おまけ②

 千尋と一緒にいると、どきどきして落ち着かないような感じもするし、安心感があってこのまま時が止まればいいのになって居心地も良くなる。


 くすぐったいような、じれったいような、それでいて収まり心地がいい。今まで付き合った人とのそのどれとも違う感覚に、また千尋のことが大好きだなって思わされる。


 そんな千尋と休みの日に約束をして出かけるのは、今日が初めてだ。約束していた喫茶店に一緒に行くのだ。


 高校生のデートにしては渋いような気もするけれど、千尋のしたいことが私のしたいことだ。千尋のペースに合わせるのが、私たちのペースだって思っている。


 ……それは、分かっているのだけれど。どうしても今、緊急事態で悩んでいる。乙女の悩みって言えば乙女の悩みだけれど、どうして私は自分の好きなものばかりに甘んじてきたのだろう。


「……姉ちゃん、なにしてんの?」


 私の部屋のドアをノックもせずに入ってきたのは、棗だった。


「なに勝手に入ってきてんのよ!」


 下着姿だった私は、突然部屋に入ってきた棗に枕を投げつけた。しかしそれは、あっさりと棗にキャッチされる。


「下から何回も呼んだし。てか、下に千尋くん待ってるよ。外でウロウロしてたから捕まえて家の中で待ってもらってるけど。約束してるんだろ?」

「え。千尋、下で待ってるの?」

「人待たせんなって。何でそんなに時間かかってんだよ。」


 千尋が待っているかと思うと、余計に焦る。


「……洋服が決まらないの。」


 乙女にとって、デートで何を着るのかは死活問題だ。


 どう考えても、私の普段着と千尋の普段着が釣り合うわけはない。私は派手なものが好きだけど、千尋はそうではない。


「洋服なんて、なんだもいーだろ。」

「よくねーだろ。あんた、自分の彼女がデートにジャージで来たらどうなのよ。いいの?」


 棗は腕組をして、考える仕草をした。


「よくねーな。おしゃれしてこいって家に帰すな。」

「そうでしょ?だから迷ってんじゃない。」

「わかった。ちょっと待ってろ。」

「は?」


 棗はそう言うと、私の部屋を出て勢いよく音を立てて階段を降りて行った。


 私の部屋のドアを閉めていけよ、とは思うけれど、そう思う間もなく下から騒がしい声が聞こえる。


 その騒がしい声は段々と階段をのぼって2階に近づいている。


「わああああ。」


 騒がしい声の主は千尋だった。棗に引きずられて私の部屋の前まで来ている。


「千尋くんに直接選んでもらえばいーじゃん。」

「ちょっと棗くん。離してよっ。何の話?!」


 うちの弟は私に似て、少し馬鹿だ。いや、私よりも突拍子もないことをするから、いつも頭が痛い。


 仮にも年上である千尋の首根っこを掴んでいるのだ。


 私は、深いため息が出た。


「……棗、とりあえず千尋を離して。」


 棗は私のいうことを聞いて、千尋の首根っこから手を離す。千尋は棗から解放されたことによって、ほっと胸をなでおろしてこちらを振り向きそうになった。


「千尋はそのまま待って!振り向かないで!!!」


 自分がまだ下着姿であったことを思い出し、思わず大きな声を出した。思っていたよりも大きな声が出てしまったせいで、千尋が肩を震わせてその場で気を付けの姿勢をする。


「ぼ、僕。どうしてたらいい……?」

「あ、えっと……。とりあえずそのまま。」


 千尋が不安そうな声を出したので、一気に申し訳ない気持ちになった。


「別に姉ちゃんの下着姿見せるくらいいいだろ。デート行くってことは付き合ってんだろ?だったら余計にどうってことないだろ。つーか下着姿どころじゃないあられもない姿だって見せてんじゃねえの?」

「うっえぇぇ?!」

「ばかなの?!あんたばかなの?!」

「え?まだなの?高校生なんだからもうやってんじゃないの?」


 こいつ、まじで余計なことしか言わない!!!


「そんなのあんたに関係ないでしょ!邪魔にしかなんないからさっさと自分の部屋に行きなさいよ!!!」


 私は自分のベッドに置いていたぬいぐるみを棗に投げつけた。


 棗はそれもいとも簡単にキャッチする。


「おーこっわ。せいぜい千尋くんに飽きられないようにしろよー。じゃあ千尋くん、デート楽しんでね。」

「え、あ。うん。」


 棗はけらけらと笑いながらその場にぬいぐるみを置くと、私の部屋の隣にある自分の部屋へと入って行った。


「……。」

「……。」


 棗がいなくなると、当然のように、私たちの間にはかなり微妙な空気が流れる。


 もう、最悪。せっかく初めての休日デートなのに、洋服は決まらないし、下着姿のままだし、棗にはからかわれるし。


 胸の奥と目の奥がツンとなって、目頭が熱くなる。


「……蓬さん。洋服は着た?」

「ま、まだ!」

「そっか。うーんとじゃあ、このままで。僕ね。蓬さんだったらなんでも好きだよ。」

「え?」

「洋服、悩んでくれているんでしょ?」

「……なんでわかったの?」

「わかるよ。僕だって今日、何着て行こうか昨日の夜から姉さんに相談して悩んでいたから。」


 なんでだろう。いつもそうだ。千尋の言葉は私の胸の奥を温かくしてくれる。


「本当に蓬さんだったらなに着ててもいいんだけど、蓬さんはそれじゃよくないよね。だからどうかな。今日の僕の服装をみて決めるっていうのは。」


 そう言われて、千尋の今日の服装をみる。後姿しか見えないけれど、少し大きめのシルエットのカーキ色のシャツに、それより大きめの白のTシャツを合わせていて、後ろから少しだけ白Tが腰のあたりで見えている。そして、ネイビーのクロップド丈のスラックスパンツを履いている。


 ギャル系のファッションしか持っていないけど、その中でもできるだけ落ち着いたものを合わせれば、なんとかなるかもしれない。


 なんとかコーディネートをして、デートにでれそうな格好になる。


「……お待たせ。こっち向いていいよ。」


 私のその言葉を合図にして、千尋がゆっくりとこちらを振り向いた。


「どう、かな?」


 黄色のマリン調のサマーニットに、縦に前ボタンが5つついているデニムのタイトスカートをはいた。バッグは黒の小さめのリュックだ。


 こんなにまじまじと見られることはないから、千尋からは視線をそらして彼の言葉を待つ。


「……可愛い。僕、ちゃんと蓬さんに釣り合うかな?」

「……千尋じゃないと嫌。」


 目が合うとなんだかおかしくなって、二人で微笑みあった。


「さ、出かけよ。」

「うん。」


 私は千尋の腕を引っ張って、自分の部屋からでる。


 さあ、ようやく私たちのデートの始まり。


 外に出ると、太陽の日差しが燦々と降り注いでいた。まるで私たちのデートを祝福しているかのようだ。


「暑いね。」

「早く喫茶店に行って涼もう。」

「そうだね。」


 また今日も千尋への思いがじりじりと焼き付いた。



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