第7話 彼女の誕生日と男子高校生
第7話 彼女の誕生日と男子高校生
11月になった。季節はすっかり移り替わって、蓬さんと一緒に紅葉を見に近くの公園に散歩に行ってから帰るのが日課となった。
あんなにも青々と茂っていた木々たちも、黄色や赤のドレスを身にまとい、冬支度を始めている。頬をかすむ風も、尖るようになってきた。
蓬さんと付き合い始めてから、あっという間だったような気もするし、長かったような気もする。それだけ蓬さんと過ごす1回1回が僕にとって、濃い時間であることを意味しているのだと思う。
今月は、そんな蓬さんの誕生日がある。
「蓬さん。」
「なあに?」
「誕生日、どんなことがしたいとかある?」
本当はサプライズで何かやれればいいんだろうけれど、生憎僕にはそんな力量はない。だから、本人に聞くしかないのだ。
「えー。千尋とデートに行ければ、それだけで満足だよ。」
「デートかあ。」
蓬さんの誕生日は平日だ。だから、普通に学校がある。そうなると、放課後デートをすることになるけれど、いつもみたいなお散歩デートは少し味気ない。
「じゃあ、その日はちょっと遠出する?イルミネーションを見に行くとか。」
11月になってから、どこもかしこも年末に向けた準備が進んでおり、色とりどりのイルミネーションも始まっている。
そんな光彩の中で蓬さんを見たら、どれほど可愛いだろうかと想像してしまう。
「イルミネーション?!行きたい!!」
僕の提案を気に入ってくれたらしく、蓬さんはひどく目を輝かせた。
「じゃあ、決まりね。夜ご飯はどうしようか。」
「あ!じゃあ、行きたいピザ屋さんがあるの!そこに行ってもいい?」
「いいよ。」
「やったあ!嬉しい。」
蓬さんが喜んでくれて、僕も嬉しい。誰かに何かをするって、自分も嬉しいことなんだなって思った。彼女のこんな顔が見られるのなら、もっと何かしてあげたいと思ってしまう。
好きな人とこんな風に過ごせるなんて、僕は幸せ者だなって思う。
蓬さんの誕生日の前の休日、僕は姉さんと一緒に買い物に出かけた。その目的は、蓬さんの誕生日プレゼントを買うことだ。
一人で彼女の誕生日プレゼントを行く勇気はなく、かといって唯一の女友達である吉永さんと一緒に行くのも、なんだか違う気がした。だから、姉さんに頼んだのだ。
姉さんは快くOKしてくれた。むしろ、いつまでも言ってこなかったら、姉さんの方から「よっちゃんの誕生日プレゼントどうするの?一緒に買いに行こうか?」と声をかけてくるつもりだったらしい。
「ある程度の目星はつけてるの?」
姉さんと2人でショッピングセンターを歩く。周りは家族連れやカップル、友達グループと様々な人たちで賑わっている
「なにがいいかと思って……。」
本当は、誕生日プレゼントにはアクセサリーを贈ることに憧れている。少女漫画でよく、ヒーローがヒロインに指輪やネックレスを贈るシーンがあるからだ。
それに、学校のカップルたちもペアアクセサリーを持っていることが多いように思う。だから、姉さんのセンスも借りて素敵なアクセサリーが贈れたらなと思っている。
「あんたまさか、指輪とかネックレスとか考えてるんじゃないでしょうね?」
姉さんの発言に、僕は目を丸くさせた。我が姉なだけあって、非常に鋭い。
「やっぱり図星ね。ちーくんは少女漫画趣味が過ぎるのよ。そういうのは、サプライズとかじゃなくて記念日とかによっちゃんと一緒に買いに来なさいよ。アクセサリーって気に入らなかったら本当に地獄だからね。」
「えっ。そうなの?」
僕は、シンプルなデザインのものにすれば大丈夫かと思っていた。
「そうよ。同じように見えるデザインでも、大きさがちょっと違うだけで合う合わないとかあるし。だから本人と一緒に来ないと、喜んでもらうものは中々買えないのよ。」
「そうなんだ……。」
知らなかった。アクセサリーなら、なんでも喜んでもらえると思っていた。
「というわけで、今日は違うものにしましょう。これから使うものがいいんじゃないかな。とりあえず、雑貨屋さんに行こうか。」
「うん……。」
