おまけ①

「山崎さん?」


 千尋におすすめされた宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を開こうとしていたとき、なんだか記憶にあるようなでもよく分からないような女の子から声をかけられた。


「えっと……。」

「私、同じ中学だった春日早苗。覚えてないかな?」


 “春日早苗”……。


 さらさらのストレートヘアに涼やかな目元、佇まいは“上品”という言葉がばっちりのその子のことを、私はよく覚えてない。


 ……やばい。同じ中学といっても仲が良かった子たち以外は、同じクラスになったことのある子くらいしか、分からない。


「……ごめん。せっかく私のこと覚えてくれてるのに。何組だったの?」

「そっか。そうだよね。無理もないよ。同じクラスになったことないもん。私は1組だった。山崎さんは7組だったでしょ?教室の階が違うから、あまり会わなかったもの。」

「そうだったんだ。」


 春日さんが言うように、私たちの中学は1学年8組まであって、前半のクラスは2階だったけれど後半のクラスは3階だった。


 だから、前半のクラスとあまり会うことはなかった。


「それでも、春日さんは私のこと覚えてくれてたのに。ありがとう。」

「ううん。恩田くんと一緒に来てたでしょ?恩田くんとは仲が良かったから、懐かしくなってつい山崎さんにも声をかけちゃったの。こちらこそ、ごめんね。」


 千尋と仲が良かった?


 私はその一言で、なんだか胸の奥がざわざわする。だって、中学の時に千尋はいつも一人だった。


 一人で図書室にいるような、そんな過ごし方をしていた。ずっと見ていたから知ってる。そんな千尋に、仲の良い女の子はおろか、男友達だってほぼいなかったはずだ。


 なのに、なんで春日さんは千尋と仲が良かったというのだろう。


「ここで会ったのも何かの縁だし、よかったら連絡先の交換をしない?」


 なんの戸惑いもなく春日さんはそう言った。私はそんな春日さんに導かれるように、連絡先の交換をして、今度お茶にでも行く約束をした。


 春日さんがその場を去ってから少し経って、千尋がこちらにやってきた。


「ごめんね、時間かかちゃった。」


 春日さんは千尋と仲が良かったと言っていた。もし、春日さんのことを聞くなら、今のタイミングが健全だと思う。


「ううん。そういえばさっき、同じ中学だった春日早苗さなえちゃんに会ったよ。千尋、覚えてる?」


 私がそう言った瞬間、千尋の顔から笑顔が消えた。……これは、どう捉えたらいい?


「え?あ、うん。同じクラスだったからね。」


 千尋は春日さんとは対照的に、“あくまでもただ知ってるだけの存在”というようなニュアンスで応えた。これは、2人の間に何かあったんだろう。


 でも、何かって何?少しジャブを打っても、千尋は全然言ってくれそうな気配でもない。


 ……これはもうあれしかない。2人は付き合っていたと考えるのが自然だ。でもなんで、千尋は言ってくれないんだろう。


 まだ、春日さんに未練があるとか?春日さんのことが大好きだったとか?


 考えれば考えるほど、不安になる。別に元カノのことを積極的に話さなくたっていい。だけど、隠そうとされるほど、何かあるんじゃないかって疑りたくなってしまうのだ。


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