第4話 友達と男子高校生
第4話 友達と男子高校生
「恩田って少女漫画読むのが趣味なの?」
今、僕の目の前には典型的なチャラ男がいる。僕にとっては、普通の休み時間だったはずだ。今日は外の天気が悪かったから、自分の席で読書をしていた。
読書とはもちろん、ブックカバーをつけた少女漫画だ。教室で読書をする場合は、細心の注意を払う。クラスメイトに中身がバレてからかわれるのだけは絶対に避けたいからだ。
ブックカバーをつけて何を読んでいるのか分からないはずなのに、目の前にいるチャラ男は僕が何を読んでいるのか知っていたから驚いた。
髪の毛をオレンジ色に染め、右耳に3つの穴と左耳に1つの穴が開いている。くっきりした二重の瞳と筋の通った鼻は、男の僕から見てもほれぼれする。
唇だって男子の割にセクシーだし、そこから紡ぎ出される声はバリトンボイスでカッコイイ。まさしく、こういう人をイケメンと呼ぶのだ。
その名も、
僕の前の席に座って、僕の席の机に頬杖をついて、ニコニコとこちらを見ている。何を考えているのかが、まったく読めない。
「何系読んでる?俺さ、昔からりぼんが好きでさ。今も好きなんだけど、今はデザート読むのにハマってんだよね。」
僕は、目を瞬かせた。丸山くんの口から出てきた単語が、正常に情報処理できない。りぼん?デザート?それは、僕の聞きなれた単語で理解して良いのか?
「恩田、どうした?」
「え。だって、りぼんとかデザートとかって……。少女漫画の話?」
「おう、そうだよ。それ以外になにかあんの?」
衝撃的すぎて、驚いたを通り越した。だってまさか、こんなイケメンが少女漫画を読むなんて、誰が想像できるであろうか。
「恩田が少女漫画読んでるのみかけてさ。男で読んでるやつって、中々いないじゃん。そんで嬉しくなってさ。」
「そう、だったんだ。」
「おう。」
屈託のない笑顔を向ける丸山くんの瞳は、嘘をついているようには見えなかった。それに、からかっているともちょっと違う気がした。
「僕は、色々読むかな。花とゆめも読むし、Syo-Comiも読むよ。別冊マーガレットも好きだなあ。」
「分かる。俺、何気に別冊フレンドも好きなんだけど。」
「ああ。僕も読むよ。僕の入り口はなかよしだったんだけど、ちゃおとりぼんに手を出してからは、色々な少女漫画を読むようになったなあ。」
「なかよしか。俺はやっぱりりぼんだったなあ。恩田はいつから読んでんの?」
「僕は小学生にあがった頃かな。姉が持っていたなかよしを興味本位で読んだのがハマったキッカケだよ。丸林くんは?」
丸林くんには、少女漫画にハマる要素が感じられない。
「俺も姉ちゃんだな。俺実は、ガキの頃は姉ちゃんに女装させられててさ。それで、少女漫画読むのも強要されたんだけど、これ面白いじゃんって。」
丸林くんの小さい頃の女装はきっと、可愛らしいんだろうなと思った。
「なに。一臣と千尋が喋ってるのって珍しいじゃん。」
丸林くんとの話が盛り上がり始めたところで、蓬さんが僕たちのところにやってきた。蓬さんと丸林くんはキラキラグループなので、仲が良い。廊下で喋っているのもよく見かける。
「いや、趣味の話でさ。」
「2人に合う趣味とかあったっけ?」
丸林くんと蓬さんのその会話で僕はすぐに理解した。丸林くんは、蓬さんにカミングアウトしていないのだ。
「ゲームの話だよ。僕がハマっているゲームを丸林くんもやっているらしいんだ。」
僕は、丸林くんに助け舟を出すことにした。ゲームなら、蓬さんも変に思わないだろう。
そっと丸林くんに目配せすると、「ありがとう」とでもいうような視線を返された。
「え?千尋って、ゲームなんかするっけ?」
「するよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
実はゲームなんかやらない。携帯ゲームですらですらやらない。だけどここは、ゲームで押し通すしかない。
「じゃあ私もそのゲームに混ぜてよ。千尋と一緒にやりたい。」
……なんてこった。
「蓬さん、ゲームなんてやらないでしょ。」
「千尋がするなら、始めるよ。」
「素人ができるようなやつじゃないから。」
