第11話 ホワイトデーと男子高校生
第11話 ホワイトデーと男子高校生
バレンタインデーを修学旅行中に迎えてしまうということもあって、僕と蓬さんはホワイトデーに特別なことをしようと決めていた。
特別なことといっても、2人だけのティーパーティーをしようということだけれど。夏休みにもティーパーティーはしたけれど、今度はチョコレートのティーパーティーだ。
どんなチョコレートを準備するのかは当日までのお互いのお楽しみということで、僕は色々なお店のチョコレートを調べているところだ。
「恩田くん。ちょっと真剣な相談があるんだけれど。」
ある日の放課後、バイトまでの時間つぶしに蓬さんと一緒に教室で過ごしていると、並々ならぬ表情で、吉永さんが僕たちのところへとやってきた。
今日は一臣くんと一緒じゃなかったんだね。
「あ、じゃあ私、席を外そうか?」
蓬さんが座っていた椅子から腰をあげようとすると、吉永さんはすっと手を差し出して、それを制した。
「……山崎さんにも居て欲しいの。」
切羽詰まったような吉永さんの表情に僕も蓬さんもどんな話をされるのかと、ぐっと息を飲んだ。
ホワイトデー当日、僕と蓬さんは約束通りに僕の家でティーパーティーを開いた。しかし、約束通りじゃなかったことが1つだけある。
それは、吉永さんと吉瀬くん、そして一臣くんまでもがそのティーパーティーに参加していることだ。
「よっちゃんだけって聞いていたけど、随分と賑やかなティーパーティーね。」
僕と蓬さんだけであれば、リビングでも十分だったのだけれど、人数が増えたので客間を使うことになったし、準備のために姉の真知子にも手伝ってもらっている。
「姉さん、ありがとう。」
「すみません、お姉さん。」
「いえいえ。一臣くん、久しぶりね。」
一臣くんは何度もうちに遊びに来たことがあるため、姉さんと面識がある。
「まーちゃん、これってもう運んじゃっていいの?」
蓬さんは勝手知ったる家なので、かいがいしく準備を手伝ってくれている。居心地悪そうにしているのは、吉瀬くんと吉永さんだ。
それもそのはず。僕の家に来たのは初めてだし、馴染みのないメンバーでの集合だし、どうしたらいいのか分からないのは当たり前だ。
ティーセットの準備が完了して、客間のテーブルは華やかになっている。僕もテーブルコーディネートは大好きだけれど、姉さんはそれの何十段も上を行く。
本格的なテーブルコーディネートもやれる姉さんだけれど、今日は初見の2人も遊びにやってくるということもあって、みんなが気軽に楽しめるテーブルコーディネートにしてくれた。
姉さん曰く、今日のテーマは「男子たちの贈り物」だそうだ。一応、ホワイトデーとかけているということだろう。
普段はカラフルな色合いが多いけれど、今日はシンプルな組み合わせだ。テーブルフラワーも、水色のガーベラとカスミソウがメインになっている。あとは、綺麗な緑が花を引き立てるアレンジになっている。
「じゃあ、始めようか。」
ホスト役は緊張するけれど、家主の僕がやらないわけにはいかない。
「今日は美味しいものを準備したので、みんなで楽しみましょう。それじゃあ、乾杯。」
「「「「乾杯。」」」」
それぞれジュースのグラスを持って乾杯をしてから、テーブルに置かれている料理に視線を移す。今日はサンドイッチだけじゃなくて、キッシュやマリネ、スコッチエッグ、ローストチキンのおかず系を準備した。
焼きたてのパンも用意しているし、最近はまっているじゃがいもポタージュもテーブルに並べている。
もちろん、おかず系が終わったらデザートだってある。そのときは、僕のとっておきの紅茶を淹れる予定だ。
何から食べようかなとうきうきしていると、吉瀬くんがそっと恥ずかしそうに手を挙げた。
「……俺、あんまり育ちがよくないんだけどさ。どうやって食べたらいいの?テーブルマナーとかもよく分からんのだけど。」
「実は私も……。憧れのティーパーティーだけど、どうしたらいいのかさっぱり分からない。」
