第18話 最後の文化祭2日目と男子高校生②

第18話 最後の文化祭2日目と男子高校生②

 窓の外では浮かれた音楽や賑やかな声が飛び交っているというのに、僕たちの居る多目的教室はまるでその世界から切り離されでもしたかのように、しんと静まり返っていた。僕と一臣くんと吉永さんの3人は、文化祭に溶け込んでいないように思えてくる。


「……俺、千尋のことずっと好きだったよ。」


 そんな中で、ぽつりと言葉を落としたのは、一臣くんだった。


「うん。ありがとう。」


 石川さんに言われたことは本当だったんだと思うのと同時に、一臣くんの口から聞けたことを嬉しいと思った。


「千尋に伝えるつもりなくてさ。でもこんな形で伝わってしまって……。」

「それは一臣くんのせいじゃないでしょ?」

「それはそうだけど。でもそれで千尋に嫌な思いをさせるのが嫌だったんだけど……。でもさっき廊下で吉永さんと二人で話しているのを聞いて。ああ俺の気持ちを肯定してくれるんだなって思ったら涙が止まらなくてさ。」

「嫌な気持ちになるわけないじゃない。一臣くんの気持ちに応えられなくて申し訳ないとは思うけれど……。だけど僕にとって一臣くんは大切な親友だもん。一臣くんだって、そう思ってくれているんでしょう?」

「千尋……。」


 一臣くんは、右目から綺麗な雫を1粒落とした。


「ありがとう。俺はもう、そう言ってもらえるだけで十分だし、なにより俺自身が、千尋とは親友で居たいって思ってるんだ。」

「そんなの、こっちがありがとうだよ。それより、一臣くん自身は大丈夫なの?色んなところで噂されているから、針の筵じゃないの?」

「いや……。まあ、色々な目を向けられはするけど、仲良いやつらは“気にすんな”って言ってくれてるからさ。それも、千尋……それに吉永さんのお陰だよ。」

「あら。そこにはちゃんと山崎さんも加えた方がいいわよ?」

「確かに。」

「えっ。蓬さん?」


 そこで、蓬さんの名前が出たことを僕は不思議に思った。吉永さんが一臣くんの気持ちを知っていることは知っていたけれど、蓬さんもなの?


「そうそう。蓬には宣戦布告してたから、知ってるんだよ。蓬もすごいよな。男に宣戦布告されても受け入れちゃうんだもんな。そういう意味でも蓬には完敗だよ。吉永さんと蓬にずっと俺の恋バナ聞いてもらってたんだから。」

「意中の相手の恋人に聞いてもらう丸林くんも、相当なメンタルだと思うけどね。」

「そ、そうだったんだ……。」


 でも、蓬さんならありえると思った。彼女は誰かを否定することもしないし、つきつけられた勝負は正面から受けて立つ。そういう人だから可愛いと思うし、一緒にいて清々しいと思うのだ。


