おまけ②

 「おやすみ」と言って千尋の電話を切ると、なんだか心がほっこりしたような温かいベールに包まれた。千尋が友達のことで悩む日がくるなんて。


 小学生の頃も中学生の頃も、千尋は教室の隅で本を読んでいるような男の子だった。本人も別に独りぼっちでいることを気にしていないようだったけれど、私はどこか心配な気持ちがあった。


 友達が居ないから悪いわけじゃないけれど、友達が居るからこそえられることも学べることもたくさんある。


 大好きな千尋だからこそ、そういう心の成長をさせてくれる人と出会っていってほしいなとずっと思っていたのだ。


 自分が千尋にとってそういう存在になりたいと思っていた頃もあったけれど、思春期の私にはそれをすることができなかった。


「一臣には感謝だな。」


 私はそんなことをつぶやきながら、その夜は気持ちよく眠りに就いた。






 次の日の昼休み、千尋は一臣に呼び出しを受けているのを見かけた。


 珍しいな。2人で話すとしても、千尋の昼休みの定位置のベランダで話していることが多いのに。ということはきっと、特別な話をするのだろう。


 昨日、一臣から悩みを打ち明けてもらえずに悩んでいたから、その話をするのかもしれない。察するに、ぽろっとこぼしちゃった吉永さんが、千尋に話をしてしまったことを一臣に謝ったのだろう。


 しばらくすると、千尋は表情を明るくさせて教室に戻ってきた。


 よかった。きっと、一臣とちゃんと話ができたんだね。私もつい、顔を綻ばせてしまう。


「なに、蓬。自分の彼氏みてにやけてんの?」


 すると、鋭い百合子に見つかって、指摘された。


「え!なんでわかるの!」

「あんた、恩田を見るときの顔が分かりやすいもん。どんだけ好きなんだよって感じ。でも、良い男捕まえたよね。ああいうやつって、蓬次第でいい男になると思うよ。」

「そう?」

「だって恩田ってめっちゃ純粋そうじゃん。理性的そうだし。本読んでるから、想像力も高いんじゃない?そういう人の方がいいよ。」

「そうかな……。」

「そうよ。想像力の足りない男はほんと、どんだけすごいことしててもつまんないからね。それよりも、絶対に地道に頑張ってる人の方がいいよ。」

「ありがとう。」

「ま、もし恩田がつまんない男に成り下がったら、そのときは捨ててあげればいいじゃん。」

「千尋はものじゃないもん。」


 百合子は超ド級の美人で、学校でも3本指に入るって言われている。だけど、百合子はなぜか、誰とも付き合っていない。私が思うに、百合子は好きな人が居るんだと思う。


 私にも教えてはくれないけれど、いつか上手くいったら教えてくれるんじゃないかと思っている。そのときまで私は待つつもりだ。






 オレンジ色の太陽は傾き、金色の光が校舎へと差し込む。随分と陽が短くなってきたなあと感じた。


 今日は千尋と一緒に帰る日だから、職員室の前で千尋のことを待っている。千尋はいつも、数学の先生に別課題をもらっていて、それの提出に行っているのだ。


 学校の通常の課題とは別にまた課題をもらってるんだから、千尋はすごいなあといつも感心している。


 職員室前の廊下で窓に背をもたれて、手持無沙汰に髪の毛をいじっていると、見知った顔が職員室から出てきた。


「あれ。一臣じゃん。今帰り?」

「ああ。千尋待ってんの?」

「うん。一臣は呼び出し?」

「髪の色、どうにかしろってさ。」

「ああ、まあ。明るいもんね。似合ってるけど。」


 一臣の髪の毛の色が陽に透けて、金色に輝く。どっかの国の王子様の生まれ変わりなんじゃないかってくらい、美男子がそこにいる。


「そもそも俺、真っ黒じゃないからなあ。来年は受験なんだから染めるのそろそろやめろって。」

「それがいいよ。進路考えなきゃ。」

「蓬だって染めてんだろ。」

「私もちゃんとするもん。」


 2年生の2学期になってから、進路のことを言われるようになってきた。それもそうだ。あと数ヶ月もすれば、受験生なんだから。


「そういえばさ、千尋から聞いた?」

「なにを?」

「……俺と吉永さんのこと。」


 一臣が言っているのは恐らく、昨日と今日の出来事だろう。


「千尋の悩みは聞いたけど、詳しいことは聞いてないよ。千尋、そういうところちゃんとしてるから。」


 千尋は勝手に人のことを他人に言うような人じゃない。


「そっか。んー。フェアじゃないから蓬には言っとくか。」

「なにを?」


 すると一臣は、今までに見たことのないくらいの満面の笑みを浮かべた。


「蓬に宣戦布告。今日、千尋に言ってもらった言葉で、俺、覚醒しちゃったよ。全力でお前たちカップルをぶっこわして奪いにいくから。もう、友達の顔してヘラヘラすんの、やめにするから。覚悟しとけよ。」

「は……?」


 どういう意味か聞き返そうとしたとき、職員室から千尋が出てきた。


「お。千尋。」


 一臣はさっと、千尋の方に体全体を向ける。そして、千尋の肩に腕を回す。


「あれ。一臣くんも一緒だったの?」

「たまたまな。玄関まで一緒行こうぜ。」

「うん、いいよ。」


 千尋はそっと、私に目配せをしてくれるので、そんな2人の背中を追って私も廊下を歩く。私の目の前では、他愛のない話を千尋と一臣がしている。


 ……一臣のさっきの話は、どういう意味だったんだろう……。


 私はまるで、蜂の巣をつついたように、ざわざわと騒ぎ立てられた。



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