「えー。なんでよ。できるよ。」
どうしよう。どうやったらこの危機的状況を回避できるんだろうか。
「蓬には無理だと思うよ。」
そこで、丸林くんが状況を見かねたかのように、言葉を発した。その顔を見るに、何か策があるらしい。
「なんでよ。」
「だって、女の子がやるようなやつじゃないもん。」
「なによ、一臣まで馬鹿にして。」
「いや、馬鹿にしてるんじゃなくて。つまりさ、男子だけが楽しくっていうか興奮できるゲームなんだよ。察してよ。」
僕は、あっと思った。そういう方面に持って行ったわけですね。
「察してって……。」
「分かるだろ。男だけがお楽しみできるゲームなんだよ。」
丸林くんは含み笑いをしている。とてもいやらしい笑顔だ。それでもイケメンだからすごい。
「……!」
蓬さんは意味が分かったらしく、僕の頭を強めにひっぱたいた。
「千尋ってば、信じられない!」
そう言うと、蓬さんは女の子の友達の方に走って行った。
蓬さん。割と痛いですよ。
「わはは。蓬ってば、おもしれー。しかし、ごめんね。俺の少女漫画趣味隠すのに付き合ってもらっちゃって。蓬にも叩かれちゃったし。」
「別に大丈夫。」
「でも、蓬と恩田が仲良いって知らなかったわ。同じクラスだから仲が良いの?」
「え?ああ……。蓬さんとは家が隣で。」
丸林くんに蓬さんと付き合っていることを話すかどうか迷った。なにしろ、丸林くんと会話をしたのはこれが初めてなのだ。
「え。それって幼馴染ってやつ?少女漫画的な展開とかあるの?」
でも、こう聞かれて嘘をつくのもどうかと思った。せっかく友達の蓬さんには知られたくない少女漫画趣味をカミングアウトしてくれたのに、それを否定するのは何だか気持ち悪いと思った。
「……少女漫画的な展開だと思ってもらえれば。」
少女漫画では、幼馴染同士でカップルになるのが王道だ。
「え!!!なにそれ。詳しく聞かせてよ。」
丸林くんは、まさに興味津々といった様子で、より顔を僕の方に近づけてきた。
……っ!イケメンって、顔を近づけてもイケメンなんだな!!!
「詳しくって言われても……。僕がこんな風に地味な感じだから、隠れてって感じで。登下校を一緒にするくらいだよ。」
「そうだったんだな。そういえば、ちょっと前に蓬に彼氏ができたけど教えてくんねえって仲間内で騒いでたな。それが恩田?」
「そうだね。」
「でもそれって、俺に言っちゃって大丈夫なの?」
丸林くんは、ニコニコと笑いながらだけど、何かを含んだような言い方をした。でもきっと、少女漫画好きの男子に悪い人はいない。
「丸林くんだってカミングアウトしてくれたでしょ。だから大丈夫かなって。」
「そっか。恩田っていいやつだな。」
丸林くんはそう言うと、僕の頭をグシャグシャと撫でた。
「最近、恩田の髪型がちょっとかっこよくなってんのって、蓬がしてくれてんの?」
「ああ……。なんか、蓬さんがワックスをくれて。」
そう言うと、蓬さんにワックスをもらったときのことを思い出した。やばい。妄想だけで蓬さんの匂いが漂ってきそうだ。
「いいなあ。俺も彼女欲しい。」
「丸林くん、いないの?」
丸林くんに彼女がいないなんて意外だと疑問に思ったけれど、その疑問は丸林くんの次の言葉によってあっさり解消された。
「そう。俺って、長続きしないの。」
そうだよね。丸林くんほどのイケメンになると、女の子も放っておかないよね。
「恩田たちは付き合ってどれくらいなん?」
「この間、1ヶ月経ったよ。」
「わお。めっちゃ楽しい時じゃん。エロいことはした?」
「んな!!!!!」
「わはは。ごめんって。初奴だなー。恩田にはそのままでいてほしい。」
丸林くんは楽しそうに僕の頭を撫でた。
「今度、恩田の家に遊びに行っていい?漫画読みたい。」
「いいよ。」
「じゃあ、連絡先交換しよー。」
丸林くんって、顔もイケメンだけど心もイケメンなんだな。こんな地味な男とも普通に喋ってくれるし。
「んじゃ、またな。」
「うん。」
休み時間の終わりを告げるチャイムと共に、丸林くんは自分の教室へと帰って行った。
丸林くんは不思議な人だな。でも、趣味が一緒だから普通に喋れたのだろう。じゃないと、僕があんなオレンジ色の髪の毛の人と普通に喋れるなんてありえない。