「ふふっ。」

「どうした?千尋。急に笑い出して。」


 突然噴出した僕に、一臣くんも吉永さんも不思議そうな眼差しを向けてくる。


「いや、なんか面白いなと思って。少女漫画っぽい。」

「少女漫画ってよりも、BL展開じゃない?でもBLだったら恩田くんが丸林くんに振り向くところだけど、そうならないのが現実は世知辛い……。」

「あ。吉永さん、千尋にカミングアウトしたの?」

「うん。カミングアウトというかバレてたというか、まあそんな感じよ。」

「ふふっ。みんな違ってみんないいね。」

「金子みすゞかよ。」


 その後は3人でお腹を抱えて笑った。こういうのを青春と呼ぶのかもしれない。誰かの想いと誰かの想いが交錯する中に僕たちは生きてるんだなと思った。


「だけど、一臣くんの汚名返上できる場ってないのかなあ。これから卒業まで変な目で見られるのって、一臣くんはよくても僕は嫌だよ。こんなに素敵な人なのに。」

「千尋……。でも、こればっかりは俺がやってきたことの償いでもあるしさ。」

「償い?」

「女癖が悪かったことでしょ。」


 ずばっと切り込む吉永さんの言葉に、一臣くんは痛いところをつかれた顔をしている。なるほど。石川さんとの今回の件は、一臣くんのチャラ男時代の宿業というわけなのか。


「そうねえ。だからといって、石川さんも人の性的指向をばら撒いていいわけじゃないしね。」

「それに俺、ゲイじゃなくてバイだしね。」

「それについては、私に良い考えがあるのよ。それに午前中のうちにエントリーしてきたし。」

「エントリー?」


 吉永さんは楽しそうに口端をあげながら、かけている眼鏡をくいっとあげた。僕と一臣くんは何だか嫌な予感しかせず、背筋が凍る。どうか、変なことじゃありませんように。






 3人での話が終わった後に、とりあえず何かお昼ご飯を食べようということで、多目的教室から出た。すると、廊下に居た人たちからの視線を感じる。僕たちが噂の渦中だからだろうと思い、気にしないようにして廊下を歩く。


「何食べる?」

「なんだかんだたこ焼きとかホットドッグとかを食べてないんだよね。」

「あー。それは俺もだわ。そういうの買いに行くか。」


 食べ物の屋台は校庭に並んでいるため、昇降口へと向かう。その途中だった。


「恩田!こんなところに居た!」


 額に汗をにじませている野久保くんが、見たこともない焦った様子でこちらへと向かってきた。どうやら、僕に用事があるらしい。


「どうしたの?そんなに慌てて。」

「それが、蓬が……。」

「蓬さんがどうかしたの?!」


 蓬さんの名前が出た瞬間、僕の身体には悪寒のような熱のような痺れが走る。蓬さんに何かあったらと思うと、居ても立っても居られなくなる。


「5組の石川たちと揉めてる。」

「ええ?!」

「石川さんたちと?!」


 石川さんの名前が出ると、一臣くんも吉永さんも血相を変えた。蓬さんと石川さんに何かあるとしたら、僕たちの噂以外でありえない。


「どこで揉めてるの?!」


 僕たちは野久保くんの後について、蓬さんと石川さんが揉めているらしい場所へと向かった。運動不足な僕は足の速い野久保くんや一臣くんに着いて行くのがやっとだったけれど、蓬さんことを思ったら体が動いていた。


 野久保くんに連れられてやってきた5組の教室には、人だかりができていた。どうやら、蓬さんは教室の中に居るらしい。


 人垣をかき分けてなんとか5組の教室の中へと入ると、腕組をした蓬さんと石川さんがにらみ合っていた。これからファイトでも始まるのかという雰囲気だ。人混みの最前列へと飛び出せはしたものの、やめるように声をかけられるような空気感ではない。


「石川さんは、一体何がしたいの?」


 そんな中で先に声を発したのは、蓬さんだった。怒っているというよりも、話を聞こうとするトーンだったため、僕はほっとした。


「は?」


 それに対して、喧嘩腰だったのは石川さんだった。蓬さんは一瞬だけこめかみをぴくりと動かしたけれど、表情は変えなかった。


「一臣がゲイっていう噂を流したのも、一臣の好きな人が千尋だっていう噂を流したのも石川さんでしょ?なんでそんなことするの?」

「噂流したっていうか、事実でしょ。事実を話して何が悪いの?」

「事実だからって何でも話していいの?」

「だって別に嘘を流してるわけじゃないしさ。それに、丸林くんって女の子にモテるから、傷つく前に教えといてもらえてよかったと思ってる女の子、一杯いるんじゃないのかな?」


 石川さんは、にやにやと笑いながら、僕たちの方を見た。彼女の姿を見て、どうして自分が好きだった人にこんな仕打ちができるんだろうと思った。


「……まあ、一臣のことはどうだっていいのよ。」


 一瞬、時が止まったように感じた。「え?どうだっていいの?」っていう顔を、僕も一臣くんもギャラリーもしている。蓬さん、じゃあなんで石川さんにタイマンはってるの?