僕は分かりやすく、肩を落とした。なぜなら、「彼女に贈るアクセサリー特集」とかのサイトをよく見て、どれがいいかすでに選んでいたからだ。
「もう、そんなに落ち込まなくてもいいの。というか、アクセサリーを贈る意味がより特別になったって思えばいいじゃない。」
「より特別に?」
「そうよ。2人で考えて買う方が特別でしょ。結婚指輪だって、ああいうのは2人で考えて決めて、何度も購入するものじゃないから特別なんでしょ。自分好みのアクセサリーはいつでも買えるんだしさ。ちーくんとよっちゃんがこれからもずっと一緒にいるのであれば、何度でもアクセサリーを贈る機会はあるし。その日のためにとっといてもいいんじゃない?」
姉さんのこういう考え方は好きだ。なんでもないようなことでも、特別な意味があるように、価値を見つけてくれる。
「……確かに、そうだね。蓬さんが喜んでくれるものを贈るのが大事だしね。」
「そうそう。この季節なら、なにが喜ばれるかしらね。私なら入浴剤とかが嬉しいけどなあ。」
「姉さんは実用的すぎるよ。」
僕と姉さんはとりあえず、Francfrancに行った。お店は女の子っぽい良い匂いが立ち込めていて、可愛い女の子たちが商品を選んでいる。
そういえば蓬さんもこんな感じの香りを漂わせるときがある。僕の中では「ザ☆女の子」という印象だ。
「Francfrancなら良いの見つかるんじゃないかなあ。女の子ももらって嬉しいものばかりだし。」
「可愛い小物ばかりだね。」
「そうなのよ。私も何か買おうかな。」
「買ってもいいけど、まずは蓬さんのだからね。」
「分かってるわよ。」
恩田姉弟はあーでもない、こーでもないと言いながら、蓬さんの誕生日プレゼントを選んだ。姉さんからたくさんアドバイスをもらいながら、最終的に「これだ」と思うものを買うことができた。
姉さんには買い物に付き合ってもらったお礼に、スターバックスでお茶を御馳走した。姉さんとは元々仲は良い方だとは思うけれど、蓬さんのおかげで「僕の彼女のための買い物」をさせてもらっている。
なんてありがたいことだろう。蓬さんには、色んな人との縁をつないでもらってばかりだ。
そんな蓬さんの誕生日だから、最高の笑顔になってもらえるように。いつもの感謝の気持ちを込めて、蓬さんにプレゼントできたらいいなと思うのだ。
蓬さんの誕生日当日、僕は朝早くに姉さんから起こされた。普通に学校の日だから少しでも長く寝ていたいのに、髪の毛をブローされてきっちりとスタイリングもされた。
「は、恥ずかしいよ。こんな頭で学校に行くの!」
鏡を見ながら、姉さんにやり直しを求めるけれど、姉さんは自慢げにふんぞり返っている。
「なに言ってんの。放課後デートに行くんでしょ。しかも、よっちゃんの誕生日なんでしょ。これくらいおしゃれしていきなさい。それに、これくらいだったら学校でも目立たないから大丈夫。」
「嘘だよ。絶対にみんなから“似合ってない”っていう視線を浴びるんだ。」
「意外とみんなそこまで、人の髪型とか気にしてないから。それに髪の毛切ったわけじゃないし、“なんか違うけどどこが違うんだろ?”くらいにしか思わないって!ねえ、お母さん!ちーくんかっこいいよね?」
こういうとき、姉さんってなんてずるいんだろうって思う。畳みかけるように自分の味方に援護射撃を打ってもらうのが得意だ。
「なあに?あら、ちーくんお姉ちゃんにやってもらったの?いつもより素敵じゃない。そんなことより早くしないと遅刻するわよ。」
朝から洗面台で騒ぐ姉弟のもとにやってきた母は、ニコニコと“そんなこと”と言い放った。母さんにそう言われると、僕はもう反論する術もない。
なぜならこれ以上騒いで駄々をこねると、母の怒りが爆発するからだ。
「ほら、自信もって。よっちゃんにだけカッコイイって思われればいいんだからさ!」
姉さんはバシッと僕の背中を叩く。
蓬さん、カッコイイって思ってくれるだろうか。
そんな思いを抱えながら玄関を開けると、そこには頬を赤く染めた蓬さんが立っていた。チェックの赤いチェックのマフラーに顔をうずめながら、こちらを見る。
「……おはよ。」
「蓬さん、おはよう。」
