第16話 最後の文化祭1日目と男子高校生

第16話 最後の文化祭1日目と男子高校生

 当日を迎えたいような迎えたくないような気持を置き去りにして、僕たちの最後の文化祭が幕を開けた。全日程は2日間だ。学校のあちらこちらで賑やかな声が行き交っている。


「蓬と恩田は受付やってね。」


 文化祭実行委員の穂高さんの指示(命令)で、僕と蓬さんは受付の担当になった。「僕なんかが受付やっても……。」って野久保くんに愚痴をこぼすと、僕と蓬さんが一緒に居るところを目当てにくる下級生が居るらしいことを教えてくれた。


 蓬さんのおかげで目立っている気はするけど、それって「蓬先輩の彼氏ってあんな地味なの?!」っていうのをわざわざ見にくるってことだよね?!


「そんなわけないじゃん。」


 蓬さんと一緒に受付で並んで座って居るときにこの話をすると、気持ちよく一蹴された。


「千尋って、下級生から人気あるって意外と知らないの?」

「え?僕が?なんで?」

「なんでって……普通にカッコイイからでしょ。」

「カッコイイ?僕が?」

「うん。カッコイイよ。知らないの?」

「知らないよ。」


 今まで地味だった僕が、カッコイイって思われるなんて、そんなの知らない。前に篠原さんにも同じようなことを言われたけれど、やっぱりそれは結局、みんな蓬さんに注目しているってことだと思うんだ。


「受付良いですか。」

「はい、どうぞ。」


 そんな話をしていると、3人の女の子グループがやってきた。僕たちは番号札を案内してクッキーを渡してお金を受け取る。3人の女の子たちは浮ついた空気をまとっており、3人でおしくらまんじゅうでもしているのかというくらいぎゅうぎゅうに引っ付き合っている。


 そして、「あなた言ってよ。」「いや、あなたでしょ。」とか何かを3人で押し付け合ったかと思うと、3人のうち1人の女の子が「あの……。」と恥ずかしそうに話しかけてきた。


 受付に何か不備があったかと思い、「どうかしましたか?」と優しく尋ねると、3人の女の子たちは黄色い歓声をあげた。わっと急に騒いだため、周囲の人たちも振り向く。一体どうしたというのか。


「あの……。よかったら、写真撮ってもらっても良いですか?」


 なんだ、3人の写真を撮りたいという話だったのか。


「いいですよ。」


 僕が快く答えると、3人はさらに大きな黄色い声をあげた。蓬さんたちもそうだけど、女の子たちって小さなことではしゃいでいるから本当に楽しそうだ。


「じゃ、じゃあ、お二人の後ろに1人ずつ入るので、3ショットで撮ってもらってもいいですか?」


 ん?


 どういうことか分からず蓬さんの方を見ると、彼女は声も出さずに笑っていた。なぜそんなに爆笑してらっしゃる?


「千尋……。これ、私たちと一緒に写真撮りたいって話だよ。千尋に撮影係を頼んでるわけじゃないよ。」

「な、なんと……。」


 そういうことだったのか。状況を理解して知らない人とカメラに収まるなんてと思うけれど、すでに承諾してしまった後だ。期待の眼差しを向けている彼女たちを断ることなんかできない。


「はい、いきまーす。」


 女の子たちのそれぞれのスマホでカメラに収まると、彼女たちは本当に嬉しそうにして僕たちの教室の中へと入って行った。


「ね?言ったでしょ。千尋、人気あるんだよ。」

「……でも蓬さんも一緒に入っていたじゃない。」

「あれは、私が隣に居たからでしょ。あるいは、私たちが2人で居るところを好いてくれている子たちもいるみたいだから、そっちかもしれないけど。」

「うう……。」


 項垂れる僕の背中を、蓬さんがバシンと叩いた。


「あの子たちと一緒に撮っちゃったから、また後から一緒に撮ってくださいって言ってくる子たちが居ると思うよ。」

「ええ……。でも嫌だったら断っていいでしょ。」

「まあ、嫌だったらいいでしょ。」

「だよね。」


 その後は、ありがたいことに大盛況だったために、写真をお願いされる時間もなかった。むしろ、こんなに忙しくなると思わなかったため、急遽入場制限を設けることになっている。