「千尋のことを巻き込むのは止めてくんない?」

「ああ、山崎さんの彼氏だっけ。彼氏を男に略奪されそうになって気が立ってるのー?」

「いや、そういうことじゃない。千尋に因縁つけるのをやめろって言ってんのよ。千尋が石川さんに何かしたの?違うでしょ。石川さんが勝手に千尋に負けただけでしょ。」

「なっ……!」


 石川さんは顔を真っ赤にさせた。


「でも、私は事実しか言ってないから!」

「石川さんが誰を好きだとか誰に恨みを持ってるだとかは勝手だけどさ、誰かを傷つける行動は勝手じゃないよ。じゃあ石川さんのことも、事実なら何でもバラしていいのね?」

「は?私のこと?」

「そう、石川さんのこと。何でもみんなに聞いてもらっていいんでしょ?」

「な、なんのことよ。」

「ふーん。なんのことかここで話してもいいんだ?私はいいのよ。石川さんの理論でいくなら、事実ならなんでも話して構わないんでしょ?」

「……ちっ。……大体、気持ち悪いのよ。なに?男が男を好き?きもすぎでしょ。しかも、可愛い男の子が好きなのかと思ったら違うじゃん。普通に男じゃん。きもいじゃん。それなのに、女の子にモテてるとか普通に詐欺でしょ。だから私はみんなに教えてあげたのよ。それの何が悪いの?きもいものをきもいって言っただけだし。」


 どうしてそんな風に平気で人を傷つけることを言えるのだろうと思った。


「だからって、それで一臣くんが石川さんのことを傷つけたのかな?」


 僕は、大切な親友のことをそこまで言われて、黙っていられなかった。


「さっきも言ったけどさ。どうして一臣くんがそこまで石川さんに言われなきゃいけないの?」

「はあ?きもいものをきもいって言ってるだけじゃん。私もさっき言ったけど、男同士なんて生産性ないんだからね。人間だって動物なんだから。子孫残さなきゃ意味ないんだよ。」

「そういう話じゃないでしょ?石川さんがそう思うのは自由だし、そういう主張をするのは自由だよ。だけどだからといって、石川さんが一臣くんを傷つける理由にはならないでしょ。」

「じゃあゲイってことを隠されたまま丸林くんのことを好きになった女の子はどうなるの?その女の子だって傷つくじゃん。だから私はみんなに教えてあげてるだけよ。」


 石川さんとの話は平行線で、折り合いがつかないと思った。


「僕が蓬さんのことを好きなように、ただ一臣くんだって好きな人が居るだけだよ。それの何がいけないの?」

「だから、恩田くんのことを好きな女の子だって、山崎さんと付き合っているってことを知れば告白しないわけでしょ?それと同じことを私はしてあげているだけよ。」

「一臣くんが傷つくかもしれないのに?そもそも、それだって余計なお世話じゃない?一臣くんが自分で言うならまだしも、石川さんに広める権利ないでしょ。それに、石川さんはどうやって一臣くんの性的指向のことや好きな人のことを知ったの?本人に聞いたわけじゃないんでしょ?」

「丸林くんから直接聞いたわけじゃないけど、でも丸林くんだって普通に聞こえるような声で話してたのも悪いんじゃない?私のお姉ちゃんがコメダでバイトしててさ。そこで丸林くんが恩田くんのことを好きだって話してたって聞いたのよ。だから、私は直接聞いたわけじゃないけど、直接聞いた人から聞いたのよ。」


 石川さんの強気の言葉に、5組に集まっている人たちがざわめく。「結局石川さんは何がしたいの?」という声や「丸林くんってやっぱりゲイなんだ。ショック。」という声も聞こえる。


「もう、いいよ。」


 そんな混沌を終了させるゴングの合図が出た。僕が振り向くと、人垣から飛び出たオレンジ色の髪の毛。一臣くんは頭を下げて後頭部をがしがしと掻いているため、その表情はよく見えない。


