──Relative Own──
EP37
「ごめん、正直かなりキツい。援護を頼む」
私が
クレアがお気に入りの
私の元へ駆けつけたクレアは、これ見よがしに盛大な溜息を吐き出した。いつでも不機嫌そうに結ばれた横一文字の口元が開くのは、彼女が私を咎める前兆だと相場が決まっている。
「お前は馬鹿なのか? 後先考えずに突っ込んでいたら、また傷痕が増えるだけだぞ」
──ほら、叱られた。
私と同じ顔。私と同じ髪色。
「だからゴメンって。次からは気を付ける」
「いつまでも次があると思うな。命はたった一つだ」
クレアが慎重すぎるのか、私が無鉄砲なのか──そのどちらにしても、かけがえのない
私たちを見下げるようにして、エリア096の
巡回する
それなのに、
「それでもさ、
「それはつまり、
可愛らしい軽口を叩き合いながら、完璧に舗装された経路をひた走る。目的地としている施設への距離はまだ半分ほど──可能ならばスバルを呼び出したいくらいだ。だけど役立たずのあいつは、どうせエリアの境目に躓くだけだろう。
「ホムラ、お前のやり方にケチをつけるわけじゃないが、ここは一旦退却すべきではないだろうか」
「どうして? まだ
「そういうことではなく、この
「あ、なるほど。じゃあ1機だけ捕獲していこうかな」
私は適当な
クレアの効率主義は、彼女の出自によるものが大きい。
ナギやテラテクスの協力がなければ、クレアは今だって
こんなふうに私は日夜、私をかき集めているけれど──多種多様な
いつかその顔を拝むことが出来たら、絶対に一発ぶん殴ってやりたい。そしてその後で、
√───────────────────√
「ナギ、ただいま。おかげさまで私もクレアも無事だよ」
ナギは今日も変わらず、
たとえば、遠い日に私が目にしたような
「あまりにも色気の無い手土産に呆れているところだが、まあ無事なら何より。ただ強度のない
まさかナギまでもが、私に忠告を重ねるとは。唇を尖らせる私の姿を見たクレアが、ナギに勘づかれないように口元だけでにやにやと笑っていた。
DUMでのあの一件以来、神奈木博士はその名を捨てた。名前を捨てるどころか、自身を表していた全ての二つ名を忌み嫌ったのだ。
かつて肩甲骨の下まであった黒髪は、今ではバッサリと切り落とされてベリーショートにアレンジされている。髪を切ることで何かを振り切ろうとした彼女は、失恋を忘れ去ろうとする乙女のように嫋やかに映った。
そういえば、今の彼女が名乗っている
世界を観測するための存在から、世界を収束させるための存在へ──生まれ変わったナギの魂を、私は
「じゃあナギ、悪いけど解析をお願いするね。エリア096の
生意気な口を叩く私に、ナギは静かな笑みで「はいはい」と答えた。
ちなみに今の私がナギに敬語を使っていないのは、彼女の方からの要望だ。忘れずに記しておかなくては、
私とナギは、心を通わせる
√───────────────────√
サヨさんにも、私とクレアの帰還を報せる
間を置かずに、無事を喜ぶ文言が返ってくる。
いつも後方支援に力を入れてくれているサヨさんだったけれど、現在は別のエリアに干渉している。何しろ、世界は108つに隔たれているのだ。私たちにはどうしたって人手が足りなかった。
エリア間の移動を可能にしたのは、ナギの
考えてみれば、ナギがまだ
だからナギが
これによって、私たちは確かな翼を得た。
108つの世界を縛り付ける108つの
それらを隔てる物理的な遮断を、
実はアリスやアゲハも、顔を合わせるたびに協力を申し出てくれるのだけれど、もちろんその言葉に甘えるわけにはいかない。彼女たちが生きるべきは、今のところDUMの中だ。そうでなければ、私の選択の大部分が無意味になってしまう。
それはあの日、私がテラとテラテクスに望んだ願いの一つなのだから。
√───────────────────√
結論から述べると、
言わずもがな、
私はヒュムたちに、循環することを禁じた。もちろん同時に、製造することも。
より正確な表現を用いれば、それは
だから、技術としての
つまり私は、
今だって、そう信じている。
当然だけれど、テラテクスの方からも幾つかの
私とテラテクスの間で交わされた
しかしそのどれもが、ただの
・
・
・人間はDUMの内部に立ち入ってはならない
・ヒュムはDUMの外部へと出てはならない
・この約定はテラテクスが必要と判断すれば随時見直される
・雪白ホムラはこの約定が不要となる世界を全力で志す
√───────────────────√
「
私の呼びかけに、テラテクスの
「
勿体つけるように一度会話を止めるテラに、私は「ただ?」と先を促したりはしない。その背中を無言で睨みつけるだけだ。
「
「そうか、お疲れ様。で、
「……ナギのこと。俺からホムラを奪った
ここでようやく、テラはこちらを振り向いた。子供のように頬を膨らませて、あからさまな不服を態度で示している。
「私は最初からテラのものじゃないだろ。会うたびに嫌味ばかりなら、早くDUMの中へ帰ったらどうだ」
「ホムラの方こそ
そう、テラはエリア004で悠々自適に暮らしている。私とテラテクスが交わした
「あのな、テラ。私は良いんだよ。厳密に言えばだけど、私は人間でもヒュムでもないのだから──
「あぁ、うざい。でも屁理屈を捏ねる女が俺の好みだって知ってた?」
口の減らないテラに、脳の血管が2~3本切れた気がした。
「私は、しつこい男は死んでしまえと思っているよ。でも特別に、クレアと云う名の辛辣な友人なら、紹介してやってもいい」
「──外見だけ
テラはそう言って、スツールに腰掛けたままで器用に一回転してみせた。
「あーあ……『お前はDUMを出て、その力を貸してくれないか』って言ったのは、どこの誰だったっけな」
「──そんなこと、言ったか?」
言った気もするし、言っていない気もする。
ただそれ以上に、表現が誇張されている気がする。
「言った言った。いたいけなテラさんはすっかり騙されちゃったよ」
「騙したつもりはないけれど、利用しているつもりなら少しある」
終わりの見えない無駄話は、いつものこと。
こうして笑い合う時間の狭間に、ふと罪悪感に潰されそうになる。
「なぁ、テラ。今からDUMに顔を出すんだが──」
「俺は行かないよ。何?」
「その──カリンやマシロの
テラは
「やっぱり俺が届けようか。ホムラが行ったって、ろくなこと言われないだろ」
「──テラが行ったところで、何も変わらないだろ」
ただ純粋に
「ホムラ、泣きたいなら胸を貸そうか?」
何でもないことのように、さらりとテラが言う。
こういうところが大嫌いだと、何度言わせれば気が済むのだろう。
「泣くわけないだろ。私は私の
踵を返して
「俺の心臓は、今もホムラに盗まれたままだね」
ここで振り返ったら、負けだと思った。
「テラ。
街を歩けば、眩い太陽が私を溶かそうと照らしつける。
世界を
そして世界に真実を
創り上げられた上澄みの世界を、死ぬまで掻き回し続けるのだ。
√──残悔のリベラル
-under the "in the sun"-
──Fin.──√
残悔のリベラル -under the "in the sun"- 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi
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