おまけ②
「ねえ、ねえ、聞いた?」
「丸林先輩って、ゲイなんだってよ。」
彼女たちの言葉は、私の脳天に突き刺さったかのように聞こえた。
「えっ!丸林先輩って、あのオレンジの髪の毛の?!」
「そうそう。さっき、女バレの先輩に聞いちゃった。」
「でも丸林先輩って、色んな女の子と遊んでなかった?」
「そうなんだけど。でも、ここ最近は女の子と遊んでるって噂ないじゃん?なんかそれは、実はゲイだったからとからしいよ。」
「えー。そうなんだー。ショックー。でも、ゲイとかって居るもんなんだね。身近で初めて聞いた。」
「それ同じこと思った。でもさ、男同士とかってどうやってヤるんだろうね。」
「やめてよ、想像しちゃったじゃん。」
まさか、一臣の噂が広まっているとは、夢にも思わなかったのだ。第一、一臣だって私と吉永さん以外には言っていないと言っていた。そうなると、私か吉永さんのどちらかが話を漏らしたことになる。だけど私は誰にも言っていない。
だけど、吉永さんが誰かに話すとも思えない。一体、どこからこんな話が立ったというのだろうか。
はっとして千尋を見ると、彼はどこか心ここにあらずという表情をしていた。私のところまでばっちりと聞こえたんだから、千尋が聞いていないわけがない。
もう一度話をしている彼女たちを見る。制服の校章から見るに、2年生のようだ。それに女バレの先輩から聞いたと言っていた。女バレは誰が居ただろうか。
「……蓬さん?」
「え、あ、うん?なに?」
悶々と考え込んでいると、千尋が心配したのか話しかけてきた。千尋に変なことを勘繰られてはいけないと思えば思うほど、変な返事になってしまった。
「大丈夫?ボーッとしていたみたいだから。」
「うん。大丈夫。」
「そっか。よかった。僕たちの当番、あと30分だから頑張ろうね。」
「うん。」
だけど、私以上に千尋の方が変な顔をしている。親友である一臣の噂が回っていることに心を痛めているのだろう。透の妹から噂を流されて嫌な思いをしたばかりというのに、また噂に振り回されるのかと思うと頭が痛い。
私と千尋が受付の当番を終えて、私たちのクラス専用の休憩場所である多目的教室で休んでいると、大地と雄一と義明がそこにやってきた。3人で文化祭の出店を回ってきたらしい。
「お。カップル発見。もう、当番終わったの?」
大地が千尋に絡みながら、私たちの近くに座る。雄一と義明も同じように集まってきた。多目的教室の隅には、吉永さんたちのグループも居た。
「終わったよ。野久保くんたちはどこ行ってきたの?」
「色々。体育館も行ったし、射的でこんだけとってきちゃった。」
大地が抱えていた紙袋の中を見ると、ぬいぐるみが大量に入っていた。
「これ、とりすぎでしょ。」
「蓬が欲しいならあげるよ。」
「いらないわよ。彼女にあげなさいよ。」
「別れたもん。」
「お前、もう別れたん?」
反応したのは、雄一だった。雄一は珍しく、今の彼女と続いている。まあ、相手が心だから、心のことを傷つけたらぶっとばすんだけどね。
「別れた。だって、つまんねえとか言われてさ。なに、つまんねえって。俺ってつまんねえ?」
「ううん。野久保くんはかっこいいよ。」
愚痴る大地に真面目に返す千尋が可愛い。千尋の反応に満足したのか、大地は千尋に抱き付いて「心の友よ!」なんて言っている。ジャイアンか。
「たださ、びっくりしたのが一臣じゃね?」
そこで一臣の話を出したのは、義明だった。
「一臣がどうしたの?」
私はあえて、何も知らないフリをして聞いてみる。
「さっき聞いたけど、一臣がゲイだって。でも、そんな感じ全くだから信じられないなと思ってさ。」
「それ俺も思った。今は違うけど、一臣って女とっかえひっかえだったよな?」
「そうそう。だから、ゲイではないと思うんだよな。」
「じゃあ、バイ?」
「バイならまだそこまで気持ち悪くないな。ゲイはちょっときもいかも。」
「恩田は?一臣と仲良いだろ?なんか聞いてる?」
千尋と肩を組んだままの大地が、千尋に話をふった。
「特に。……でも、一臣くんが誰を好きになるかは、一臣くんの自由だと思うし……。僕が蓬さんを好きだっていうのと、変わらないことなんじゃないかな。」
「えー?でも、男のこと好きになるかー?」
「それは、色々でしょ。佐藤くんは蓬さんのこと恋愛対象になる?」
「いや、それはない。」
「でしょ。佐藤くんだって、異性でも恋愛対象にならない人いるじゃない。だからってそれが、“女なのに好きにならないの?”っていう話にはならないじゃない。だからきっと、男だから女だからってあんまり関係ないんだよ。」
「じゃあ恩田の理論でいくと、世の中のやつ全員がバイの可能性があるってこと?」
「極端に言うとね。」
「すげー。」
「でもそれだったら、誰も傷つかなくていいな。」
男子たちは、なんてことないかのように「わはは」と笑った。無意識に誰かを攻撃するような話になるかもしれないと冷や冷やしていたけれど、そうならなかったからほっとした。
私は吉永さんの方に視線を送った。すると、彼女も安堵の笑みでこちらを見ていた。一臣の周りの友人たちが「そんなの関係ない」と笑い飛ばしてくれれば、きっと一臣だって安心できるはずだ。
それになにより、千尋がそう思って居ることが、一臣の力になると思う。一臣にとって千尋は、“好きな人”という枠を超えた“大切な人”なのだから。
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