おまけ②

 千尋に告白したときも、受験のときも心臓が破裂しそうなくらい緊張したけれど、今日はそれ以上に緊張している。喉から心臓が飛び出てしまいそうで、何かしらを口から出してしまいそうなほど、全身が脈を打っている。


「蓬さん、これ食べる?」

「へぇっ?!あ、うん!ありがとう!」


 高速バスで隣に座る千尋から渡されたチョコレートを頬張る。絶対に甘いと分かっているけれど、緊張のしすぎで味がよく分からない。


「日田までまだ時間あるよね。少し寝ようかな。蓬さんも寝ない?どうせ、終点までだし。」

「う、うん。」


 3月のある日、私と千尋は1泊2日の卒業旅行に出かけている。卒業旅行ということはつまり、記念日にしようと約束したことが実行される日でもあるのだ。


 そのせいで私は、昨夜中々寝付けなかった。今日だって緊張しっぱなしだ。その時が来ても大丈夫なように、準備だけはしっかりしてきたけれど、いかんせんどうしたら良いのかが分からない。


 隣に座って居る千尋はすぐに寝息を立て始めたけれど、私は中々そういう気分になれなかった。


 日田に着くと私たちは駅のコインロッカーに荷物を預けて散策をした。旅館おチェックインまでまだ時間があるからと、私たちは豆田の散策へと繰り出した。


 お昼ご飯もおしゃれなカフェで食べたし、お土産屋さんもたくさんあって面白かった。千尋の好きそうな歴史的建造物もあったため、それの見学もした。観光地なだけあって、私たちの他にも観光客がたくさん居たけれど、それもまた旅行の醍醐味だと感じた。


 千尋が楽しそうにしていることがとても嬉しいと思ったけれど、その道中にも私は「夜はどうなるんだろう」という緊張が頭から離れなかった。






 旅館にチェックインしてからは、もっと大変だった。「美味しいね」と千尋と一緒に夜ご飯をいただくものの、絶対に美味しいはずなのに味が分からない。2人きりの空間にされてしまったことで、私の緊張感はさらに高まってしまった。


「ふう~。」


 広い大浴場に浸かったときに初めて、私はやっとほっと一息がつけた。千尋は純粋に旅行を楽しんでいるみたいだけれど、こんなに緊張しているのは私だけなんだろうか。


 いつかは千尋とそういう関係になると思っていたし、なりたいなって思っている。だけど、怖い気持ちがあるのも本当だ。


「千尋はどう思っているんだろう……。」


 平日のせいか、私以外に大浴場を使っている人は居なくて、湯けむりの中に私の言葉が寂しく響いた。


 温泉からあがると千尋の方が先に出て来ていた。


「ごめん、待たせた?」

「へっ。あ、ううん。全然。僕も出てきたところだよ。」

「よかった。」

「……蓬さん、似合ってるね。」

「え?」

「浴衣。」

「あっ。……ありがとう。」


 千尋が耳を真っ赤にさせながらそう言ってくれたから、私も照れてしまった。


「……千尋も似合ってるよ。」

「……ありがと。」


 部屋に着くと、どちらからともなく手を握り合った。部屋には、私たちが温泉へと行っている間に敷かれた布団がある。お互いを導くようにして、その布団の上に正座をして向き合った。


「……蓬さん、あの約束覚えてる?」

「……うん。」

「僕、今日一日中緊張しちゃって。」

「えっ。千尋も?」

「じゃあ、蓬さんも?」


 千尋は旅行を純粋に楽しんでいるように見えたけれど、私と同じように緊張していたの?


「実は昨日の夜から眠れなかった。」


 私が照れからの笑いを零しながらそう言うと、千尋は眉毛をハの字にして同じように笑った。


「僕も。高速バスで眠かったのはそのせいだし、やたらテンション高かったのは緊張していたせいだよ。」

「なんだ。私たち、一緒だったんだね。」

「そうだね。」


 千尋も同じように緊張していてくれたんなら、なんだか大丈夫なような気がした。私たちは一頻り笑ってから視線をぶつからせた。


「……嫌とか痛いとか我慢せずに言ってね。」

「うん。」


 段々と近くなった吐息を感じたときには、遠慮がちな千尋の唇に触れていた。何度も唇を重ね合ったあと、私は彼の優しい体重を感じた。

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男子高校生だって少女漫画みたいな恋がしたい 茂由 茂子 @1222shigeko

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