おまけ②

 ホワイトデーパーティーの翌日の放課後、私は一臣に緊急集合をかけた。


「ごめん、待った?」


 バイトに行く千尋を見送ってから、私は待ち合わせ場所であるコメダ珈琲へとやってきた。一臣と吉永さんが向かい合わせで座っている。


「さっき注文したところ。蓬も飲み物頼めば?」


 一臣がそう言ってメニュー表を渡してくれる。私は「ありがとう」と言いながら、吉永さんの隣に座った。


「吉永さんも急にごめんね。」

「いいの。こちらこそ、昨日はありがとう。おかげで吉瀬くんとも色々話せたし。」

「よかった。少しお節介だったかなと思ったんだけど。ちゃんと返事できそう?」

「うん。」


 にっこりと笑った吉永さんを見ると、この人美人だなあと思う。私と違って顔が整ってるのよね。


「それで?千尋が勘違いしてるって?」


 全員分の飲み物が揃ったところで、一臣が本題に入った。そうだ。今日集まってもらったのは、作戦会議が必要だと感じたからだ。


「そうなの。千尋ったら、一臣の好きな人が私だって勘違いしてるのよ。これって、これはこれでやばくない?面倒なことになりそうじゃない?だから早めに、その勘違いを解消したいと思って。」


 私が「それはないよ。」と否定しても、「蓬さんが気づいてないだけだよ」という話になるだろうし、一臣が直接話をしたとしても「僕に気を使ってるんだ」と思うだろう。


 だから、千尋が勘違いしてるって気づかせるためには、入念な作戦を立てる必要がある。


「それで、吉永さんは全部知ってるのよね?」

「うん。」


 昨日、一臣に作戦会議をしようと連絡したときに、「それだったら吉永さんも連れてくる」と言ったから驚いた。まさか、吉永さんに千尋のことを相談していたなんて。


 だから、一臣と吉永さんは二人で居る時間も長くて、付き合ってるんじゃないかって噂をたてられたのかと、妙に納得した。


「ここは、3人で力を合わせないと、中々勘違いを払拭させることはできないと思うの。」

「うん。俺もそう思う。」

「そもそも丸林くんは、恩田くんに気付かれたいの?それとも、気付かれたくないの?それによっても作戦の立て方が変わってくると思うんだけど。」


 私は、吉永さんのその言葉にうんうんと頷いた。私のことを好きだということは払拭しなければいけないけれど、その先には「じゃあ誰が好きなんだ?」という疑問が待っている。


「もし気づかれたくないというのであれば、恩田くんが勘違いしたままでもいいと思うんだけど。」


 うんうん……。……うん?


「いや、それはないでしょ!」


 私は焦って吉永さんを見た。


「そうかな?気づかれたくないのであれば、誰かを好きだと勘違いさせたままの方が好都合だけどね。」

「そ、れはそうだけど……。でも、自分の親友が自分の彼女のことを好きだって思ってる状況を続かせるのは、千尋にとっては辛すぎると思うんけど……。」

「そうだな……。というか、俺が蓬を好きって思われるのが何よりも嫌すぎる……。」

「どういう意味よ。」

「そういう意味だ。でもなあ……。そこで、「違うよ!俺の好きな人はお前だよ!」とか言えたらいいけどなあ……。」

「相手が相手だもんね。」


 吉永さんに目をやると、急に悶えだした。え?どうした?


「……丸林くん、先ほどのセリフを本意気でもう一度お願いします。」


 すると、スマホの録音アプリを開いて、それをマイクのように一臣に差し出してそう言った。


「違うよ!俺の好きな人はお前だよ!」


 ピッ。


「ありがとう。」


 吉永さんは恍惚の表情をしている。え?何が起きたの?


 私が驚きすぎて固まっていると、一臣が盛大な溜息を吐いて言った。


「この人、腐女子なんだよ。よく俺と千尋で妄想してるらしい。俺が千尋を好きっていうことに気付いたのも、この人が腐女子だからだよ。あ、これは千尋には内緒ね。この人、言ってないから。」

「え?私にはバレて大丈夫なの?」

「いや、ずっと山崎さんに断りもなく、私の妄想の中で恩田くんを丸林くんと浮気させてたから……。今日、その話もしたいって事前に丸林くんには言ってたの。」


 恍惚の表情はしゅっと戻り、いつものキリッとした吉永さんになった。


「妄想だけじゃないだろ。俺と千尋って明らかに分かるような漫画も描いてたじゃんか。」

「だってどうしても妄想だけじゃ消化しきれなくて。」

「え……?お、おう……。」


 話について行けなくて、変な返事になる。


「ごめんね、山崎さん。自分の欲望のために、私は密かに丸林くんと恩田くんが上手く行けばいいな、なんて少しだけ思っているの。それはきちんと言っておかないといけないと思って。」

「え、ええ、ああ、うん。それは別に、吉永さんの自由だと思うから。」


 いや、言わなくてもいい気がするんですけど!


