おまけ①

 高校2年生になって、やっと千尋と同じクラスになれた。


 どこの高校に行くか、千尋の進路を千尋のお母さんから聞いて決めたのに、1年生の時はクラスが離れていたから、話しかけるチャンスが見つからなかった。


 ところが、同じクラスになって1ヶ月以上経った今でさえ、千尋は私とまともな会話をしてくれない。


 昼休みに少女漫画を読む邪魔をしているのがよくないのだろうか。


 でも、その時間じゃないと、千尋と話すチャンスがない。


 普通の休み時間にも、千尋は少女漫画を読む時にベランダへ行っている。けれど、普通の休み時間だと私は友だちと喋っているから難しい。


「1ヶ月かけてもまともに話せていないのはやばい。」


 ここ5年くらいちゃんと話せていなかったのが、私と千尋の間に隔たりをつくっている。


 話さなくなったのは、私と千尋の間に喧嘩とか何かがあったわけじゃない。ただ、「何もなかった」のだ。


 千尋は千尋の世界をつくり、私は私の世界をつくった。そのことが、私と千尋の間に徐々に壁をつくっていったのだ。


 私は何もしなくても、「家が隣だから」ということに胡坐をかいていた。


 ただ好きでいればいいと思った時期もあった。でも、千尋と同じクラスになってから、千尋を見ているのは私だけではないことに気づいた。


「ここは、幼馴染の特権をいかさなければ。」


 私には、千尋の好きなものが分かる。それが、バナナチョコクレープだ。


 千尋が昔からバナナチョコクレープに目がないことは知っている。千尋のお母さんの話で、今も好きなことはリサーチ済みだ。


「お母さん、台所つかってもいい?」

「あんまり汚さないでよ。」

「分かってる。」


 夜ご飯を食べ終えてから、私は台所を占領した。時間を確認すると、20時。


 千尋が今日、バイトに行っていることはチェック済み。千尋は19時の時点で家に帰ってきていなければ、大体の確率でバイトに行っているのだ。


 あと2時間くらいで帰ってくるはずだから、急いでバナナチョコクレープを作らなければ。


「いいにおい。」


 バナナチョコクレープを作っていると、台所に弟のなつめが入ってきた。


「なに。俺の?」


 中学2年生になって、コイツは生意気にもピアスを開けた。私の真似らしい。中学の先生にこっぴどく怒られて、両親にも引きずられるくらい怒られていた。


 私に似てお馬鹿さんなんだから。


「あんたの分じゃない。余ったらあげるよ。」

「余るの?」

「失敗したらね。」

「なんだよー。男にあげるのかよー。色づきやがって。」

「どっちがよ。」


 生意気な口を叩きながら、棗は冷蔵庫から500mlのコーラのペットボトルを出すと、それを持って台所を出て行った。


 あいつ。また、お父さんのコーラをパクってる。


 棗に邪魔をされたせいで、1つ目のクレープ生地は失敗した。


 2つ目は、なんとなくうまくできた。薄く仕上げるのが難しい。でも、これくらいの厚さなら大丈夫でしょう。


 5枚つくって、そのうちの2枚を厳選して、バナナとチョコレートソースの盛り付けを行った。所要時間、約1時間。

 

「早めに作り終わっちゃったな。」


 2つのバナナチョコクレープを持って、2階にある自分の部屋に行く。そして、窓を開けて外を除いた。私の部屋からは、千尋の家の玄関先が見えるのだ。


 千尋はいつもそこに自転車を停める。まだ、自転車はない。

 

「……メッセージカード。つけてみるか。」


 せっかく女子っぽいことをしてアピールしようとしているのだから、ここはとことんやらないとダメでしょう。


 窓を開けたまま、メッセージカードを勉強机の引き出しから出す。


 ……。しかし、いざ、メッセージカードを書くとなると、難しい。


 かれこれ、40分くらいカードとにらめっこをしている。


「千尋と、仲良くなりたいな。」


 そんな思いを込めてメッセージカードを書く。内容はこれでよかったのか、分からない。だけど、千尋の好きなものを私も知ってみたい。


 そうこうしているうちに、開けた窓の外から自転車のブレーキの音が聞こえた。


「やば!」


 私は大慌てで自分の部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。


 千尋が家に入ってしまう前に声をかけないと!


 玄関を開けて千尋の家を見ると、千尋が自転車の鍵をかけているところだった。


 壊れそうなくらい動いている心臓の鼓動を少しでも鎮めるため、少しだけ深呼吸をする。

 

 私の心臓は、深呼吸しても意味がないらしい。口から心臓が飛び出しそうだ。


 さあ、勇気を出して声をかけよう。


 「千尋。今、帰りなの?」



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