「千尋、待った?……なんであんたがいるのよ。」
丸林くんの顔を見るなり、蓬さんは怪訝そうな表情をした。それも無理もない。いつも蓬さんと2人で帰るときに待ち合わせしている裏門に、丸林くんがいるのだ。
「今日、恩田の家に遊びに行く約束しててさ。俺も一緒に帰っていいでしょ?」
蓬さんには、丸林くんに僕たちの関係をカミングアウトしたことを、カミングアウトした日に話した。その時も怪訝そうな顔をしたけど、「千尋がそれでいいなら。」ってことで、許してくれた。
「別に悪くはないけど、完全にお邪魔虫。」
「いいだろー。てか、恩田だって友達付き合い必要よ?」
丸林くんはそう言うと、僕の肩に腕を乗せた。丸林くんの方が背は高いから、肩を組むというよりも、絡まれている感じだ。
「……こうしてみると、千尋が一臣にカツアゲされているようにしか見えない。」
でしょうね!
「ま、いいけど。千尋に友達ができるのは嬉しいことだし、一臣はいいやつだし。」
千尋さんは怪訝な顔をしながらも、ちょっとだけ嬉しそうだった。僕、そんなに心配かけていたのかな。
その後3人で喋りながら帰宅をして、蓬さんとは玄関前で分かれて、僕の家に丸林くんをお招きした。
「うお。めっちゃあるじゃん!」
僕の部屋に入るなり、丸林くんはめちゃくちゃテンションを上げた。そして、僕の本棚に張り付くようにして、漫画を眺めた。
「毎月買い足すからそろそろ本棚がやばいんだよね。」
「分かる。俺も、漫画買うなら場所を確保してからにしろって母さんに言われているよ。」
漫画好きあるあるを話していると、僕の部屋のドアがノックされた。
「千尋。」
「はい。」
ドアを開けると、そこには二人分の紅茶とクッキーを乗せたおぼんを持った母さんがいた。
「これ。二人で食べなさい。」
「ありがとう。」
僕が友達を家に連れてきたのなんて、何年ぶりだろう。それこそ、小学生の時以来かもしれない。
「丸林くんも、ゆっくりしていってね。」
「ありがとうございます。いただきます。」
僕の部屋に丸林くんを案内する前に、1階のリビングにいた母に紹介していた。丸林くんのイケメンさに、母も驚いていた。
「先に食べちゃう?紅茶、冷めたらアレだし。」
「そうだね。」
丸林くんと談笑しながらおやつを食べた後は、二人で漫画を読み漁った。
「千尋。今日、バイト終わりに行くな。」
「ああ、うん。」
一臣くんと仲良くなってから、僕は一臣くんとの時間が増えた。
「……また一臣と遊ぶの?」
下校中、蓬さんは怪訝そうな顔でそんな質問をしてきた。そういえば蓬さんと二人きりで帰っているのは、久しぶりかもしれない。
「え、ああ、うん。」
なんだか申し訳なくて、つい歯切れの悪い言い方をしてしまった。
「……ふうん。」
蓬さんは何か言いたげだけど、言いそうにない。それが何だか気まずくて、僕は話題を変えることにした。
「そういえば、体育祭の実行委員会。大変そうだね。今日は、昼休みまで集まっていたもんね。」
夏休みに入ったら、蓬さんは体育祭の準備でもっと忙しくなるのだろう。でも、1度くらいは二人でデートに行きたい。
「なんか、お祭り大好きな人ばかりでさ。集まり必要ないのに集まりたがる人とかもいて。千尋だってこの間、文化祭実行委員会始まっていたじゃない。忙しくなるの?」
「僕らはまだ時間があるからね。この間は顔合わせだけだったよ。今度、文化祭でどんなことをやれるのか確認事項があるくらいかな。」
「お互い、なんだか忙しいね。」
「そうだね。」
そんな話をしながら、僕と蓬さんの家のある住宅街への曲がり角を曲がろうとしたとき、「蓬!」という声が僕たちの背中から聞こえた。
僕と蓬さんが振り向くと、野久保くんがこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「え、なに?どうしたの?」
「いや。蓬の姿が見えたから。」
野久保くんは僕の方を一切見ずに、蓬さんに笑いかけた。焼けた肌に白い歯が良く似合う。
……野久保くんってもしかして、蓬さんのことが好き、なのかな?
