おまけ①

 明日はホワイトデーで、千尋とチョコレート交換をする。本来であれば2人きりで過ごすはずだったけれど、ひょんなことから吉永さんと吉瀬、一臣も一緒に過ごすことになった。


 チョコレート交換だけは2人だけでやろうということで、私は今、そのための準備をしている。


「よし、やるか。」


 台所で一人、腕まくりをする。


「なに、姉ちゃん。また何かすんの。」


 すると、棗がまた邪魔しにやってきた。こいつはいつも、私がなにかしようとすると、邪魔をしてくるな。


「いいでしょ、あんたには関係ない。」

「見たところによると、バナナチョコクレープですな。俺の分もよろしくね。」

「なんであんたの分まで作らなきゃいけないのよ。彼女にでも作ってもらいなさいよ。」


 私からするとクソガキの棗だけど、一応学校ではモテているらしい。こんなやつのどこがいいんだろうか。


「てことは、千尋くんのためか。ってか明日はホワイトデーだから、千尋くんからもらう日じゃないの?」

「そんなの、私たちカップルの勝手でしょ。あんたこそ、彼女へのお返しちゃんと準備したの?」

「先週別れたからあげなくていいもーん。」

「お前、まじで薄情だな。バレンタインデーもらいっぱなしかよ。」

「へへへ。」


 まじでクソだ。コイツが来年受験生かと思うと、無事に高校生になれるのかと姉としては心配でたまらない。


「じゃ、俺の分、よろしくねー。」


 棗はそう言いながら、ブラックモンブランを片手に台所を出て行った。アイツまじでくそだ。


「さて、気を取り直して始めよう。」


 先に生クリームを泡だて器でつのが立つまで泡立てていく。電動の方が早いのは分かっているけれど、手動でした方がつのの立ち具合が長持ちするから必死で泡立てる。


 泡立てという名の筋トレが終わったら、クレープ生地を作っていく。この辺は実は簡単なんだよね。クレープの問題は焼き加減なのだ。


 前回作ったときも何度か失敗した。それに、前回よりも美味しいものを作りたい。だってどうせなら千尋に喜んでもらいたいし。


 温めて濡れ布巾で冷やしたフライパンに、生地を薄く流しいれていく。よし、なんだか順調かもしれない。


 千尋と付き合うようになってから、なんとなく料理の手伝いをするようになった。なんでかっていうと、千尋が色々とお菓子とかを作るのが好きだからだ。


 だってどうせなら、一緒に台所に立ちたい。


「おお。美味しそうな匂いだね。」


 次に台所にやってきたのは、お父さんだった。


「後でお父さんにもあげるからね。」

「ありがとう。」


 甘党のお父さんは、スイーツが大好きだ。そしてみんなに意外と言われるけれど、うちのお父さんはとても温厚すぎるくらい優しい普通のサラリーマンだ。


 お父さんに叱られた記憶はあるけれど、でもどれも優しく言い諭すように叱られたことしかない。


 うちでガチギレするのはお母さんだ。私は完全にお母さん似だと思う。二人の馴れ初めは、お父さんがお母さんの高校に教育実習に行ったことだと聞いたことがある。


 なんでもお母さんがお父さんに猛アプローチをしたとか。そういうところも、私に似ているなあと思う。


「よっちゃんはいいお嫁さんになるだろうなあ。」

「何年先の話をしてるのよ。」


 お父さんがあんまりにもしみじみと言っているところに、後ろからお母さんからのツッコミが入った。お母さんも台所にやってきたらしい。そしてお父さんと同じように、どれどれと私の手元を覗き込んでくる。


「まあ、上出来かな。」

「なんでお母さんが判定するのよ。」

「料理の先輩だからー。」


 両親とそんな話をしながら、クレープ生地を焼いていく。途中でお父さんが焼いてみたいと言ったから、1枚だけ焼かせてあげた。


 お父さんが焼いたクレープは見事に分厚くて「難しいんだなー。」なんて零していた。お父さんとお母さんはダイニングでお茶をしながら、私の様子を見守ってくれていた。


「そんなカラフルなものを入れるの?」


 クレープをトッピングしていると、お父さんが珍しそうに言った。私が準備していたクレープのトッピングは、カラースプレーとブラックサンダーとオレオだ。


「入れると美味しいし見栄えも可愛いでしょ。」

「今どきの子は発想が豊かだなあ。」

「お父さんは発想が昭和だからね。」


「昭和だっていい時代だったんだぞー。」と言っているお父さんに愛想笑いを返しながら、私はトッピングを進めていく。


 千尋にあげる3つは上出来だ。お父さんにあげるやつと、念のための棗の分も問題なく完成した。


 今回は前回よりも上手にできたと思う。


「さ、お父さん食べてみて。」

「なんだよ。お父さんは毒見なの。」

「世界で最初にお父さんが食べるのよ。」


 そう言うとお父さんも悪い気はしないらしい。頬を緩ませてクレープにかぶりついてくれた。お父さんにあげたのは自信作、ブラックサンダーバージョンだ。


「うん!美味しい!」

「よかった!」

「千尋くんも喜んでくれるといいねえ。」


 お母さんがそう言うと、お父さんは一気に切ない顔をした。


「よっちゃん。まだお嫁に行かないでね。」

「何年先の話をしてるのよ。」


 お母さんがまたそう突っ込むと、我が家のリビングは笑い声に包まれた。明日、千尋ともこうやって笑いながらチョコレートの交換ができたらいいな。


 喜んでくれるといいな。



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