いつも可愛い蓬さんだけれど、今日の蓬さんはいつもより可愛いと思う。巻き髪はハーフアップにされて三つ編みがあしらわれている。
お化粧だっていつものようなギャルさがありつつも、柔らかな雰囲気があってキラキラしている感じがする。
「……蓬さん、今日はまた一段と可愛いね。」
僕は思わず、ぽろりとその言葉が出た。
僕のためにこんなに可愛くしてくれているのかと思うと、感動さえ覚える。蓬さんを好きになることに際限がなさすぎて、自分でも怖いほどだ。
朝から早起きさせられて姉さんにセットされたけど、蓬さんの姿を見て感謝した。蓬さんに見合うとは思っていないけれど、少しでも小ぎれいにすることが、僕のためにオシャレをしてくれる蓬さんへのマナーだと感じた。
「……ありがと。千尋も、似合ってるよ。自分でしたの?」
蓬さんはすぐに、僕の髪型に気付いてくれた。
「いや、恥ずかしながら姉さんにやってもらったよ。」
「ああ、やっぱり。そんな感じだもん。千尋も自分でできるようになるといいね。」
にっこり笑った彼女の笑顔が眩しい。
その日は一日中そわそわして仕方なかった。蓬さんは同じグループの友達に「お誕生日おめでとう」って祝われており、色んな人からちょっとしたお菓子をもらったり、おしゃれしていることを褒めてもらったりしていた。
そのたびに嬉しそうに楽しそうにしている顔がチラついた。
僕も、蓬さんをあんな風に笑顔にできるだろうか。
蓬さんが行きたいと言っていたお店は、念のために予約をしておいた。イルミネーションを見るコースだって考えてある。
あとはそれを実行するだけだけれど、誕生日デートなんてやったことないから上手くいくかは分からない。
そんなことを考えているうちに、あっという間に放課後になった。心臓が破裂しそうなくらい、大きく膨らんだり縮んだりを繰り返しているような気がする。
「蓬さん、行こうか。」
「うん。」
蓬さんは誰から見ても可愛い。校内で一緒に歩いていても、上級生や下級生から「2年の山崎蓬だ」っていう視線を送られている。
それは校内に限ったことじゃないんだって、改めて知った。
2人で電車に乗ると、学校帰りの他の学校の生徒も蓬さんを見るし、会社帰りのサラリーマンらしき人たちも蓬さんを一瞬見る。
……なんか、“あれがあの子の彼氏なの?”とかって思われてるんだろうなあ。
電車に揺られて30分くらいで、目的の駅へと着いた。駅前はすでに、イルミネーション一色となっている。
「うわあ。綺麗。」
金色や青色に光る電飾以上に、蓬さんは目を輝かせる。
「少し歩いて見て回ろうか。」
「うん。」
僕は自然と蓬さんに手を差し出した。すると、蓬さんもそれを自然と握ってくれる。
……なんかこれ、少女漫画っぽいぞ。
温かい蓬さんの手をしっかりと握って歩く。いつも手を繋いで歩くなんて滅多にしないから、どきどきと心臓の音が鳴りやまない。
完全に手汗をかいてしまっているけれど、気持ち悪いって思われてないだろうか。
「ちょっと写真撮ってもいい?」
「いいよ。」
イルミネーションを前にはしゃぐ蓬さんに、ついつい見とれてしまう。月並みだけど、「君の方が綺麗だよ」っていう気持ちだ。
「千尋も一緒に入って。」
「えっ。ツーショットで撮るの?!」
「当たり前でしょ!ほら、早く。」
イルミネーションをバックに、スマホのカメラに収まる。
「もっと近寄ってよ。」
蓬さんにぐいっと引き寄せられる。その距離はなんと、ほっぺたがくっつきそうなほどだ。
「はい、チーズ。」
インカメラで見える自分の顔は、なんだか写真を撮り慣れてない人そのもので、非常に恥ずかしい。
「うん、いい感じ。」
しかし、蓬さんは満足そうだ。蓬さんのこんな顔が見れるなら、例え僕の顔が少々残念なことになっていても、いいかな。
「そろそろご飯食べに行く?蓬さんが行きたいって言っていたところのお店、予約してるんだ。」
「えっ。予約までしてくれたの?」
「うん。入れなかったら残念だし。そろそろ予約してた時間になるから行こう。」
そっとまた温かい蓬さんの手を握る。
そこで僕は、はたと思った。