吉瀬くんと吉永さんの目の前にあるお皿には、ブルーのリボンで可愛くまとめられているナプキンが1ミリも動いていなかった。
「あ、そうだよね。ごめんね。僕も姉さんもテーブルコーディネートとか大好きだからさ。今日は特にマナーとかないよ。お皿に置いてあるナプキンを膝の上にかけてもらって、お皿に好きなものを好きなだけ取り分けて食べていいよ。」
厳格なテーブルマナーを求められるときもあるけれど、今日は友人同志の気兼ねないお茶会だ。喧嘩さえしなければマナーなんて気にしなくて良い。
「初めは分かんないよね。私も千尋に聞きながらやってたから、分からないところは聞けば大丈夫だよ。」
「千尋の家は、貴族かって感じだもんな。ここの客間でこそ畳だけれど、端々に上品な感じがあるもんな。」
蓬さんと一臣くんが心のフォローを入れてくれたので、吉瀬くんも吉永さんも安堵したような表情を見せてくれた。
よかった、2人が居てくれなかったら、吉瀬くんと吉永さんをちゃんとおもてなしできなかった。
その後は、学校のことで意外と話が盛り上がった。考えてみれば、共通点のない5人だけれど、「同じ学校」という最大の共通点がある。
会話はありがたいことに、一臣くんが率先して話を広げてくれた。蓬さんも色々と吉瀬くんや吉永さんに話を振ってくれた。
本来であればホスト役の僕がしなければいけないところだけど。本当に僕は、良い人たちに囲まれていると思う。
吉瀬くんと吉永さんの雰囲気を注意深く見てみるけれど、2人もそれなりに楽しんでくれていることが見て取れる。
それにしても、吉瀬くんって吉永さんのことが本当に好きなんだなあと思う。意外と積極的に吉永さんと話をしているし、僕たちとも話しつつ吉永さんのことをよく見ている。
吉永さんから相談を受けたときに聞いたけれど、2人はまだ付き合っていないらしい。実はこのいびつなティーパーティーも、吉永さんから相談を受けたことに始まる。
「吉瀬くんがどんな人なのか分からないの。」
吉永さんの申し出に、僕と蓬さんは顔を見合わせてキョトンとしてしまった。
「……実は修学旅行中に吉瀬くんに告白をされて。返事を保留にしてもらってるんだけど、さすがにもうすぐ1ヶ月になるから、返事をしようと思うんだけど。だけど、断る理由もないし断らない理由もないなって思って。」
「それって、どちらの答えを出すにも材料が足りないってこと?」
蓬さんがそう尋ねると、吉永さんは恥ずかしそうに頷いた。
真面目な吉永さんのことだから、吉瀬くんという人のことをちゃんと考えたんだろう。こいうのは、「好き」か「そうじゃない」かでシンプルに答えを出すのが理想だけれども、吉永さんの中で色んな可能性を捨てきれないのかもしれない。
もし、他のクラスの男の子だったらまだ違ったのかもしれない。よく知らなければ「ごめんなさい」と言えたのかもしれない。
でも、同じクラスだからこそ余計にその返事は慎重になるし、これから知っていく機会もあるから、なんと答えたらいいのか迷っているのだろう。
「じゃあ、友達から始めてみるっていうのは?」
そこで蓬さんが提案したのが、それだった。僕もちょうど考えていたところだった。まだ答えが出ないのであれば、吉瀬くんいとっては多少酷かもしれないけれど、友達からという選択肢もありうると思う。
「やっぱりそう……なるよね。」
その選択肢は、吉永さんの頭の中にもあったらしい。
「それって、変な期待を持たせることにならないのかな?」
「うーん。そうねえ。こればかりはやってみないと分からないから、友達からやってみて、“はい、ダメでしたー”ってこともあるとは思うけれども……。でも一応、前向きには考えなくちゃいけないだろうね。」
「そうだよね……。」
“うーん”と唸り声をあげる女子2人組。
蓬さんと吉永さんがこんな風に話しているのを、初めて見るかもしれない。
「じゃあ、その友達から始められるかどうかの機会を持つっていうのは?」
腕を組む2人に、僕はその言葉を投げかけた。何かの答えを出す前に、ここで悩んだって仕方がないと思う。
