おまけ①

 不運なことに、私は体育祭実行委員になってしまった。しかも、今日は早速委員会があるのだという。


 今日は、千尋がバイトの日だから、放課後は教室で一緒に過ごせると思っていたのに、なんてこと!


 放課後になって千尋に謝ろうとしたら、「蓬、ほら行くぞ。ぼけっとしてんなよ。」とか大地に言われて、千尋と何も話せないまま委員会へと強制連行された。


 大地とは、高校に入ってから知り合ったけれど、ノリが合うため同じグループの中でも仲が良い方だと思う。1年の時は、2人だけで遊んだこともあった。


「なんか嬉しそうじゃない?」


 背の高い大地を見上げると、そこにはいつもよりテンション高めの大地の顔があった。


「そりゃあ、楽しみだろ。体育祭、楽しいじゃん。」


 部活生でもないのに、大地は運動神経が良い。中学の頃は、バスケ部だったらしい。


「楽しいけど。委員会なんて面倒じゃん。」

「面倒なことをやるから楽しいんだろ。」

「そうだけどさあ……。」


 どうせなら、千尋と一緒にやりたかった。


 千尋が運動系の何かを任せられるわけはなく、文化祭実行委員に選出されていた。


 それだけなら、まだいい。


 千尋は、吉永さんと一緒に文化祭実行委員をやるのだ。


 吉永さんは、おとなしい女の子だけど、どこか品のある女の子。だから、見た目の話をすると、千尋とお似合いだ。


 ……心配だ。


 なにが心配って、千尋と付き合ってから1週間経つけれど、千尋が私のことをどう思ってくれているのか分からないところ。


 吉永さんと過ごす時間が長くなるうちに、そっちといい感じになるのではないかと不安でもある。


「まあなんにせよ、楽しもうぜ!」

「いたっ!」


 私の心配事を知ってか知らずか、大地は私の背中を叩いて気持ちを切り替えさせてくれた。こういうところ、すごいいいやつだなって思う。


「だからって叩かなくていいでしょ。」

「蓬が暗い顔するからだろー。」


 大地といると楽しい。余計なことを考えずに笑っていられるから。






「あれ。お前ら、今、帰りなの?」


 実行委員会の次の日、私は千尋と一緒に帰る約束をしていたはずなのに、私の隣には大地がいた。そして、その途中に雄一とばったり会った。


「そうそう。コメダ珈琲で2時間も話し混んでさ。」

「なに、付き合ってんの?」

「なにいってんの。体育祭の打ち合わせ。雄一はなにしてんの?」

「俺は女の家からの帰り。」

「うわ、サイテー。」

「うるせー。」


 雄一とも私たちは仲が良いから、少しだけ立ち話をする。


「ていうか。2人、そんなに仲が良いなら付き合えばいいじゃん。」


 最近、雄一は妙に私と大地にこの話題を振ってくる。


「なんでよ。」

「だってお前らお似合いじゃん。」


“お似合い”


 私の胸には、その言葉が刺さった。千尋と正反対の大地とお似合いってことは、まるで、私と千尋はお似合いじゃないって言われている気分だ。


「まあ、蓬がその気にならないとな。」


 大地はそう冗談めかして雄一の話をスルーしたから、この話題は終わりになった。


 そして、話は他のクラスのカップルがどうとか、カップルになりそうな人たちがいるとかそんな話にうつった。


 大地と雄一が楽しそうに話をしているから、私も楽しそうなふりをして「そうなんだー!」とか大げさに相槌をうつ。


 だけど、私の胸の奥はザワザワするようなモヤモヤするようなそんな気持ち悪さを残していた。






「雄一のばか!なんてことしてんのよ!」


 私の心をかき乱す決定的な事件は、次の日に怒った。なんと、クラスの黒板に私と大地が付き合っているかのように書かれていたのだ。


 犯人は、雄一だった。


 私の頭には一瞬で血が上る。私は雄一に詰め寄って激しく問い詰めた。


いくら仲の良い友達がやったこととはいえ、許せない。


「なんじゃこりゃ。」


 そこで、この騒動のもう一人の被害者である大地も教室にやってきた。


「雄一がやったのよ!大地からも何とか言ってよ!」

「ごめんって。そんな怒るなよ。」

「事実無根なんだから怒るでしょ!」

「雄一、こんな小学生みたいなことやるなって。」

「だってお前らやっと付き合ったのかと思って。」

「付き合い始めたら、報告するから。な、蓬?」


 大地はそう言うと、私の肩に腕を回して、自分のからだの方へと私を引き寄せた。


 その様子を見て周りは「ひゅー。」なんてはやし立ててくる。


 は?なにしてんの?


 まさしく、はらわたが煮えくりかえっているとはこのことだ。


「私と大地が付き合うとかありえないから!てか私、彼氏いるから!」


 そのせいで私の口から出た言葉はそれだった。言った瞬間に思わず千尋を一瞥したけれど、机に上体を突っ伏していて表情が分からない。


「え!お前、彼氏できたの!」

「誰だよ!」


 しまった、墓穴を掘ってしまった。千尋が大丈夫になるまで百合子以外には話さないって決めていたのに!