……あれ。なんか、今日ずっと、蓬さんの手が熱いな。冷え性だから、手を繋いだときは冷たいなって感じるのに。
よく蓬さんの顔を見ると、心なしか頬が染まっていて目も潤んでいる気がする。……ひょっとして、熱があるんじゃないだろうか。
「ねえ蓬さん。ちょっと止まって。」
「なあに?」
僕は足を止めて、じっと蓬さんの顔を見つめる。
「……。」
「え、何よ。私の顔に何かついてるの?!」
無言で顔を見つめる僕に、蓬さんはさらに顔を赤くする。
僕はそっと、蓬さんの額に手を這わせた。
「えっ?!」
驚く蓬さんをよそに、僕の手のひらはじんわりと温かみを感じる。いや、温かいどころじゃない。熱い。
「蓬さん。今日はもう帰ろう。」
「……。」
「帰るよ。」
「……嫌よ。」
「駄目。」
「嫌だ。」
「駄目だよ。こんなに熱があるじゃないか。」
「大丈夫だもん。それより、お腹空いてるでしょ?早くピザ屋さんに行こうよ。」
「蓬さん。」
僕はこれまでに蓬さんに向けたことのない低い声を出した。
「だって……。だって、せっかく千尋が予約までしてくれたのに……。」
「そんなことより、蓬さんの体調の方が大事だよ。」
「嫌よ!だって楽しみにしてたんだもん。おしゃれだって頑張って。だって、ずっと好きだった千尋に初めてお祝いしてもらえるんだもん。だから、それより大事なことってないもん。ただの風邪だから大丈夫だもん。」
「大丈夫じゃない。だってこんなに熱いじゃないか。」
「嫌!お店に行くの!」
「蓬さん!」
握っている蓬さんの腕を引いて、彼女の小さな体を僕の腕の中に閉じ込めた。
「誕生日のお祝いなら、来年だって再来年だって……。ずっと、これからずっとお祝いし続けるから。だから今日はもう帰ろう。これ以上体調が悪化して大変なことになったら、僕は後悔してもしきれないよ。お願いだから、帰ろう。」
ほら、こんなに熱があるじゃないか。考えたら、朝からなんだか蓬さんの頬が赤かった。寒いからかなと思っていたけれど、体調が悪かったからだったんだ。
「……ぐすっ。千尋とピザ食べたいよ……。」
「また今度、デートでくればいい。なんなら、クリスマスでもいいじゃない。」
「……ケーキだって食べたい。」
「体調悪いときに食べても、きっと美味しくないよ。元気になったら、またアフタヌーンパーティーしよう。」
「……おめでとうって言われながらキスしたい。」
僕はそっと腕の力を緩めて、蓬さんの頬を撫でながら、彼女の顔を見つめる。涙が光彩に反射して、世界のどの宝石よりも煌めいて見える。
「蓬さん。お誕生日おめでとう。こんな僕にお誕生日をお祝いさせてくれて、ありがとう。大好きだよ。」
そう言って、蓬さんの額に口づけをする。
「……口じゃないのね。」
「だって人が大勢いるから。」
「……ぐすっ。分かった。帰る。」
「ありがとう。」
鼻をすすってすっかり大人しくなった蓬さんを連れて、帰りの電車へと乗る。
僕は「着くまで寝てていいよ。」と言って、蓬さんに肩を貸した。「ありがとう。」と彼女は素直にもたれかかってきたので、だいぶしんどかったのだろう。
眠る彼女の手を握ると、綺麗にネイルが施されていることに気付く。ああ、「その爪可愛いね」って言ってあげたかったな。
地元の駅に着くと僕は、姉さんに電話をかけて車で迎えに来てもらった。そして、蓬さんを自宅まで送り届けた。
「千尋くん、悪かったわね。迷惑かけたね。ありがとう。」
出迎えてくれたのは、蓬さんのお母さんだった。蓬さんによく似て、美人な人だ。
「いえ。僕がついていたのに、早く気づいてあげられなくてすみません。」
「いいのよ。この子が馬鹿なんだから。今日のことすっごく楽しみにしていたみたいで、昨晩遅くまで準備してたみたいなの。風邪ひくから早く寝なさいって言っても聞きやしなかったんだから。」
「そうだったんですか……。」
僕のためにおしゃれして、可愛くして。健気でなんて可愛い彼女なんだろうと思った。だけど、蓬さんが元気でいてくれれば僕はなんだっていいのに。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。蓬さんにお大事にと。」
