──Relative Own──

EP37





「ごめん、正直かなりキツい。援護を頼む」


 私が交信S O Sを放つと、物陰から飛び出したクレアが不恰好なカタチをした機械兵ワームを一掃した。鼓膜をつんざく射撃音が、私に耳鳴りをプレゼントする。

 クレアがお気に入りの実弾銃ライフルは、残滓収集家アンティークコレクターであれば喉から手が出るような代物しろものだ。その重さや手入れメンテナンスの手間から、時代の中で砂に埋もれてしまった遺産ラビッシュの一つである。


 私の元へ駆けつけたクレアは、これ見よがしに盛大な溜息を吐き出した。いつでも不機嫌そうに結ばれた横一文字の口元が開くのは、彼女が私を咎める前兆だと相場が決まっている。


「お前は馬鹿なのか? 後先考えずに突っ込んでいたら、また傷痕が増えるだけだぞ」


 ──ほら、叱られた。


 私と同じ顔。私と同じ髪色。滑稽カリカチュアなキャラクターを象った風変わりな髪飾りブローチと、理屈屋さんインテリチック度無し眼鏡プレーンレンズを身に着けていなければ、誰も私とクレアを見分けられないだろう。


「だからゴメンって。次からは気を付ける」

「いつまでも次があると思うな。命はたった一つだ」


 クレアが慎重すぎるのか、私が無鉄砲なのか──そのどちらにしても、かけがえのない相棒バディの忠告は、いつだって私の感情を揺り動かしてくれる。


 私たちを見下げるようにして、エリア096の広報用球体型全面液晶イクリプスビジョンが浮かんでいる。実際に足を踏み入れるまでは、最も機械統治社会シンギュラリティに近い環境だと予想されていたこの地区エリアだけれど、その実態は大した性能も持たない機械兵ワーム蔓延はびこる世界だった。


 巡回する機械兵ワーム監視網センサーの精度も、そろそろ解ってきた。監視網センサーの隙間を縫うようにして、私たちは地を駆けていく。

 それなのに、携帯端末ワールドリンクを経由してテラテクスから送られてくる侵入経路図ナビにまで、『旧式だからって侮るなよ』と警告される始末だ。


「それでもさ、クレアの地区エリア026よりは随分とやりやすいね。私は頭が悪いから、このくらい分かりやすいだと気持ちが楽」

「それはつまり、複製体コピーである俺も頭が悪いと言いたいのか? 何なら実弾銃ライフルを誤射しても良いんだぞ」


 可愛らしい軽口を叩き合いながら、完璧に舗装された経路をひた走る。目的地としている施設への距離はまだ半分ほど──可能ならばスバルを呼び出したいくらいだ。だけど役立たずのあいつは、どうせエリアの境目に躓くだけだろう。


「ホムラ、お前のやり方にケチをつけるわけじゃないが、ここは一旦退却すべきではないだろうか」


 度無しプレーンのフレームに指を掛けながら、クレアが言う。


「どうして? まだチャージはあるけど」

「そういうことではなく、この地区エリアにはもっと効率の良い方法がありそうだ」

「あ、なるほど。じゃあ1機だけ捕獲していこうかな」


 私は適当な機械兵ワームの死角から、電撃網スタンを打ち込んだ。エリア004へと持ち帰って、ナギに解析してもらうためだ。


 クレアの効率主義は、彼女の出自によるものが大きい。

 エリア026クレアの育った世界は、時間を奪われた世界だった。自由時間を獲得するためにあらゆる取引が正当化され、やはり人々はジレンマの中に縛られていた。


 ナギやテラテクスの協力がなければ、クレアは今だって時計仕掛けの大通りクロノスの中に囚われていただろう。エリア042の新世界の片脚のように、心神喪失ロストしてしまっていた可能性だって否めない。


 こんなふうに私は日夜、をかき集めているけれど──多種多様なジレンマを思いつく沓琉トーマに、嫌悪感を募らせるばかりだ。

 いつかその顔を拝むことが出来たら、絶対に一発ぶん殴ってやりたい。そしてその後で、SF作家サイエンステラーの道を勧めてやるのだと割と本気で思っている。




 √───────────────────√




「ナギ、ただいま。おかげさまで私もクレアも無事だよ」


 ナギは今日も変わらず、準純白ホワイトアウトの白衣で私たちを出迎えてくれる。しかし日頃の彼女の服装ファッションが、実は割と刺激的なものであることは意外と知られていない。

 たとえば、遠い日に私が目にしたような濡羽色ブラックデプスのキャミソール姿。ああいった出で立ちこそ、ナギの魅力を一番に引き出せる服装ファッションなのだと、私は知っている。


「あまりにも色気の無い手土産に呆れているところだが、まあ無事なら何より。ただ強度のない治験容器シャーレトランクに何でもかんでも詰め込むと、いつか痛い目を見るだろうと忠告しておく」


 まさかナギまでもが、私に忠告を重ねるとは。唇を尖らせる私の姿を見たクレアが、ナギに勘づかれないように口元だけでにやにやと笑っていた。


 DUMでのあの一件以来、神奈木博士はその名を捨てた。名前を捨てるどころか、自身を表していた全ての二つ名を忌み嫌ったのだ。

 かつて肩甲骨の下まであった黒髪は、今ではバッサリと切り落とされてベリーショートにアレンジされている。髪を切ることで何かを振り切ろうとした彼女は、失恋を忘れ去ろうとする乙女のように嫋やかに映った。