「もうすぐ交代の時間だね。」


 受付はシフト制になっており、1回1時間ずつで交代だ。午後からまた1時間だけ蓬さんと一緒に受付を担当することになっている。


「お昼ご飯、何食べる?」

「一臣くんたちのところには行ってあげなきゃいけないね。」

「焼き鳥ね。美味しいといいね。」

「美味しいでしょ。なぜか、屋台の食べ物って美味しいよね。」

「分かる。」


 お昼ご飯を何にしようかと、蓬さんと相談しているときだった。


「あなたが恩田くん?」


 冷たいような蔑むような声で名前を呼ばれて顔をあげると、見たことはあるけれど接したことはない同級生の女の子が居た。彼女の後ろには、彼女の友人らしい女の子が3人でこちらを見ている。


「そうだけど……。」


 この人の名前はなんて言ったっけ?キラキラグループではないけれど、地味でもなくなんだか楽しそうなグループに居る女の子だったはずだ。


「……ふうん。恩田くんって丸林くんと仲が良いんだね。」

「うん?仲良いけど、それがなにか?」

「別に。ただそう聞いたから、聞いてみたかっただけ。」


 彼女は、僕のことをつま先から頭の先まで見た後、「じゃあね。」と言って友達と歩いて行った。


「なにあれ……。感じ悪い。」


 蓬さんは、彼女たちの背中を怪訝な顔をして見つめた。


「彼女、なんて名前だっけ?」

「確か、5組の石川いしかわさんだよ。下の名前はなんだったかな。」

「石川さんか……。一臣くんと仲いいのかな?」

「どうだろ。一緒に居るところ、見たことないなあ。」

「一緒に居るところ……。」


 僕はそれで、はっと思い出した。


「僕、見たことあるかも……。」

「え。一臣と仲いいの?」

「いや……。石川さんが一臣くんに告白しているところに遭遇したことある……。」

「あー……。」


 蓬さんは、「なるほど」と呟いた。だけど、なぜわざわざ僕のところに石川さんが会いにきたのかは、まったくの謎だなと思った。






 午前中の受付のシフトを終えると、僕と蓬さんは文化祭へと繰り出した。初めに一臣くんのクラスの焼き鳥屋さんへと行くことにすると、そこは大行列だった。僕たちもその行列へと並ぶ。