結局は吉永さんが吉瀬くんのことを知らないと、本当に良い答えを出すことはできない。だから、吉瀬くんを知る機会ができればいいんじゃないかと思う。
そのうえで、「友達から始める」という選択肢をとれるのかどうか、決めたらいいんじゃないかと思ったのだ。
「それ、いいかもしれない。吉瀬のことを知る機会を設けたうえで、決めるってことでしょ?」
「そうそう。」
「え!でもそれって、デートに行くってこと……?」
吉永さんが一瞬顔をこわばらせる。確かに付き合っているわけではない段階で、2人でどこかに行くというのは、吉永さんから吉瀬くんを誘うには少しハードルが高いかもしれない。
「本当はグループデート的なことの方がいいよね。友達と一緒にどこかに行く的な。」
蓬さんの言う通り、友達と遊びに行くという中に2人が居るということの方が自然だ。それだったら吉瀬くんも吉永さんも変に緊張せずに、お互いのことを知れると思う。
僕もうんうんと考えていると、蓬さんがちらちらとこちらを凝視した。
可愛いなあ。……じゃ、なくて。なにか言いたいことがあるらしい。
「なに?蓬さん。」
そう言うと、蓬さんは僕に耳打ちをしてきた。
「……ホワイトデーのティーパーティー、吉永さんと吉瀬も誘うっていうのはどうかな?」
約束していた2人だけのティーパーティー。なんとそこに2人を誘うというのだ。
もちろん、蓬さんの提案は理解できる。吉永さんと吉瀬くんはきっと、友達付き合いから始めた方がいい。しかも、その友達の輪っていうのは、事情を知っている僕たちが良いということなんだろう。
「蓬さんはいいの?」
僕も蓬さんに耳打ちをする。バレンタインデーができなかったからということで、ホワイトデーをティーパーティーにすることにした。
だから、僕にとっては蓬さんの気持ちの方が大事だ。
「……私は、ここで吉永さんが相談してきてくれていることを、見過ごすことはできない。でも、千尋のことが一番大事だから。」
なんだ。僕たちの気持ちは一緒じゃないか。別の機会を設けるにしてもきっと、僕と蓬さんは気になって仕方なくなってしまうだろう。それだったら、一肌脱いだ方が、幾分か心が楽かもしれない。
「僕は蓬さんが良ければ、2人を誘って構わないよ。もちろん、終わった後には2人だけの時間をとろうね。」
2人だけのチョコレート交換。これは絶対にやりたい。
「ありがとう。」
僕と蓬さんだけでひそひそ話をしていると、吉永さんは「どうしたんだろう……?」という目でこちらを見ている。
僕たちの話がまとまると、蓬さんは咳払いをして吉永さんに言った。
「……吉永さんは、ホワイトデーの予定は空いてる?」
「え……。まあ、空いてる、けど。」
「実は千尋の家でティーパーティーをするの。そこに、吉永さんと吉瀬くんも参加してくれたらどうかな?」
「ええっ。」
吉永さんはひどく驚いた。
「い、いやいや。だってそれ、山崎さんと恩田くんのデートなんでしょ?それにお邪魔するわけには……!」
「いや、いいのよ。おせっかいかもしれないけれど……。もし吉永さんさえよければ、私たちがそうしたいの。ね?千尋。」
蓬さんはちらりと僕を見上げて、同意を求めてきた。
「うん。」
だから僕は、そう返事をする。
「でも……。」
まだ躊躇する吉永さん。
「大丈夫だよ、僕たちなら。いつだってデートはできるし。それに、ホワイトデーっていう名目でパーティーする方が、吉瀬くんも誘いやすいと思うんだ。だから、気にしないで。」
「そうそう。その代わり、一緒に時間を過ごしてちゃんと答えを出すのが吉永さんの責任ね。友達から始めるのか、それともそれさえ一切なしなのか。そしたら、吉永さんも吉瀬くんもスタートできるんじゃない?」
「恩田くん……。山崎さん……。」
吉永さんは申し訳なさそうな、だけど嬉しそうな表情をした。
「……じゃあ、今回は2人にお世話になります。」
「じゃあ吉瀬くんは僕が誘うね。」
「え、でもそれは……!」
「吉永さんから誘われたら、吉瀬くんはテストされている気分になるでしょ。」