「うん。ありがとうね。助かったわ。ほら蓬、千尋くん帰るわよ。」
玄関の靴箱にもたれかかってうずくまっている蓬さんは、「う~ん。」だとか声にならない声を発している。
「あの、無理させなくて大丈夫ですから。また明日、お見舞いにきます。」
「そうね。どうせこの状態じゃ覚えてもないだろうし。お見舞い、来てやってね。今日は本当にありがとうね。」
「はい。お邪魔しました。」
蓬さんの家を後にして、自分の家に入ると、「ふーっ。」っと大きな息を吐いた。
……無事に家まで届けられてよかった。蓬さんの体調の悪さに気付いてからは、心配でたまらなくて、生きた心地がしなかった。
「千尋、おかえり。よっちゃんは大丈夫だったの?」
姉さんから状況を聞いたらしい母さんが、玄関へと出迎えに来てくれた。
「熱がちょっと高そうだったけれど、自分で歩くことはできていたから、多分大丈夫だと思う。」
「そう。それならよかった。ご飯は食べたの?」
「食べてない。」
「食べる?」
「うん。」
家に帰ってきて安心したら、どっとお腹が空いてきた。
次の日、僕は学校帰りに蓬さんのところへとお見舞いに行った。誕生日プレゼントも渡せないままだったから、それを渡すのを口実に、顔を見たいと思ったのだ。
「ごめんね、千尋。」
ベッドに腰をかけている蓬さんはパジャマ姿で、眉毛をハの字にしている。すっぴんで髪の毛だって巻いていないけど、僕の彼女は世界一可愛い。
「何言ってるの。僕の方こそ、早めに気づいてあげられなくてごめんね。」
「違うの。私がどうしても行きたかったから、ワガママしちゃった。結局、迷惑かけちゃうことになったけど。」
「そんなことないよ。だって、僕のためにおしゃれしてくれてたんでしょ?ネイルだって。」
僕は蓬さんの手をとって、ストーンやラメで可愛く彩られたネイルをまじまじと見つめた。
「可愛い。」
「……ありがと。でも今日はすっぴんだから、なんだか恥ずかしい。」
「すっぴんの方が可愛いのになあ。」
前髪で顔を隠そうとする仕草さえ愛おしい。
「そうだ。昨日渡せなかったから、持ってきたよ。一日遅れだけど誕生日おめでとう。」
僕は鞄からラッピングされた袋を取り出して、蓬さんに渡す。
「えっ。嬉しい!ありがとう!!!開けてもいい?」
「どうぞ。」
蓬さんは目を輝かせながら、包みを広げていく。喜んでくれると嬉しいけどなあ。
「えっ。可愛い!!!」
中から出てきたのは、メイクボックスだ。お化粧品も入れられるけれど、アクセサリーも入れられる仕様になっている。
「しかもこれ、Francfranc!嬉しい!!!ありがとう!!!」
「蓬さん、いつも可愛いアクセサリーとかつけてるし、持ってるだろうけどあっても困らないかなと思って。」
「うん。新しいのを買おうかどうか迷ってたの。ありがとう。大切に使うね。」
「うん。」
蓬さんはとても喜んでくれた。どれにしようか迷ったけれど、蓬さんが使いそうなものを選んでよかった。
「これからずっと、お祝いしてくれるのよね?」
「うん?」
「千尋、言ってくれたじゃない。来年も再来年も、これからずっと私の誕生日をお祝いしてくれるって。それって、ずっと一緒に居たいと思ってくれてるって、思っていいのよね?」
「当たり前じゃない。未来はどうなるか分からないけれど、蓬さんとずっと一緒に居られる努力をしていきたいって思ってるよ。」
未来なんて誰にも分からない。だけど、今の自分の気持ちだけははっきりとわかる。できることならば、願ってもいいのならば、蓬さんの隣にずっと立っていられる人でありたいと思う。
「……ありがとう。私も、ずっと千尋と一緒に居たい。」
「うん。」
ゆっくりと蓬さんに顔を近づけて、おでことおでこを合わせる。そうすると、お互いの鼻先が触れ合って、少しだけくすぐったい。
「ふふ。もう、熱くないね。」
「もう熱は下がったもん。」
そして、どちらからともなく、僕たちは唇を寄せ合った。
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