「それで、丸林くん。どうしたいの?気づかれたくないし、山崎さんのことを好きだと思われるのも心外だってことなの?」


 吉永さんは相当な腕力で話を元に戻した。いや、心外って私だって心外だよ!


「……気づかれたい気持ちが全くないわけじゃない。でもただ……まだその決心がついていないというか。でもだからって、蓬のことを好きだと思わせとくのは、嫌だけどそれ以上にまずい気がする。」

「そう、まずいのよ。」


 多分、千尋が一人だけ傷ついていく結果になる。そうなってはいけない。それに、親友と彼女の板挟みになって、自分が身を引こうと考えられるのが、私的には1番困る。


「じゃあ、本当のことを言えばいいんじゃないかしら。このままじゃ何を言っても「じゃあ誰なの?」っていう話になるんだから。恩田くんの性格的に、嘘の好きな人を教えたとしても、それはそれで心配するでしょ?」


 それは吉永さんの言う通りだ。


「でも、一臣の決心がついてない中で言うのは……。」


 一臣と千尋の友情が破たんしかねない出来事だ。千尋が偏見をするとは思えないけれど、身の振り方によっては、お互いが傷つくだけの結果になる気がする。


「だから、何も全部話す必要はないのよ。話せる中で本当のことだけを言えばいいの。」

「どういうこと?」


 一臣が机に体を前のめりにさせて吉永さんに質問をする。私も吉永さんの言ってる意味が分からなくて、体ごと吉永さんの方を向く。


「こう言うのよ。“俺の好きな人、誰かは教えられないけれど、千尋のクラスの女子ではないよ”って。」

「でもそれ……。嘘ついてることにならないの?“クラスの子じゃない”なんて。」

「山崎さん、違うわよ。“クラスの子じゃない”じゃなくて、“クラスの女子じゃない”って言うところがポイントよ。恩田くんは女子じゃなくて男子なんだから。女子じゃないって言うことで、嘘をつかないことになるんだから。」

「あ……!」


 吉永さんに言われて、やっと意味が分かった。私がそう思ったくらいだから、千尋も他のクラスの子の話だって勘違いするんじゃないだろうか。


「それに、そうやって言うことによって、恩田くんに好きな人を教えられない意味の幅も広がると思うの。今は、自分の彼女だから自分には言えないんだって思ってると思うんだけど、“このクラスの女の子じゃないよ”って言うことによって、誰にも教えちゃいけない人のことを好きになった感が出ない?」

「確かに。」


 腕を組んでそう言ったのは一臣だった。


「いいかもしれない。俺が意味深に言えば、取りようによっては先生のことを好きになった感もあるし。ちょっと禁断の恋をしてそうな感じがある。」

「実際に禁断の恋な感じだから、ちょうどいいんじゃないの?」


 私は見逃さなかった。禁断の恋と言ったときの、吉永さんの目の奥が恍惚で輝いていることに。吉永さんって、こういう人だったのね。


「蓬は?どう思う?」


 一臣にそう尋ねられてハッとする。


「え、あ、うん。私も良いと思う。私も勘違いしちゃったくらいだし。」

「本を良く読む恩田くんなら、もっと盛大な勘違いをしてくれると思うよ。」

「確かに。千尋なら、一臣の将来を心配するほどに色んな妄想をしそう。」

「まあもし、その言葉の意味に気付いたとしても、まさか自分のことを好きだなんて思いもしないだろうしな。いいかもしれない。良きタイミングで、俺から千尋に言うことにする。蓬、知らせてくれてありがとな。」

「当たり前じゃない。だって私が守りたいのは、いつだって千尋だもん。」

「なんか山崎さんも丸林くんも、本当に恩田くんのことが好きで仕方ないのね。……私も、そんな風に吉瀬くんのことを好きになれるかな。」


 少し頬を染めながら言った吉永さんの横顔は、もし私が芸術家だとしたら「恋の予感」という題名をつけた彫刻を掘ってしまうかもしれない。


「吉永さんそれって……。」

「ふふっ。まだ内緒。」


 口元に1本指をあてながらそう言う彼女に少しだけドキッとする。私もこれくらいの色気が欲しいなあ。


 作戦会議が終わって外に出ると、すっかりと日が暮れてしまっていた。段々と長くなってはきたものの、空のカーテンが閉まるのはまだ早い。


「じゃあまた明日学校でね。」

「うん。またね。」

「バイバイ。」


 最近思うことがある。千尋は私を通じて交友関係が広くなってきているけれど、それは私もだな、と。


 吉永さんとこんな風に話す日が来たのも、千尋のお陰だなって思う。


 千尋のお陰で、私も私の世界を広げられていると思う。


 そして、これからもずっと、ずっとそうありたいと思う。



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