「そっか。それも……そうね。なにからなにまで、2人ともありがとう。」
そういう経緯で、このホワイトデーティーパーティーが開かれることになった。一臣くんまで参加したのは、吉永さんが一臣くんにこのことを話したらしく、「だったら俺も居た方が吉瀬はいいんじゃない?」ってことになって、こんなちぐはぐなメンバーになってしまった。
それでも終始、なごやかな雰囲気で会は進んだ。吉瀬くんがサッカーを始めた理由も聞けたし、みんなの家族構成なんかの話もした。それから、学校の成績や進路のこと。
僕たちの学校は2年から3年は持ちあがりだから、来年の受験に向けてどんなことをしているのかの話もした。
「そういえば恩田と山崎って、なんで付き合うことになったの?」
デザートのケーキであるザッハトルテと、僕のおすすめの紅茶、ウバを嗜んでいるときだった。吉瀬くんから突拍子もないような質問が投げかけられた。
僕は「へ……?」と間抜けな声を出しながら、口に運ぼうとしていたザッハトルテをお皿の上に落とす。
「ごめん、急に。本当は修学旅行で聞きたかったんだけど、なんか下ネタばかりだったからさ。そんなところで聞く話でもないし、このメンバーだったらいいかなと思ったんだけど。2人が答えたくなかったら、いいんだけどさ。」
吉瀬くんは少し恥ずかしかったのか、照れくさそうに鼻の頭をかきながら、そう言った。
「あ、ううん。ただ驚いただけだから。なんで付き合うことになったかあ。」
事実だけを振り返ると、蓬さんが告白をしてきてくれたからだけれど、僕の気持ち的にはそうじゃない部分が圧倒的に大きい。
なんて答えようかと腕組をして考えていると。
「私から告白したのよ。ずっと好きだったから。」
横から蓬さんがそう答えた。あまりに堂々とした声だったので、僕は大きく目を見開いた。
蓬さんのあまりにも凛とした答えに、他の3人もあっけにとられた表情をしている。
「千尋は多分……。付き合いだしてから私のことを好きになってくれた感じよね?」
彼女がそう僕にバトンを渡してきたので、咳払いをした。言葉にするとそうだけど、真実はそうかと言うと、そうでもない気がする。人の心ってそれだけ複雑なのだ。
「……付き合う前は、やたら絡んでくるのが謎だったし、幼馴染ではあるけれど小さい頃とはお互いに違っていたしで、どう接したらいいのか分からなかったけど。蓬さんが気持ちを伝えてくれたときに、なんか自分の気持ちが整理されたというか。“蓬さんだから告白されて嬉しかったんだな”って素直に思えたんだ。だから蓬さんが告白してくれたから好きって気持ちを自覚できたっていうのが正しいかもしれない。」
だから吉瀬くんの「なんで付き合い始めたの?」という質問に対しての答えは、至ってシンプルだ。好きだから付き合い始めた。それ以外に答えはない。
「なるほどなあ。」
吉瀬くんは何かを考えるような声を出しながら、ザッハトルテを一口サイズに切り分けて、口へと運んだ。
吉永さんは吉瀬くんを一瞥すると、彼女もザッハトルテにフォークをつけた。
一臣くんは静かに紅茶をすすった。
「そんな話をするってことは、吉瀬は好きな人がいるの?」
何も知らないことになっている一臣くんが、満面の笑顔でその質問を投げかけた。その瞬間に、吉瀬くんの顔は茶を沸かしたかのごとく、耳まで真っ赤にさせて「ええっ?!」と大きな声を出した。
そして、吉永さんは飲んでいた紅茶でむせたらしく、口元をハンカチでおさえて咳をしていた。
2人がそうなってしまうのは、無理もない話だろう。
僕はジト目で一臣くんを見つめる。すると、楽しそうにウインクで返してきた。……ウインクが似合うって、どんだけイケメンなんだよ、ほんと。
吉瀬くんを見ると、金魚のように口をぱくぱくさせている。何を言ったらいいか分からない状態らしい
普段はクールというか、真面目でしゅっとしている彼が、こんな風になってしまうなんて、恋ってやつは魔物だ。
「……まあ、いるけども……。」
居るって言った!本人を目の前にして、居るって言った!