「蓬さんは何にする?」

「私はやっぱり豚バラかな。千尋は?」

「僕はとり皮にしようかな。」

「あ!とり皮いいね!迷う~。」

「僕の一口あげるよ。」

「ほんと?じゃあ、私の豚バラも一口あげるね。」

「うん。」


 何を買うか決めたところで、僕たちが買う順番になった。行列になってはいるものの、回転率は高いらしい。恐らく、どんどん焼いているからだろう。


「お!千尋と蓬!来てくれたのか!」


 タオルを頭に巻きクラスTシャツの袖もまくっている一臣くんは、熱そうに炭火の前で焼き鳥を焼いていた。その姿は誰よりも様になっている。


「一臣くん、お疲れ様。豚バラととり皮を1つずつ。」

「あいよー。」


 焼きたての豚バラととり皮をそれぞれ袋に入れてもらい、それを受け取る。お金はすでに清算済みだ。


「じゃあ、頑張ってね。」

「ありがとなー。」


 他のお客さんもいるから、特に会話はせずに一臣くんたちのクラスの屋台を後にした。


「焼き鳥、あったかいうちに食べちゃお。」

「でも、飲み物も欲しいよ。」

「じゃあ、購買のところで食べる?」

「そうしよっか。」


 購買でお茶を買ってから、空いていたベンチに座る。購買の前のベンチには、僕たちの他にも同じように昼食にしている人たちがたくさん居た。


「いただきます。」

「いただきます。」


 まだ熱々で串に刺さったとり皮を、一切れ口に頬張る。甘辛いたれが口の中に広がってパリパリ感ともちもち感のあるとり皮が絶妙だ。


「美味しい。」

「豚バラも美味しいよ。千尋一口。」


 蓬さんの豚バラと交換して、今度は豚バラを一切れ口に頬張る。こちらは塩コショウが豚バラの甘い油を引き立てている。


「美味しい~。」


 蓬さんの横顔を見つめると、彼女は本当に幸せそうな顔をして食べている。それを見られるだけで、胸がほっこりする。


「うん。どっちも美味しいね。」


 僕がそう言うと、蓬さんはうんうんと大きく頷いた。そしてふと、豚バラの串を見つめて思う。これはもしや、憧れの「あーん」チャンスなのではないかと。


「蓬さん。」

「うん?」

「はい、あーん。」


 豚バラの串を蓬さんの口元近くに差し出して、そう言った。一瞬、彼女は頬を赤らめたけれど、素直に口を開けて豚バラを頬張った。


 ……か、かわいい。これはクセになりそうだ。


「じゃあ、千尋も。はい、あーん。」


 今度は、とり皮の串を蓬さんが僕の口元へと差し出す。


 なんだこれは。やられる方は随分と恥ずかしいな。


 そんな風に思いながら蓬さんの顔を見ると、彼女は口端をあげていた。どうやら、僕が恥ずかしがっている様子を楽しんでいるらしい。


 蓬さんに負けじと、僕も「あーん」を受け入れて、とり皮を頬張る。うん。美味しい。


「ふふっ。千尋、可愛い。」


 蓬さんはそう言いながら、僕の口端についていたらしいとり皮のたれを親指で拭うと、それをちゅぱっと音を立てながら舐めとった。えろい。


 今すぐキスしたいけれど、周りに人が居るためなんとか自制する。こんなにあっさりと欲情させられてしまうなんて、文化祭マジックおそるべしだ。


「うわっ。イチャイチャしてる。」


 どこからか、水を差すような声が聞こえてきた。声の主の方を蓬さんと一緒になってみてみると、石川さんたちがこちらを見ずに大きな声で話していた。


「よく、こんなところで堂々とイチャつけるよねー。」

「思った。イケメンでもないくせにさ。」

「そうそう。本人は大したことないくせに、彼女があれだから調子乗ってんだよ。友達も居なかったくせにさ。」

「どこがいいんだろうね、ほんと。」


 それは、僕の悪口だと明らかに分かるものだったけれど、断定できるような名前は出さずに話すという悪質なものだった。


「ちょっ……「蓬さん。」


 蓬さんが飛び出して行きそうだったため、僕はそれを咄嗟に抑える。


「行きたいカフェがあるって言ってたでしょ。お化け屋敷とかもあるって言ってたし。行こう。」

「でも……。」

「せっかく楽しい文化祭なんだからさ。」

「……そうだね。千尋は?嫌な思いしてない?」

「ちっとも。どういう目的か知らないけれど、知らない人に何を言われても気にならないよ。」


 僕は「大丈夫だよ」という気持ちを込めて、蓬さんの瞳をじっと見つめた。そうすると、心配そうにしていた彼女の瞳に、楽しさが戻った。


「分かった。千尋がそう言うなら。じゃあ、もう行こ。焼き鳥も食べ終わったことだし。」

「うん。」


 気にも留めない素振りで僕たちがベンチから腰をあげ、その場を後にしようとすると、背中の方から「何あれ、感じわるい」「強がってんじゃない?」という声が聞こえた。






 その後は、2人で思いっきり文化祭を楽しんだ。お化け屋敷にも行ったし、蓬さんが行きたいと言っていたカフェにも行った。カフェではフルーツたっぷりのパンケーキが出て来て、本物のお店さながらの仕上がりに、僕も蓬さんも興奮した。


 体育館では、演劇やバンドのライブがあっていた。吉瀬くんがサッカー部の人たちとバンドをやると言っていたため、それを観ようということになったのだ。


 体育館に行くと、吉永さんに会った。


「吉永さんも来てたんだね。」


 僕がそう声をかけると、隣から蓬さんが「当たり前でしょ。」と言った。


「だって吉永さんと吉瀬ってなんだかんだ仲良いもん。この前も、一緒にお昼ご飯食べてたでしょう。あれって吉永さんの手作り?」

「山崎さん、見てたんだ。なんだか恥ずかしいな。週に1回だけだけど、吉瀬くんにお弁当作って一緒に食べてるよ。」


 吉永さんと吉瀬くんカップルが、そんなことをしているなんて全く知らなかった僕は、ひどく驚いた。


「な、なにその本当に少女漫画みたいな愛の育み方!僕も憧れる……!」


 ぜひ蓬さんとしたい。


「ねえ、蓬さん。僕たちもしようよ~。お弁当、僕が作ってくるからさ~。」

「そこは私の手作りじゃなくていいの?」

「なんだか恩田くんらしい。」


 そんな話をしていると、サッカー部の面々が楽器を持って登場した。吉瀬くんはベースらしい。普段とは違うみんなの姿に、会場のボルテージも上がっている。受験勉強の合間にバンドの練習をするなんて、本当にすごいなと思う。


