おまけ②
千尋に買ってもらった珈琲を右手に持って、千尋の右側を歩く。
左横を見上げると、左手で持った珈琲カップに口をつけて珈琲をすする千尋の横顔がある。……かっこいいなあ。
千尋は自分のことを地味だって言うけれど、決して不細工ではない。
すっごくイケメンというわけではないけれど、私にとっては一番かっこよく見える。
中学時代に千尋の悪口を言った女子は、千尋の良さが分からないだけだ。むしろ、地味ってだけで悪口を言えるそんな人に分かってもらわなくていい。
「千尋はよく珈琲飲むの?」
ジャズなんかがかかっている雰囲気のある喫茶店で、珈琲を飲みながら本を読む千尋が想像できる。
「うぅん……。まあ、飲むかな。試験勉強の時とか。」
「本読みながらとか飲まないの?」
「本読むときは飲まないよ。本が汚れたら嫌じゃない。本読みながら飲んだり食べたりする人って、信じられないんだよなあ。」
「そうなの。」
「そうだよ。」
「珈琲飲みながら本読む千尋とか、すごく似合うけどなあ。」
似合うし、渋い。千尋のその姿を想像するだけで、私の胸はきゅっと締め付けられる。
「そう、かな。」
少しだけ照れた千尋の横顔が見えて、今度は唇の端がゆるみそうになる。
「……今度、休みの日に喫茶店でも行く?」
千尋から、思わぬデートのお誘い。休日にも千尋に会えるなんて、嬉しすぎるでしょう。
「うん。行く。」
「じゃあ、行ってみたい喫茶店に行ってもいい?」
「もちろん。」
コメダ珈琲から私たちの家までは歩いて5分。もうちょっと一緒に居たいなって思うけれど、私たちの家がもう視界に見えてきている。
「……もう、家に着いちゃうなあ。」
私の声を代弁するかのような声が、頭から降ってきた。
千尋の顔を見上げると、「しまった」というような表情をしていた。薄暗くてよく分からないけれど、きっと耳まで赤くなっていると思う。
「……私も、同じこと思ってた。」
私がそう言うと、千尋はふっと表情を柔らかく緩めた。……この顔、好きだなあ。
「じゃあ、少しだけ……散歩、しようか。」
「散歩っていう名前のデート?」
「そうだね。」
散歩デート。千尋と一緒に居たら、すべてがデートになるのかな。
「じゃあ、ひとつだけお願いしてもいい?」
「うん?」
「手、つなぎたい。」
今まで付き合った人と、放課後に手をつないで帰ったことは何度かある。そのたびにドキドキした思い出もある。
だけど私はその時より、心臓が大きく鳴っている。手だって汗ばんでいる。
「……僕、手汗すごいよ。」
「私だって。」
「……。」
「……。」
お互い、なぜか無言になった。きっと、千尋も緊張しているのだろう。
「……だめ、かな。」
千尋があんまり黙るから、私は千尋の気持ちを聞きたくて尋ねる。
「いや、だめじゃない。……憧れのシチュエーションすぎて、困惑する。」
これは、喜んでるって受け取っていいのかな。私は千尋が恥ずかしがっていることをお構いなしに、左手で強引に千尋の右手を握った。
「これで散歩しよう。」
「……蓬さん……。」
千尋と手をつないだのは、小学校の低学年以来だ。千尋の手の感触を手のひらで受けとる。あの頃は同じくらいの大きさだったのに、今では私の手を包み込むほど大きい。
「大きな手だね。」
「蓬さんの手が小さいんだよ。」
「そんなことないよ。」
「そんなことあるよ。」
ずっと、この手をつないでいたいな。
私の歩幅に合わせてくれる千尋のさりげない優しさに、また今日も千尋を好きになった。
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