「でもここで言うことじゃないから控えるけども。……好きな人とうまくいったら、大事にしたいと思ってるよ。自分の気持ちも彼女の気持ちも。」
吉瀬くんは吉永さんを見ずに、あくまでも一臣くんをしっかり見ながらそう答えた。
男らしいなあ。まるで少女漫画のヒーローだなあ。というか、少女漫画みたいな展開だなあ。きっと、一臣くんも心の中では高まっていることだろう。
さては、リアル少女漫画みたいな展開を期待したんでは。そう思うと僕はまた、一臣くんをジト目で見てしまった。
友達に少女漫画展開を期待しちゃダメだよっていう感情を込めながら。
「吉瀬の好きな人は、幸せ者だね。こんなに思われてて。ま、千尋に思われてる私が世界一幸せ者なんだけどね。」
「えっ。結局お前なのかよ。」
一臣くんのツッコミで、ちょっと気まずそうになっていた空気も、和やかになった。でも、蓬さんの言う通りだと思う。吉瀬くんに好かれる吉永さんは、幸せ者だって。
そして、蓬さんに好かれている僕こそ、世界で一番幸せだって。
ティーパーティーがお開きになった後、蓬さんはそのまま僕の家にと残った。約束していたチョコレート交換をするためだ。
僕は蓬さんにあげるチョコレートを片っ端から探した。どこのチョコレートも美味しそうで可愛くはあったけれど、蓬さんのイメージにぴったりと合うものを渡したかったのだ。
「……じゃあ、交換する?」
「うん。」
みんなが帰った後のなんとなく寂しさも残す客間で、僕と蓬さんは正座をして向き合っている。そして、お互いに後ろ手でプレゼントを隠している。
「「せーのっ。」」
せーので出したチョコレートは、二人ともお店の包みではなかった。
「あれ……。ひょっとして、2人とも手作り?」
お互いに綺麗にラッピングされているし、リボンだってついている。だけど、どこからどう見てもお店で売っているものじゃない。
「千尋も手作りしてくれたの?」
「蓬さんこそ。」
お互いにプレゼントを交換して、丁寧に包みを開ける。蓬さんは、どんなものを準備してくれたんだろうか。
でも、リボンをほどいて包みを開けた瞬間にすぐに分かった。だってこれは、僕の大好きな香りだ。
「バナナチョコクレープ!」
付き合う前に1度だけ作ってくれたことのあるバナナチョコクレープ。
「……チョコレートってことだったけど、千尋はやっぱりそれかなって思って。今度は前回より上手にできてると思うんだけど。」
照れくさそうに話す蓬さんが愛おしい。
「ありがとう。食べてもいい?」
「いいけど、お腹一杯じゃない?」
「蓬さんのバナナチョコクレープは別腹だよ。」
ラップをほどいてかぶりつくと、口の中にバナナとチョコレートと生クリームの甘さが、まろやかに広がる。
……ああ、幸せな味だ。
「これ、カラーチョコスプレーも入ってるんだね。」
「そう。見た目も楽しめるかなって。こっちは、ブラックサンダーの砕いたやつ入れてて、こっちはオレオ入れた。」
「絶対美味しい!蓬さんありがとう!」
「どういたしまして。」
色んな工夫をしてくれた蓬さんに大感謝だ。
「千尋は、チョコレートボンボンを作ってくれたんだね。」
「そう。柚子マーマレードをガナッシュにしてるよ。甘くて爽やかな味になってると思う。」
「いただきます。」
9つ入っているチョコレートボンボンを1つ摘まんで、蓬さんは口の中にそれを入れた。きっと、噛めば噛むほどゆずの香りが口の中に広がると思う。
「めっちゃ美味しい!上に乗ってるナッツもいい仕事してるね!」
「でしょ。最初はお店のもので探してたんだけど、手作りの方が僕たちらしいかなって思って。」
美味しそうなチョコレートは何軒だってあった。でも、蓬さんに渡す最初のホワイトデーのプレゼントは、なんだか手作りが良いって思った。