「石川さんも別に、もう俺のことどう言ったっていいから。でも、千尋のことを好きだっていうのは俺だけの問題じゃないから勘弁してあげて。“丸林くんって男好きらしいよー”くらいならいいから。蓬もそれだったらいいだろ?千尋が巻き込まれたのが嫌だったんだろ?」


 一臣くんは笑顔を張り付けて、蓬さんに話を振った。


「……一臣が良いなら良いけど……。……でも、石川さんに言いたいことが1つだけある。」


 石川さんの眉毛がピクリと動いた。その顔は「まだ何か言いたいことがあるのか」とでも言いたげだ。


「男に負けて悔しかったのかもしれないけどさ。もし一臣が千尋のことを好きじゃなかったとしても、一臣はあなたとは付き合わなかったと思うよ。だから、千尋に因縁つけるのはお門違い。それに、こんなことするより自分のことを大事に思ってくれる人を大事にした方が良いよ。」


 蓬さんは「千尋行こう」というと、僕の腕を引っ張って人垣の中に入る。僕は後ろ髪をひかれるように石川さんを振り向くと、一臣くんが石川さんに声をかけてその肩をぽんとしてこちらに向かってくるのが瞳に映った。


「一臣、ごめん。」


 5組の教室を出て、多目的教室で野久保くんたちや穂高さんも含めて集まっていると、蓬さんは一臣くんに向けて頭を下げた。


「千尋が石川さんに因縁つけられたって聞いて居ても立っても居られなくなってしまったけど、私が出しゃばることじゃなかった。本当にごめん。石川さんと話しているうちに、段々と“これって私のいうことじゃないよな”って思えてきて。」

「蓬さん……。」


 多目的教室に居る人たちが、頭を垂れる蓬さんに注目している。一臣くんは、「はー。」と溜息を洩らすと、蓬さんの後頭部をぽんと撫でた。


「蓬が謝る必要はないよ。むしろ、怒ってくれてありがとう。蓬が怒ってなかったら俺が怒ってたし。」

「一臣は自分のことだから怒っていいじゃない。」

「いや。やっぱり、男子が女子に怒鳴るのはちょっとなあ。それに俺が怒ったら収拾付かなくなるだろ。」


 はははと一臣くんは照れくさそうに笑った。自分じゃない誰かが自分のことで怒ってくれるのは嬉しい。一臣くんはひょっとしたら、そういう気持ちを感じているのかもしれない。


「それにしても、一臣が恩田のこと好きだなんて知らなかったよ。」


 空気の読めない発言をしたのは、野久保くんだ。あっけらかんとしてそう言ったため、一臣くんもどこか安心したように噴出している。


「いや、言うわけないし。」

「そうだけどさー。俺たちだって友達だろー?」

「友達だからこそ言えないこともあるだろ。」


 背の高い野久保くんと一臣くんが肩を組み合うと圧巻だ。“ザ☆男の友情”という雰囲気が醸し出される。


「それで。恩田はどうするの?一臣と付き合うの?」


 そして、野久保くんは大真面目な顔で質問をしてきた。みんなの前でなんてことを言ってくれるんだ。


「あっ!それについては恩田くん、まだ返事をしないで!!!」


 僕がなんて言おうかと答えに窮していると、意外なことにそこに割って入ってきたのは、吉永さんだった。僕たちがキラキラグループと一緒に居るときに吉永さんが入ってくることはほぼ無いのに、今日は必死だ。


「何かあるの?」


 穂高さんが尋ねると、吉永さんが胸を張って答えた。


「この後の体育館でのイベントに、丸林くんと恩田くんでエントリーしてきたから。そこで、思いのたけをぶつけ合って頂戴よ。」


 あまりにも誇らしげに言うものだから、蓬さんが噴出した。


「イベントって、告白大会のこと?」

「そう。そこで、みんなの前で告白した方がいいと思うの。」

「なんでまたそんな余計に事を荒立てるような……。」


 穂高さんが心配してくれたけれど、吉永さんはそれを「ノン、ノン、ノン」と一蹴した。


「みんなが気になっていることだからこそ、みんなの前でやった方が良いと思うのよ。ついでに、丸林くんはゲイじゃなくてバイだってことも言ったらいいじゃない。そうすれば、噂に尾ひれがついてあることないこと言われるより幾分かマシだと思うの。要は、芸能人で言うところの記者会見のようなことね。」


