おまけ②

<コメダ珈琲集合>


 一臣から、私と吉永さん3人でつくっているグループメッセージに発信があったのは、文化祭前日のことだった。ちなみに、このグループメッセージのタイトルは「腐☆」だ。吉永さんは腐女子で一臣は腐男子で私は性格が腐っているかららしい。いや、腐っとらんわ。


「どうしたの?急に。」


 私がコメダ珈琲に到着すると、一臣と吉永さんはすでに到着していた。私は一度、千尋と一緒に家に帰ってから来たため出遅れたらしい。


「重大な話だ。」


 重大な話もなにもこの3人で集まるとき、特に一臣からの招集のときは決まって、一臣の恋の話だ。それ以外にこの3人に共通項はない。……それにしても、よく自分の想い人の彼女に自分の恋の相談なんてできるよなと、むしと尊敬に値する。


「……待って。その前に私にも飲み物を注文させて。」


 一臣と吉永さんの目の前には、それぞれ珈琲が並んでいる。私だって何か飲み物を飲みたい。


「山崎さん来たなら、シロノワール頼もうよ。」


 私が何を注文しようかとメニュー表をとると、吉永さんもメニュー表を見ながら言った。


「食べきれるかな?」


 一度家に帰ったときに、お母さんには家でご飯を食べると言って出てきた。


「3人で1つをシェアすれば食べきれるでしょ。」

「確かに。それなら大丈夫かもしれない。」

「じゃあ頼もう。」


 暗い佇まいのオレンジ髪の男のことは無視して、私と吉永さんはさっさと注文をした。千尋に恋い焦がれる話をするときは、いつもこういう真面目なトーンの演出をしてくるので、私と吉永さんも慣れているのだ。


 少し待っていると、シロノワールと私が頼んだカフェオレが運ばれてきた。運んできてくれた店員さんは女子大生くらいの人だ。胸元には「石川」と書かれたネームプレートがつけられている。その人が下がってから私と吉永さんはようやく真剣に聞く姿勢を整えた。


「それで?今日はどうしたの?」

「重大な話だ。……俺、千尋のこと諦めようと思う。」

「え……?」

「ええっ?!」


 思いもよらなかった話に、私はぽつりとしか言葉が出なかったが、吉永さんは飛び上がるほどに驚いた。


「……なんでまた急に?諦めるとか言っても、振られない限り勝手に諦められるようなもんじゃないでしょうに。」


 長い間、千尋に片思いをしていたから、諦められない気持ちは嫌というほど分かる。


「……今日、千尋に俺が告白されているところを目撃されちゃってさ。」

「え?!それで、告白しちゃったの?!」

「告白は、してない。」


 吉永さんの鼻息が荒い。一臣が千尋を諦めることに、相当興奮しているらしい。


「じゃあどうしたの?」

「告白はしてないけど、その成り行きで千尋に聞いたんだよ。千尋だったら脈もない相手に告白するかって。」

「千尋はなんて?」

「千尋だったらしないんだって。好きな人には幸せでいてほしくて、1秒でも自分のことで悩ませたくないからって。」


 一臣は、泣きそうだけど本当に嬉しそうな顔で笑った。


「それ聞いて俺さ、千尋のこと好きになって良かったなって心の底から思ったよ。なんか、それだけで昇華されたっていうかさ。……俺も、千尋が幸せで居てくれるならそれでいいやって。」

「丸林くんはそれでいいの?」

「……うん。それでいい、というか。それがいい、かな。なんか多分、もし千尋が女の子だったとしても、俺は千尋に告白しなかっただろうなってその時思えてさ。だからもう、諦めるというよりかは昇華というか。」

「なにそれ。私の彼氏、最高じゃん。」

「ほんとそれな。千尋、いいやつだよ。仲良くしろよ。」

「当たり前じゃない。一体、私がどれだけ千尋のことを好きだと思ってるのよ。」

「そんな……。せっかく文化祭をキッカケに、禁断の丸×恩が始まるかと思ってたのに……!」


 吉永さんはそう言いながら、テーブルの上になだれ込んだ。いつも吉永さんの綺麗なお顔しか見られないけれど、このときばかりは彼女の旋毛が目の前にある。


「あ!!!」


 すると突然、吉永さんは勢いよく顔を上げた。


「丸林くんって結局、バイなの?!ゲイなの?!」

「げ、ゲイよりのバイ……?」


 吉永さんに圧倒された形で、一臣は答えた。


「なるほど!じゃあ、今後もBL展開はありうるということね?!」

「え……あ、ああ……。」

「じゃあ、今後も仲良くしましょうね!進学しても、私たち親友だからね!」

「お、おう……?」


 私と一臣は、顔を見合わせて笑った。さすが吉永さんだ。腐女子の欲望を隠さない。


「吉永さん、私とも仲良くしてね。」

「もちろんよ!蓬ルートに進んだ恩田くんがどうなるのか、ちゃんと見届けないと!」

「蓬ルート?」

「この人、乙女ゲームもやってるから。」

「ああ……。」


 千尋と付き合わなかったら、吉永さんがこんなに面白い人だって知ることは絶対になかった。それに、一臣だってバイであることを、以前の私には教えてくれなかっただろう。


 そう思うと、人には色んな側面があって本当に面白い。きっと、千尋だって私にも知らない側面がまだまだあるだろうから、もっと知っていけたらいいなって思った。


「ということは、これからは思いっきり千尋とラブラブできるのね。」

「いや、今までも十分遠慮なくしてただろ。それで俺がどれだけ傷ついたことか……。」

「えー。邪魔してきてたの間違いでしょ。」


 一臣と私は軽口をたたき合う。だけど、心の中では思っているよ。私の恋のライバルだった一臣も、いつか一臣だけを見つめてくれる人が現れますようにって。

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