おまけ①

 文化祭1日目の今日は、午前中からやたらと千尋が石川さんに絡まれているけれど、本当に気にも留めていない千尋に、なんだか頼もしさを感じている。


 さっき、購買の前のベンチで変な絡まれ方をしたときも、千尋は毅然と相手にしていなかった。いつの間にこんな風な対応ができるようになったんだろうと、少し惚れ直す。


「どうする?先にお化け屋敷行く?お昼時だから、ご飯系より空いてるかも。」

「うん。お化け屋敷に行こう。千尋、ちゃんと私を守ってよね。」

「何言ってんの。蓬さんはお化け屋敷大好きでしょ。」

「えー。手くらい繋いでよ?」

「……中でだけね。」


 お化け屋敷をやっている2年のクラスに着くと、予想通り空いていた。受付を済ませてから教室に設置されているお化け屋敷の中へと足を踏み入れると、想像以上に暗い。


「千尋。」


 私が千尋の腕の裾を引っ張ると、それを頼りに千尋が手を繋いでくれた。付き合って1年以上経つけれど、こうやって手を繋ぐと今でもどきどきする。胸がきゅっと締め付けられる。


「暗いからゆっくりね。蓬さん、転ばないでね。」

「うん。千尋もね。」


 二人でそろりそろりと順路を進む。このお化け屋敷のテーマは、「世界のお化け」らしく、日本だけではなく色々な国のお化けが出てくる。言ってしまえば、仮装して脅かしているというようなところだ。


 ただ、あまりにも暗いため、千尋が言うように転倒だけには気を着けなきゃいけない。なにしろ、床もマットが敷かれていて歩きづらいのだ。


「わー!!!」


 貞子とかチャッキーとかドラキュラとかエクソシストとか口裂け女とか、それは、それは世界中のお化けたちに驚かされた。そのたびに、私と千尋は大声を出して順路を進んだ。この大声を出すというのが、すっきりするからお化け屋敷って好きなんだよね。


 そしてお化け屋敷も終盤を迎えた頃、ミイラ男が私たちを脅かしてきた。これまでと同じように「わー!!!」と叫んで通りすぎようとしたのだけれど、私の足が運悪くマットとマットの間に挟まってしまった。


 やばいと思ったけれどその時には手遅れで、それに気づかなかったミイラ男が、急に止まった私に体当たりをする形となり、その場に倒れこんでしまった。


「蓬さん?!大丈夫?!」

「す、すみません!!!」


 これが事故というのは、十分に分かっている。しかし、不本意ながらも私はミイラ男に押し倒された体制となってしまった。焦ったミイラ男はすぐにどいてくれたけれど、千尋以外の男の人に至近距離で近づかれた嫌悪感が残る。


「いえ、私もごめんなさい。怪我なかった?」

「い、いえ。俺が気づかなかったから。」


 その場では平謝りをしてすぐに立ち上がったけれど、少しだけ膝が笑っている。お化け屋敷の中でも最後の脅かしポイントだったみたいで、なんだか気まずい空気のまま私と千尋はお化け屋敷を出た。


 お化け屋敷を出たというのに、千尋は私と手を繋いだままずんずんと歩く。


「え……?千尋?どこ行くの?」

「……二人切りになれるところ。」


 千尋はそれだけ言うと、無言で私を引っ張って屋上へと続く階段の踊り場へと連れて行った。普段は立ち入り禁止になっているところだから、この文化祭のときも誰も居ない。


「千尋……?」


 千尋の表情が見えないからおそるおそる伺ってみると、彼は大きな腕でぎゅっと私を抱きしめた。あっという間に千尋にすっぽりと包まれる。


「千尋?」


 私は遠慮がちに千尋の背中へと手を回し、もう一度彼の名前を呼ぶ。すると、千尋は大きな溜め息をついた。


「はあー。さっき、やばかった……。」

「何が?」

「……蓬さんとあの男の子が一緒に倒れこんだ瞬間、心臓止まるかと思った。」


 事故で転倒しただけなのに、何をそんな大げさにとも思ったけれど、ここは千尋の話をじっと聞くことにした。


「なんで?」

「……蓬さんが怪我してないか心配だったし、それに……。」

「それに?」

「僕以外の男の子に触らせたくない……。」


 千尋はそう言うと私から身体を離して、瞳を合わせた。


「本当に怪我してない?」

「うん。」

「どこか触られたところない?」

「ぶつかりはしたけど、触られたところはないよ。」

「そう……。」


 額と額が合わさると、自然と鼻先がくっつく。それがくすぐったいような気持ち良いような感覚で、ふっと笑みを漏らした。それは千尋も同じだったらしい。自然と私たちの唇が重なった。


「……僕以外の男の子に触らせないでね。」


 返事をする前に、また私の唇は千尋の唇で塞がれる。そして、私の息が絶え絶えになるまで、彼の唇は離れなかった。


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