 饒舌な吉永さんに、野久保くん、駒田くん、佐藤くんは呆気に取られている。「吉永さんってこんなキャラなの?」と思って居るのが、言わなくても伝わってくる。


「俺はいいけど……千尋はどう?」


 図体はでかいくせに、捨てられたような子犬の目をする一臣くんは、本当にずるいと思う。


「僕は一臣くんの名誉挽回のためなら何でもするよ。だって僕は、正直に答えればいいんでしょ?」

「それさ、ちょっと待ったー!っての蓬がやったらいいじゃん。」

「はあ?なんで私が!」

「いいな!それ!見たいわ~!」


 野久保くんの提案に駒田くんが盛り上がってしまい、蓬さんは「私は絶対にやらないからね!!!」と騒いでいた。






 午後の当番を終わらせて一息ついていると、一臣くんが僕のことを迎えにやってきた。


「千尋、そろそろ行ける?」

「うん。行こう。」


 吉永さんがエントリーをした告白大会の出演者集合の時刻が迫っていた。僕と一臣くんは一緒に体育館へと向かう。その道中、僕たちのことを奇異の目で見つめる眼にたくさん出会ったけれど、堂々としていた。


「千尋、大丈夫?」


 体育館袖で控えているときに、念押しのように一臣くんに心配された。だけれど、僕はどこ吹く風だった。親友である一臣くんのためなら、僕は何でもしてあげたいと思ったからだ。


「それでは、次の方にまいりましょう!エントリーナンバー4番!3年2組丸林一臣くん!」


 体育館の檀上で司会から一臣くんの名前をコールされると、一臣くんは舞台袖の階段を駆け上がり、颯爽とステージへと出て行った。その背中はとても逞しいと感じた。そして、袖に居る僕のところにも、会場の歓声が聞こえる。


「丸林くんが告白なんて、珍しいですね!」


 司会は生徒会のメンバーが行っている。一臣くんはイケメンで有名人であるため、司会からもそんな言葉が飛び出した。


「もうめっちゃ好きな人が居て。これを機会に告白しようと思いました。」


 一臣くんがそう言っただけで、黄色い歓声があがった。僕は緊張で手に汗をかいており、足だって少し震えているはずなのに、その声を聞きながら、「この中に吉永さんと同じように歓喜している腐女子が居るんだなあ」とどこか冷静な自分がいる。


 うん。そう思えるなら、きっと僕は大丈夫だ。


「では、丸林くんが告白したい方に登場してもらいましょう!どうぞ!」


 司会からの掛け声を合図に、僕もステージへと飛び出す。その瞬間、体育館には地響きのような女子の声が木霊した。


 ああ、これはもう絶対に腐女子の歓声が混じっている。だけど、その中には真剣にショックを受けている女の子の姿もある。


 ライトに照らされて観客の表情はよく分からないけれど、歓声と体育館の空気感から混沌としていることがよく分かった。


「俺が告白したいのは、恩田千尋くんです。」


 マイクを渡された一臣くんが、僕のことを紹介してくれる。


「恩田くんとは、趣味が一緒で気の合う親友として、今も仲良くさせていただいています。そんな恩田くんに、今日は伝えたいことがあります。」


 一臣くんがそう言うと、会場からは「なーにー?」というレスポンスがやってきた。


「……実は俺は女の子も男の子も恋愛対象になるバイです。恩田くんと出会ってから、恩田くんの誠実さや賢さ、人の気持ちを思いやる姿に惹かれました。恩田くんのことが好きです。付き合ってください。」


 会場が「ぎゃー!」という歓声を上げる中、一臣くんは僕に深々と頭を下げ、握手を求める手を差し出してきた。僕が司会から渡されたマイクを持つと、会場に居る全員が僕の返事を、固唾を飲んで見守っている。