 とことん楽しもうって思ったら、なんでも頑張れちゃうものなのかもしれない。


 ふと、蓬さんの横に立っている吉永さんの横顔を見ると、彼女の視線は真っ直ぐに吉瀬くんを捕らえて離さなかった。僕が今まで見たことのない吉永さんがそこに居る。


 修学旅行の日、吉瀬くんから吉永さんのことを打ち明けられたときは驚いたし、その後も二人はどうなるのかと思って居たけれど……。吉瀬くん、よかったね。


 吉瀬くんたちのバンドの演奏が終わると、僕たちはそろそろ受付を担当する時間が迫っていたため、教室へと戻ることにした。吉永さんはこの後、吉瀬くんと一緒に文化祭を回るらしく、僕たちは「また後で。」と言って体育館を後にした。


 教室へと帰ると、午前中よりもさらにお客さんの列ができていた。受付には、穂高さんと佐藤くんが座って居る。


「お疲れ様。交代するよ。」


 そう声をかけると、佐藤くんも穂高さんも「ありがとう。」と言って受付の椅子から腰をあげる。


「百合子はこれからどうするの?」

「ああ。約束があるから。明日は一緒に回ろうね。」

「そっか。分かった。」


 列に並んでいるお客さんを待たせるわけにもいかないため、僕と蓬さんはすぐに「次の方どうぞー。」と声をかけた。


僕たちのクラスのプラネタリウムに来てくれている人たちは、圧倒的に女の子の方が多い。そのため、列に並びながらも、楽しそうに彼氏の話や好きな人の話をしている。


「ねえ、ねえ、聞いた?」


 だからそれも、楽しそうな噂話なのだろうと僕は効いていないフリをしようと思っていた。


「丸林先輩って、ゲイなんだってよ。」

「えっ!丸林先輩って、あのオレンジの髪の毛の?!」

「そうそう。さっき、女バレの先輩に聞いちゃった。」

「でも丸林先輩って、色んな女の子と遊んでなかった?」

「そうなんだけど。でも、ここ最近は女の子と遊んでるって噂ないじゃん?なんかそれは、実はゲイだったからとからしいよ。」

「えー。そうなんだー。ショックー。でも、ゲイとかって居るもんなんだね。身近で初めて聞いた。」

「それ同じこと思った。でもさ、男同士とかってどうやってヤるんだろうね。」

「やめてよ、想像しちゃったじゃん。」


 彼女たちの話に、一瞬時が止まったのかと思った。心臓は大きな音を立てている。


 “丸林”って確実に言っていたし、オレンジの髪の毛の丸林は、一臣くんしか居ない。一臣くんがゲイって噂をされているの?誰に?


 噂をしている彼女たちは、2年生のようだった。2年生が知っているということは、学校中に噂が回ってもおかしくない。


 どうしたもんかと蓬さんを見ると、蓬さんは噂をしている彼女たちに目が釘付けになっていた。


「……蓬さん?」

「え、あ、うん?なに?」


 僕の呼びかけではっとしたようで、その瞳は明らかに焦りが見える。


「大丈夫?ボーッとしていたみたいだから。」

「うん。大丈夫。」

「そっか。よかった。僕たちの当番、あと30分だから頑張ろうね。」

「うん。」


 冷静を装って蓬さんに笑顔を向けたけれど、ちゃんと笑顔を作れていただろうか。だって、親友のあんな噂を聞いた後に、動揺しないなんて難しい。


 人の噂が広まるのは早いことを、篠原さんのときの件で身に染みているから、僕は一臣くんのことが心配でならなかった。


 そんな僕の心配は的中し、一臣くんがゲイだという噂は、たった1時間で僕のクラスの人全員が知ることとなっていた。

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