おまけ②

 黄金色の空が星空のテーブルクロスを敷いたのは、早かった。


 千尋の顔色が見えないから少しだけ不安になるけれど、無様な自分の顔が見られないことを思うと、それでよかったとほっとしている。


 だって私の心臓は、信じられなくらいの速さで鼓動を打っている。緊張で手のひらが汗ばんでいる。


 私の鼓動の音が、隣を歩いている千尋まで聞こえてしまうのではないかと、さらに胸をドキドキさせる。


 千尋の彼女になれたなんて、信じられない。


「山崎さんは自転車じゃないんだね。」

「だって自転車って距離でもないじゃない。歩いて10分かからないんだよ。」

「そうだけど。」

「千尋はバイトがあるからでしょ。」

「まあ、ね。」


 週に3日くらいバイトをしている千尋。


 千尋のバイトをしている姿が見たくて、読みもしない雑誌を買いに行ったことが一度だけある。


「山崎さんは、なんで今日一日中寝てたの?夜更かしでもした?」

「夜更かしっていうか……。よく、眠れなかったから。」

「眠れなかった?なにかあったの?」


 千尋のことを考えていて眠れなかったなんてばかみたい。だけど私はもう、素直になろうって決めたんだ。


「……昨日、千尋にクレープあげたでしょ。メッセージカードもつけてたし。千尋がどう思うのかなって考えていたら眠れなかったの。」


 オススメの少女漫画教えてだなんて、千尋を馬鹿にしてるって思われないか心配だった。だけど、千尋は律義にそれに応えてくれた。だから千尋は私が思っているほど、私のことを嫌っているわけじゃないって思えた。


「え……。そっか。僕と同じだったんだ。」

「え?」

「僕も昨日は夜更かししたんだ。山崎さんにオススメの少女漫画を厳選するのに、時間がかかったんだよ。」

「そ、そっか。」

「うん。」

「……。」

「……。」


 私たちの間に沈黙が流れる。だけど、嫌な静寂じゃない。どこか心地よくて、沈黙も千尋の呼吸さえも愛おしいと思える。


 もう、「何もない」私たちの関係とは違うんだ。


 ドキドキして言葉にならない。


 私、ちゃんと少女漫画みたいな恋、できてるのかな。帰ったら、千尋が貸してくれた漫画をちゃんと読んで勉強しなきゃ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る