「ふふふっ。なんか、少女漫画みたい。」
「だって好きだもん。」
僕たちはおでこをくっつけて微笑みあった。蓬さんと一緒に居るだけで、こんなに幸せな気持ちになれる。
「でも今日は本当にありがとね。お家もこうやって準備してもらって、まーちゃんにも準備手伝ってもらって。」
「いいよ。僕も吉永さんのために何かしたかったし。」
でも、一臣くんは良かったんだろうか。一臣くんに変に遠慮しないと決めたから、今日のことも一臣くんがいいならと思っていたけれど。
僕が少しだけ考えているのが分かったのか、蓬さんがじっと目を見つめてきた。
「なんか考えてるでしょ。」
大きな瞳でじっと見つめられながらそんなことを言われると、僕はたじたじになってしまう。
「いや……。まあ、うん……?」
僕の変な反応に、蓬さんは詰め寄るようにしてさらに僕の目を覗き込む。
「聞かれて嫌なことは聞かないけど、私に言おうかどうか迷ってるでしょ。」
まさしくご名答だ。一臣くんのことではあるけれど、僕と蓬さんのことでもあるし蓬さんに隠し事というか話さないっていうのも僕としてはなんか気持ち悪いままだった。
「……これはあくまでも僕が思ってるだけだからね。だから、なんていうか……。変に意識しないで欲しいんだけど。」
「うん。大丈夫よ。」
「……一臣くんの好きな人のことだけど。」
「うん。」
「僕は一臣くんに直接聞いたわけじゃないし、一臣くんの好きな人が誰なのか知ってる吉永さんにも教えてもらったことはないんだけど……。でも当てはまるのが一人しかいなくてね。」
「……うん。」
僕はゴクリと唾を飲んだ。そして、意を決して言うことにした。
「もしかしたら、蓬さんのことが好きなんじゃないかと思うんだけど。」
「……ん?」
すると、蓬さんは拍子のぬけた顔をする。
「これはあくまでも僕の推測だからね!一臣くんは誰とは教えてくれなかったけど、僕には言えない人みたいなんだよね。そう考えると、蓬さんしかいなくて。だから僕、蓬さんとのことを一臣くんに相談することもあったから、ひどく傷つけていたんじゃないかと思って。」
「……えっと……。一臣の好きな人が私ってことはないと思うよ?」
蓬さんは変な顔をして、ようやく声を振り絞った感じでそう答えた。
だけど、蓬さんがそう思うのも無理はない話だろう。だって今まで普通に仲良くしていたし、僕達が付き合い始めてからも一臣くんはそんな素振りを見せたことはほとんどなかったのだから。
「……僕だってそうじゃないと思いたいんだけど……。でも、そうとしか考えられなくて……。」
「……そっか……。一臣には、私のことが好きなのか聞いてみた?」
「ううん。一臣くんが言いたくないことは聞かないようにしようと思って。」
「そっか……。……まあでも、一臣の好きな人は、一臣にしか分からないしね。」
「うん……。吉永さんは見てて分かったって言ってたけど……。」
「そうなんだ……。でも、千尋の思う通りにしてればいいと私は思うよ。そんな千尋が私は好きなんだし。」
「ありがとう。一臣くんが話してくれるまで待とうと思う。……僕も蓬さんが大好きだよ。」
「ありがとう。」
ぎゅっとハグを交わした。
僕は、言えなかった。蓬さんがもし一臣くんに心変わりしたとしても大丈夫だからねって。心ではそう思えるくらいに蓬さんのことが大好きだけれど、それを口に出せないくらい蓬さんと離れたくないのだ。
僕たちはまだ、このままで。
吉永さんと吉瀬くんが良い方向にいくことだけを願わせてください。
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