「てか、なんで蓬と恩田が一緒にいんの?珍しくね?」
僕を一瞥した野久保くんの顔は、一瞬鬼のような形相だった。多分、蓬さんからは見えていないだろう。
「えっと……「幼馴染なんだ。」
蓬さんが返答に困っている声にかぶせるように、僕が答えた。
「山崎さんと僕は家が隣同士なんだよ。さっきたまたまそこで会ったから一緒に帰ってたんだ。何か問題あった?」
握りしめた拳の中では大量の汗をかいていた。僕にとって野久保くんはちょっと怖い存在だから、まともに会話なんてしたことがない。
でも、蓬さんを守るためには、蓬さんが変な目で見られないためには、ここは勇気を出さなくちゃいけない。
「……ふうん。ま、いいけど。これからコメダ行くんだけど、蓬もこねえ?百合子も一緒だよ。」
蓬さんは僕に目配せをした。家にはもうすぐ着くし、蓬さんがいいようにしたら良いと思う。そういう意味をこめて僕は笑顔で頷いた。
「ごめん。今日は家のこと言いつけられているから、千尋とこのまま帰るわ。」
「そうなん?分かった。じゃあ、また明日な。」
「うん。」
そこで野久保くんと別れると、僕と蓬さんは一緒に曲がり角を曲がった。すると、蓬さんは歩くのを止めた。
横に並んで歩いていたから、僕は振り返る形で蓬さんを見つめる。
「蓬さん?」
蓬さんはうつむいているため、表情がよく見えない。どうしたんだろう。
「蓬さん?」
何も答えない蓬さんに、僕はもう一度声をかけた。
「千尋のバカ!!!」
「えっ。」
蓬さんは大きな声を出すと、走って家の方に向かった。
僕は何が起きたのか分からず、ただ茫然とその場に立ち尽くした。
「千尋、どうしたの?」
はっと気が付くと、僕は目の前にあるテーブルの上においた紅茶をじっと見つめていた。
バイト終わりの一臣くんがせっかく遊びに来てくれているのに、僕はさっきの蓬さんの様子を思い出しては裏の空になってしまっていた。
そんな僕を心配して、一臣くんは漫画を読むのをやめた。
「いや……。何と言ったらいいか。今日、蓬さんを泣かせてしまって。何を間違えちゃったのかなって。少女漫画は大好きだけど女の子の気持ちが分からないって、僕、致命的だよね。」
蓬さんは泣いていた。今まで見た中で一番悲しそうな顔をしていた。この顔をさせているのが僕だと思うと、とても胸が苦しい。
「……まあ俺らは所詮、男だからな。少女漫画読んだからって簡単に乙女心が分かるんであれば、男全員が読んでるだろ。でも現実はそんなにうまくいかない。」
「一臣くん……。」
もし、僕が一臣くんくらいかっこよかったら、僕はもっと僕自身に自信が持てたのかな。
あのとき、野久保くんに「蓬さんと僕は付き合ってるよ」って言えたのかな。
蓬さんが泣いたのは、僕が野久保くんにその場を取り繕ったからだけじゃないのは、なんとなく分かっている。きっと、あれだけじゃ蓬さんは泣かない。
きっと、他にも何かあったはずなんだ。だけど、僕が何をしてしまったのかが分からない。
「……蓬って、わがままだから付き合うの大変なんじゃないの?」
僕は一臣くんのその質問に、一瞬、きょとんとしてしまった。
蓬さんがわがまま?そんなこと、一度も思ったことがない。
「友達といるときの蓬さんって、わがままなの?」
「結構、言いたい放題だよ。大地とかはああいう振り回し系が可愛くて仕方ないから好きみたいだけど。」
やっぱり野久保くんって蓬さんが好きなんだ。一臣くんから聞くと、自分の予想が的中したと分かって、一気に現実味と不安が胸を占める。
「そうなんだ。」
「千尋といるときの蓬は、わがままじゃないの?」
「……すごく可愛い人だよ。いつも僕のことを尊重してくれる。」
「なんか、想像できないな。ていうか、すごく意外だったもんな。千尋と蓬が付き合っているって聞いたとき。」
「まあ、そうだよね。僕なんか蓬さんに釣り合わないから、あんな奴と付き合ってるって蓬さんが思われるのは怖い。」