「ちょっと待ったー!」


 そんな中で声を発したのは、僕の大好きな人だった。モーゼの海のように人垣はさっと道を譲り、彼女は中央突破してステージへとたどり着く。


 呆気に取られている司会を横目に、蓬さんは一臣くんの隣に並ぶと、一臣くんのマイクを奪って僕に向き合った。


「小さい頃から恩田くんのことが好きで、私が告白してから付き合うようになりましたが、今でも毎日恩田くんのことを大好きになっています。これからもよろしくお願いします。」


 蓬さんはそう言うと、一臣くんに倣って勢いよく頭を下げ、握手を求める手を差し出してきた。


 どよめく会場からは、爆笑する声も聞こえる。この声は、野久保くんや穂高さんだとすぐに分かった。


「……2人とも、ありがとうございます。こんな風に想ってくれる人が居ることに、ありがたいしかありません。丸林くんは、僕の初めての親友です。だから、これから先も親友として仲良くしてもらえたら嬉しいです。そして、山崎蓬さん。」


 僕は蓬さんが差し出した手をとる。


「僕はあなたのことが大好きです。これからも僕の恋人で居てください。」


 そう言った瞬間、会場からは大拍手とピューという口笛がどこからかなりだした。


「恩田くん、山崎さんおめでとうございます!では、失恋した丸林くんはバカヤロー!と言いながら去ってください!」


 司会の誘導通りに、一臣くんは「バカヤロー!」と言いながら、袖に走り去っていった。僕と蓬さんは手を繋ぎ「ではカップルの強い絆にもう一度大きな拍手を!」という司会の掛け声で大きくなった拍手の中、二人で視線を合わせながら袖へと降りた。


 その後は僕たちの告白大会のことで話題は持ち切りだった。でも、一臣くんが自分の口できちんと話をしたことで、誤解のないように話が広がっているようだと、篠原くんに教えてもらった。


 あの告白大会は先生たちも見ていたようで、文化祭終わりのHRでは西野先生にイジられた。でも野久保くんが「恋愛は自由だから!多様性認めていこうぜ!」と主張をしたため、みんなから変な目で見られることはなかった。


「千尋、帰ろう。」

「うん。」


 HRが終わった後に、蓬さんと一緒に帰る準備をする。その最中に吉永さんの方を一瞥すると、吉瀬くんのところに近づいて行っていた。どうやら、話をするようだ。


 それだけで、僕はなんかいいなと思った。色々な人の意見があって、それを認めあっていくためには、お互いが諦めずに話を重ねるしかない。お互いの意見を尊重し合う中にこそ、世界は広がっていけると思うのだ。


「それにしても、あっという間というかなんというか怒涛の文化祭だったね。」


 星のカーテンを纏った空の下で、僕は大好きな彼女の手を握りながら歩く。この一瞬一瞬がもう戻れない時間なのかと思うと、急に寂しさがこみあげてくる。


「まさか、一臣のことで大騒動があるとは思わなかったわ。」


 なんだかんだ楽しかったのか、蓬さんは笑顔を漏らしながらそう言った。振り返ると、僕もなんだかんだ楽しかったように思う。ハプニングはできれば起こらない方がいいなあと思うけれど、一臣くんのことを真剣に考えていた時間は充実していたように思う。


「本当にそうだね。でも、一臣くんとより絆が深まったように思うよ。」


 告白大会終了後の袖では、僕と一臣くんは熱く抱き合った。一臣くんからは恋愛感情というより、男の友情を感じられた。


「千尋に生涯の友人ができてよかった。」

「生涯の友人になれたのかな?」

「これからそうしていくのよ。私たちはきっと、これからも色々な人と出会っていくけれど、その色々な縁の中で生かされていくのよ。」

「そうだね。」


 できれば、蓬さんとの縁はずっとずっと繋いでいたい。でもそれは勝手に繋がり続けるものじゃないから、お互いに大事にしていかなきゃ成しえないものなのだ。


「受験がんばろー!」


 蓬さんが拳を空へと突き上げると、僕も「おー!」と言ってそれに倣った。

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