 その後は、仲の良い友達からの詰問を交わすのが大変だった。昼休みまでも追及を浴びる時間になってしまい、千尋との昼休みが過ごせなかった。






放課後も、私は友達に囲まれることになった。千尋には放課後一緒に過ごせないことをメッセージで送った。


 教室から出るとき、千尋の方を見た。


 そしたら口パクで「また明日」って言われた。


 私はそれに頷いて、友達と一緒に教室を出た。


 ……千尋、なんでもないような顔をしてたな。私と大地の噂が出ても、千尋にとっては何でもないようなことなのかな。


 私はずっと千尋のことが好きだった。なんなら、私の初恋は千尋だ。


 中学時代には他の人を好きになって付き合ったこともあったけれど、私の中で千尋はずっと特別な存在だった。


 むしろ、他の人と付き合ったことによって、より自分の中の千尋の存在がどれだけ大きいのかを知った。


 だけど、千尋はそうじゃない。


 私と付き合うって決めてくれて、私とちゃんと向き合ってくれているけれど、千尋は私のことを好きになってくれているのかは分からない。


 私、ちゃんと千尋に少女漫画のような恋愛、させてあげられているのかな?






 ジョイフルでひとしきり騒いだ後、電車で帰る子や自転車で帰る子など、それぞれ帰路につく。空には星が瞬いていて、あと少ししたら千尋も家に帰るかな、なんて思っていた。


「蓬。家まで送るよ。」


 友達の中で最も家の近い私は、一人だけ徒歩だ。


「いいよ。大地、電車でしょ。」


 大地は電車通学だ。ジョイフルは駅前にある。だから、私の家までくるとなると、学校の近くまで来てまたこちらに戻ってこなければならない。


「だってもう21時だろ。いくら蓬でも一人で歩かせられないだろ。」

「そうだよ、大地に送ってもらいなよ。」


 一臣かずおみが後ろから声をあげる。なんなら、一臣の方が自転車通学だから一緒に来てくれたっていいのに。


「別に歩いてすぐだからいいのに。」

「黙って甘えとけって。じゃあみんな、俺ら帰るから。」


 駅に歩く子たちに声をかけて、私は大地と横に並んで歩く。


 ジョイフルから私の家までは歩いて15分ほどだから、他愛もない話をしているうちにすぐに家の前に着いた。


 千尋の家をチラ見すると、案の定、千尋はまだ帰ってきていない。


「わざわざ送ってくれてありがとう。」

「ああ。……。」


 大地が何かを言いよどむ。


 大地とは仲の良い友達だ。だからこれからもずっと、その関係を続けていきたいって思っている。だからこそ、私は気づきながらもずっと、気付かないふりをしてきたことがある。


「俺、蓬のことが好きなんだよ。だから、俺じゃダメか?」


 その瞬間、頭の先から足の先まで、熱を帯びるようなはたまた寒気が走るような、よく分からない感覚になった。


「正直、蓬に彼氏がいるって分かって、まだ信じられない自分がいる。だって、俺以外に仲が良いやつって仲間内じゃいるけど、それ以外のやつなんだろ?俺、男友達の中でも、一番仲良かった自信あるよ。だから、考えてくれないか?」


 大地は私をまっすぐ見据えて、ぶれずにそう言った。


 この人は、真っ直ぐに私を好きでいてくれているんだと思った。


 嬉しいと思った。ありがたいとも思った。……だけど正直、聞きたくなかった。


 それに、私のことを好きだって言葉は、千尋から聞きたかった。


 なんで聞きたい人からは聞けなくて、聞きたくない人からは聞いちゃうんだろう。


「……ありがとう。でも私、彼氏のことが好きなんだ。だから、ごめん。」

「……でも、俺らにも言えない彼氏なんだろ?俺だったらそんなことないよ。」

「それでも彼氏が好きだから。」

「……そっか。分かった。とりあえず、それは受け入れる。でも、俺が蓬のことを好きでいるのは勝手だよな?」

「……大地の気持ちは大地だけのものだよ。」

「じゃあまだ諦めない。俺が納得するまで諦めないから。」

「……。」

「それじゃ、また明日な。」

「気を付けて帰ってね。」

「ああ。」


 私は駅の方に向かって歩く大地の背中から目が離せなかった。


 大地は、自分に自信がある。だからあんなにもはっきりと宣言ができるのだろう。


 だけど、千尋はどうなんだろう。千尋は自分に自信のないタイプだ。


 付き合ってまだ一週間だから、まだ私を好きになっていない可能性だってある。


 付き合いだしてから千尋の雰囲気は確実に変わった。私を大切に想ってくれているのはよく分かる。


 つないだ手だって温かくて千尋の優しさを胸いっぱいに感じられた。


 それでも、千尋の気持ちを聞きたいって思うのは、わがままなのかな?


 他の誰でもなく、千尋に好かれたい。千尋に好きって言ってほしい。


「蓬さん?」


 千尋の気持ちが聞きたくて、千尋の家の前でしゃがんで俯いていたら、千尋がバイトから帰ってきた。


「蓬さん?」


 千尋が私の目の前にしゃがんだ気配がした後、もう一度私の名前が呼ばれる。


 愛しい声。


 その声で私のことを好きだって言ってもらえたら、どれほど幸せな気分になれるだろうか。


 ねえ、私。千尋のことこんなに大好きなんだよ。


 私は千尋の襟首に両手を延ばすと、それを引き寄せて彼の唇に自分の唇を押し当てた。

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