「それはないだろ。千尋、可愛い顔してるし。」
「いやいや。だって僕、一臣くん以外に男友達っていないし。ただのオタクだって思われてるよ。」
蓬さんは誰がどうみたってキラキラで、僕は教室の端にいるモブだ。
「そうか?俺は意外には思ったけど、“そうなんだ、意外”くらいだったけどな。みんなもそうだと思うけど。まあ、大地はちょっと嫉妬するだろうし、雄一はからかってくるかもしんないけど。」
「……。」
僕は眉を下げて笑うしかなかった。やっぱり、一臣くんと僕は違う世界の人なんだ。だって僕は、キラキラの人に絡まれて、それに耐えられる精神なんてない。
「恩田。ちょっとツラ貸しな。」
次の日、蓬さんは一緒に学校へ行ってくれなかった。「寝坊したから先に行ってて」というメッセージがきたきり、教室でも目を合わせてくれなかった。
そんな中僕は、昼休みに同じクラスで蓬さんの友達の
穂高さんはちょっと怖い。すらっと背が高くてクールビューティーなヤンキーで、涼やかな目元は切れ味抜群。
穂高さんは、いつもなら蓬さんが座る昼休みの僕の隣に腰を下ろした。
「あんた、蓬と付き合ってんでしょ?」
「え、あ、うん……。」
「なによ、歯切れ悪いわね。」
「……いや。」
「蓬があんたのこと好きなことは、蓬に聞く前から分かってたのよ。そんで、蓬に問い詰めたの。別に蓬から言ってきたわけじゃないわよ?」
穂高さんは僕の疑問を見透かしたかのようにそう話した。蓬さんが自分から言うわけないことは分かっているけれど、誰から聞いたんだろうって心配になったのだ。
「あんたはどうなの?蓬のこと、ちゃんと好きなの?」
「えっ……。す、好きだよ。」
「男がこんくらいで顔を赤らめてんじゃないわよ。好きならなんで泣かせてんのよ。」
喉の奥がひゅっとした感覚になった。
「あんた。きっと何も分かってないだろうから言うけど。今あの子、大地にかなりアプローチされてて参ってんのよ。同じ体育祭実行委員だから無碍にできないけど、彼氏いるって言っても聞いてくれなくてさ。それをあんたに相談しようとかは思ってなくても、あんたはあんたで蓬との時間、最近とれてなかったでしょ?一臣と仲が良いのか何なのか知らないけど。そんな中での昨日のあんたの幼馴染だって言葉よ。分かる?あんた、蓬のこと好きだなんて言いながら、蓬のこと何も分かってないのよ。」
「僕は……。」
ここ最近の自分の行動を思い返してみると、一臣くんと少女漫画の話ができるようになってから、蓬さんとの時間を確かにとれていなかった。むしろ、一臣くんとの時間が楽しくて舞い上がっていた。
蓬さんはそんな僕を許してくれていた。
「蓬にとって大地からアプローチを受けていることとかどうでもいいのよ。あんたとの時間さえとれれば、あの子は心のバランスがとれるの。頑張ろうって思えるのよ。それは、あんたに好かれてるって思えるからでしょ?でも、あんたとの時間がとれなかったら、蓬はどう頑張ったらいいの?それに、あんた。蓬が変な目で見られたくないから周りに言わないで欲しいってことらしいけど、それってどうなの?それってあんたがビビってるだけでしょ?蓬のこと、本当に好きだったら少しくらい矢面に立ってもいいんじゃないの?蓬、どれだけ彼氏のこと聞かれても、あんたのこと守るために少しも言わないんだよ。それがどれだけ大変なことか、分かんないの?」
穂高さんは一気にまくし立てた。
僕は蓬さんの世界を守っているつもりだった。だけどそれは、蓬さんが僕の世界を守ってくれているにすぎなかったんだ。
「……まあ、私があんたたち二人のことに首突っ込んでも部外者に過ぎないんだけど。でも、蓬はただ我慢するだけで終わりそうだから私が言わせてもらった。余計なお世話かもしれないけど、あんたたちには上手くいってほしいんだからね。」
穂高さんはそう言うと、腰をあげた。
