おまけ①



「どうしよう……。」


 なんで怒ってるのって千尋がメッセージをくれたのに、既読無視をしてしまった。


 別に怒ったわけじゃない。単純に悲しかったのだ。


 普通に考えれば、分かることだ。私みたいなギャルと付き合っているってバレたら、千尋は恥ずかしいだろう。


 それに、千尋は成績が良いけど、私はそうじゃない。元々、釣り合いのとれていないカップルなのだ。


 それなのに私は、千尋に嫌な態度をとってしまっている。さっきだって、HRが終わって千尋は私の方を見て何か話しかけようとしてくれたのに、私はガン無視して教室を飛び出した。


「なにやってんのよ~。」


 私は女子トイレの洗面台の鏡の前で、1人地団駄を踏んだ。


 付き合い始めてから、急に千尋がたくさん喋ってくれるようになって、浮かれていた。それだけに、勝手にショックを受けて勝手に千尋を無視している。


「こんなんじゃ可愛い彼女になれないよ。」


 私は鏡に映っている自分に話しかける。


 ……このつけまつげとか、アイラインとか、ピアスとか、巻き髪とか。どうにかしたら、千尋は私が彼女でいることを許してくれるかな。


「千尋のためなら、これくらい。」


 ずっと話もできなかった期間を思うと、千尋をつなぎとめておけるのなら、なんだってする。千尋には、私と楽しい恋愛をしてほしいから。


 私はスクールバッグに入れてある化粧ポーチとヘアアイロンを取り出した。


 髪の毛の色はどうにもできないけれど、化粧と巻き髪はどうにかできる。


「あれ。蓬ってば何してんの?」


 鏡に精いっぱい顔を近づけて化粧を直していると、親友の百合子ゆりこがトイレに入ってきた。百合子も私たちと同じクラスだ。高校で出会った友だちだけど、波長が良く合うから一緒にいる。


「……化粧直し?」

「なに。バイトの面接でも行くの?そんなの言ってたっけ?」


 つけまつげを外そうとしている私の姿を、腕組をして訝し気に見ている。その様子が鏡越しに見える。


「ううん。……デート。」

「デート?まじで?」

「……うん。」

「へえ。」


 百合子の顔が、訝し気な表情から含み笑いへと変わった。


「なに。良い人ができたの?」

「わっ。ちょっと。ずれるから。」


 アイラインを引きなおしているのに、百合子は私の肩を組んできた。


「ごめん、ごめん。で、誰よ。」

「……。」

「えっ。言えないような感じの人なの?」

「……同じクラスの恩田千尋。」


 一番仲良しの百合子には黙っておけない。百合子は人にベラベラと喋るような子じゃないから、大丈夫だろう。


「ああ。やっぱり。」

「やっぱり?!」

「だってあんた、昼休みの度に恩田のところに行ってたじゃん。よかったね、うまくいって。そっか、そっか。」


 百合子には、私の気持ちがバレていたみたい。


「でも。千尋は、私と付き合っているのがバレるのが恥ずかしいみたいで。」

「え。そんなこと言われたの?」

「私と付き合ってることがみんなに知られたら、変に思われるって。私と千尋が仲良くしているのを見られたら困ることになるんだって。」


 昼休みに起きたことの顛末を百合子に話すと、百合子は腕組をしてロダンの考える人みたいな仕草をした。私、なにか変なこと言った?


「それって、別にバレるのが恥ずかしいとかじゃなくない?」

「え。」

「多分だけど。恩田って地味なタイプでしょ。だから、恩田があんたと付き合うことが恥ずかしいんじゃなくて、あんたに恥ずかしい思いをさせるんじゃないかって心配なんだと思うよ。だって普通、ギャルと地味な人が付き合いだしたら、吃驚するじゃん。」


 私が恥ずかしい思いをするの?


 そんなこと、これっぽっちも考えたことがなかった。むしろ、みんなに千尋は私の彼氏なんだって言いたいくらいだった。


「蓬のきもちも大事だけど、恩田の気持ちも考えてやりなよ。あんたと付き合うって決めたのも、大変だったろうに。」


 百合子のその言葉は、私の胸に深く刺さった。


 昼休みのとき、千尋は私を呼び止めたのに、私はそれを聞かずに教室に入った。千尋の話を勝手に決めつけて、既読無視だってしてる。


「……私、千尋の話聞く。」

「うん。じゃあ、とびきり可愛くしていかなきゃね。」

「うん。百合子、ありがとう。」


 私は、巻いていた髪の毛をストレートにして、アイラインも薄く引きなおした。いつもと違うナチュラルメイクにして裏門に向かう。


 裏門に着くと、誰もいなかった。ほっとしたような、不安なような複雑な気持ちだ。


 千尋、来てくれるかな。


 私は校舎に背を向けて、裏門の外で千尋を待つ。


 清楚系にしたの、驚いてくれるかな。可愛いって思ってくれるかな。


 誰も来ない裏門には、姿の見えない部活生の声がこだましている。


 来てくれるか分からない千尋を待つ時間は、1時間にも2時間にも思える。何度もスマホで時間を確認するけれど、私がトイレを出てここに着いてからまだ10分しか経っていない。


「ふう。」


 緊張しすぎて1つ息を吐く。すると、背中から誰かが歩いてくる音がした。1歩1歩こちらに近づいてくる音が、まるでスローモーションのように聞こえる。


 その足音は、私の目の前で止まる。


「蓬さん。」

「……遅いよ。」




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