。いつだったかなあ。高校1年の年末だったかなあ。放課後だったけど、千尋がたまたま1人で教室に残っててさ。」


 ああ、多分。バイトに行くまでの時間つぶしをしていたんだろうなあ。


「それまでは“いつも何かの本を読んでるやつ”っていう認識だったんだけど、その時、千尋はブックカバー着けずに読んでてさ。多分、誰も居なかったからなんだろうけど。その本が俺の好きな少女漫画でさ。それからなんとなく千尋のことを目で追うようになって、話しかけるタイミングを見計らってた。そしたら、2年になって蓬が千尋に近づいているのを見かけてさ。」


 ああ。千尋の邪魔をしていたあの時ね。


「千尋と蓬じゃ交友関係も全然違うし、話も合わないだろうし、千尋も相手にしてる雰囲気じゃなかったからそこまで気にしてなかったんだけどさ。それに、蓬が千尋を好きだとは思ってなかったし。」


 そ、そうですか。私が千尋を好きな風に見えませんでしたか。それは良かったのか悪かったのかとなんとも解せない気持ちになる。


「そしたらお前ら、付き合い始めたじゃんか。もう、焦って焦って焦りまくったよ。すぐ、千尋に話しかけに行った。それで、千尋のことを好きだってことを認めた感じかな。」


 そこで顔を上げた一臣の横顔は、とても穏やかだった。


「……そう、だったんだ。」

「それでも千尋が笑顔で居てさえくれればいいと思って、お前たちのこととか千尋から聞いて良いコンドームとかあげたんだけど。」

「え、なにしてんの。」

「そこは男の嗜みだろ。千尋が恥ずかしがりながらコンドーム買いに行く姿も乙だけど、買いに行けそうにないじゃん。」


 ……まあ、それはなんか分かる気もする。


「だけどさ。千尋、これっぽちも気づいてくれねえんだもんな。だから蓬に宣戦布告したし、今回みたいなことが起きると、まじでしんどい。」


 分かって欲しい。でも、今の関係も続けたい。一臣はそういう葛藤の中で揺れてるんだなあと感じた。


「ま、とりあえず。ライバルとして聞いてあげることくらいはできますから!正々堂々と戦おうぜ!」


 私はそう言って、一臣の背中をバンと叩いた。今は千尋が私のことを好きで居てくれているけど、それだって当たり前じゃない。


 千尋に好きで居てもらえるように、私だって成長していかないといけない。


「千尋がなんで蓬のことを好きになったのか、初めは全然分からなかったけど今なら分かるわ。」

「ありがと。」


 私たちは固い握手をして、戦友としての契りを交わした。

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