「あんたの気持ちも分かんなくはないよ。蓬とあんたじゃ毛色が違うから、あんたからしたら怖いだろうし。でも、わざわざひけらかす必要はないけど、蓬のことを尊重することも大事なんじゃないの?」
僕は何も言えず、じっと自分の足元を見つめた。
そして、腰をあげると穂高さんに向き合った。
「穂高さん、ありがとう。僕、蓬さんとちゃんと話をするよ。」
「……ふうん。頑張れば?」
穂高さんは少しだけ口端を上げて嬉しそうな顔をしてれた。
放課後になると、それぞれが思い思いに帰り支度をする。僕は今日、バイトがないから家に直接帰る予定だ。そんな日は蓬さんと裏門で待ち合わせするけれど、今日は蓬さんが来てくれるのか、分からない。
蓬さんたちキラキラのグループの人は、どうやらジョイフルに行く予定らしい。野久保くんがしきりに蓬さんを誘っている声が、こちらまで聞こえてくる。
蓬さんは困った顔をしながら、こちらを少しだけ見た。
こんなときでも蓬さんは、僕との時間を大切にしてくれている。
なんで気づかなかったんだろう。
僕がバイト休みの日は、僕と一緒に帰る時間をとってくれていたし、友達との時間を優先させるときは、必ず僕に確認をとってくれていた。
それに対して僕は、それができていなかった。
「蓬さん。」
僕は意を決し、キラキラの人たちと一緒にいる蓬さんに話しかけた。すると、さっきまで少し騒がしかったグループが、一瞬にして静まり返った。
そこにいる全員が驚いた顔をしている。何より、蓬さんが一番驚いていた。
「帰ろう。」
僕は蓬さんだけを真っ直ぐ見て、そう言った。
膝はガクガク震えている。声だって少しだけ上ずった。僕が今できることは、これが最大だ。
「……うん。」
蓬さんは顔を綻ばせて、そう答えてくれた。
「は?なに?恩田と蓬ってどういう関係?!まさか、蓬の彼氏が恩田?!」
そこで、駒田くんがからかうような声をあげた。蓬さんに声をかけた時点で、駒田くんのこの反応は想定内だ。
「ばっか。んなわけねーだろ。恩田と蓬は幼馴染なんだよ。なっ恩田!」
それを取り繕うかのように、野久保くんがそう言った。ごめんね、野久保くん。君に蓬さんを渡すわけにはいかない。
「うん。幼馴染で、蓬さんの彼氏だよ。何か問題あった?」
「えっ。」
蓬さんが可愛い目をさらに大きくさせて僕を見上げたのが分かったけど、僕は知らないふりをした。
「蓬さん、帰ろう。」
「……うん。」
教室が騒がしくなったけれど、それを無視して僕と蓬さんは教室を出た。教室の方からは、穂高さんがみんなをなだめている声が聞こえる。
「……千尋、よかったの?」
校内を無言で出た後、蓬さんは心配そうにそう言った。
「よかったも何も。僕が悪かったんだ。僕が弱かったんだよ。」
中学の頃の傷をいつまでも引きずって、それを乗り越えようとしていなかった。そのせいで、蓬さんを傷つけてしまっていた。人は強くならないと大切な人を守れない。
「蓬さん。ごめんね。僕が自分のことを優先したばかりに、蓬さんに辛い思いをさせてしまった。穂高さんに怒られたよ。僕がビビってるだけだって。これからは、なんでも話して。蓬さんが嫌だったこととか、解決はできないかもしれないけれど、一緒に考えるから。」
「千尋……。」
蓬さんの瞳が、雫で揺れた。
「泣かないで。僕、蓬さんの涙には弱いんだよ。昨日も胸が痛かった。」
僕は蓬さんの頬を伝う粒を、親指でぬぐった。そして、蓬さんのおでこに自分のおでこをくっつける。
「僕は蓬さんの優しさに甘えてしまっていたけど。僕だって蓬さんにはいつも笑顔でいてほしいから。そのために、自分ができることはすべてするから。約束だよ。悲しみは半分に喜びは倍にして、僕たちは進むんだ。」
「……っ。うん。」
そっと唇をつけると、しょっぱい味がした。
それは蓬さんも同じだったみたいで、唇を離すと僕たちは笑いあった。
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