 そういえば、今の彼女が名乗っているNAGIナギという呼称には、"風や波が収束する"という意味合いが込められているらしい。

 世界を観測するための存在から、世界を収束させるための存在へ──生まれ変わったナギの魂を、私は不在の神オクトーバに代わって祝福した。


「じゃあナギ、悪いけど解析をお願いするね。エリア096の機械兵ワームを一網打尽に出来るような方法アイデアが、生まれることを祈ってる」


 生意気な口を叩く私に、ナギは静かな笑みで「はいはい」と答えた。


 ちなみに今の私がナギに敬語を使っていないのは、彼女の方からの要望だ。忘れずに記しておかなくては、雪白ホムラの印象が損なわれてしまうかもしれない。だから念のために、もう一度。


 私とナギは、心を通わせる恋人同士パートナーになったのだ。




 √───────────────────√




 サヨさんにも、私とクレアの帰還を報せる電書鳩クルックを飛ばした。

 間を置かずに、無事を喜ぶ文言が返ってくる。


 いつも後方支援に力を入れてくれているサヨさんだったけれど、現在は別のエリアに干渉している。何しろ、世界は108つに隔たれているのだ。私たちにはどうしたって人手が足りなかった。


 エリア間の移動を可能にしたのは、ナギの技術スキルだ。技術スキルというよりも、そうするための答えノウハウを彼女は予め有していた。

 考えてみれば、ナギがまだ観測者ザ・ワンであった頃、彼女はエリア間を飛び交いながら新世界の片脚私たちを観測していたのだ。

 だからナギが観測者ザ・ワンを捨てたという事実は、沓琉トーマがこの世界に対して有していた優位性アドバンテージを失ったという事実でもある。


 これによって、私たちは確かな翼を得た。

 108つの世界を縛り付ける108つのジレンマ

 それらを隔てる物理的な遮断を、くぐる手段を手に入れたのだ。


 実はアリスやアゲハも、顔を合わせるたびに協力を申し出てくれるのだけれど、もちろんその言葉に甘えるわけにはいかない。彼女たちが生きるべきは、今のところDUMの中だ。そうでなければ、私の選択の大部分が無意味になってしまう。


 死の匂いを知らない子供たちイノセントゲリラが、いつまでも死の匂いを知らない子供たちイノセントで在ってくれること。


 それはあの日、私がテラとテラテクスに望んだ願いの一つなのだから。




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 結論から述べると、人類の可能性Human Materiaの国は創られなかった。そしてこのエリア004から、失われた技術がある。


 言わずもがな、永久複製医療術Unlimited Medicalだ。


 私はヒュムたちに、を禁じた。もちろん同時に、も。

 より正確な表現を用いれば、それは鏡合わせの倫理アンチクノッソスであるテラテクスが、私との交渉の上で承諾した約定プロトコルだ。


 だから、永久複製医療術Unlimited Medicalは残っている。それは未だにあの巨大な要塞が、DOMEドーム がた Unlimitedアンリミテッド Medicalメディカルと呼ばれている所以ゆえんでもある。


 つまり私は、不可侵の領域ブラックボックスの中に眠っていた集積回路マザーボードを破壊するという選択肢をとらなかった。テラテクスの中にある倫理が、その技術を封印してくれると信じたのだ。


 今だって、そう信じている。


 当然だけれど、テラテクスの方からも幾つかの約定プロトコルが突き付けられた。しかし正直なところ、それは私が予想していたものと全く同じだった。


 私とテラテクスの間で交わされた約定プロトコルを、ここに列記する。

 しかしそのどれもが、ただの口約束くちやくそくに過ぎないことも、注釈として添えておこう。


 ・永久複製医療術Unlimited Medicalを破棄しない

 ・永久複製医療術Unlimited Medicalを利用しない


 ・はDUMの内部に立ち入ってはならない

 ・はDUMの外部へと出てはならない


 ・この約定はテラテクスが必要と判断すれば随時見直される

 ・雪白ホムラはこの約定が不要となる世界を全力で志す




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生きる治外法権パブリックアウトロー。進捗はどうだ?」


 私の呼びかけに、テラテクスの約定プロトコルを守らなかった唯一の存在は振り向こうともしなかった。まともに明かりも点けない研究所ラボの一角で、限界まで深度デプスを深めた特注の固定端末ターミナルと睨めっ子を続けるテラ。


赤い電極レッドノイズ対策は、多分大丈夫。輻輳する大海原ワールドウェブ赤潮プランクトンが押し寄せても、今度は無力化出来ると思う。ただ──」


 勿体つけるように一度会話を止めるテラに、私は「ただ?」と先を促したりはしない。その背中を無言で睨みつけるだけだ。


実体なき牢獄プリズンの所在は、未だに分かんないな。まさかあの神奈木博士ディア・ジニアスも、電極エーテルを介してでしかトーマと面識がないだなんて思わなかったよ」

「そうか、お疲れ様。で、神奈木博士ディア・ジニアスって誰のこと?」

「……のこと。俺からホムラを奪ったにっくき女」


 ここでようやく、テラはこちらを振り向いた。子供のように頬を膨らませて、あからさまな不服を態度で示している。


「私は最初からテラのものじゃないだろ。会うたびに嫌味ばかりなら、早くDUMの中へ帰ったらどうだ」

「ホムラの方こそ生きる治外法権パブリックアウトローだろ。同じヒュムなんだからさ、俺と一緒にDUMの中へ帰ろうよ」


 そう、テラはエリア004で悠々自適に暮らしている。私とテラテクスが交わした約定プロトコルを、堂々と破り続けているのだ。


「あのな、テラ。私は良いんだよ。厳密に言えばだけど、私は人間でもヒュムでもないのだから──約定プロトコルには違反してないだろ」

「あぁ、うざい。でも屁理屈を捏ねる女が俺の好みだって知ってた?」


 口の減らないテラに、脳の血管が2~3本切れた気がした。


「私は、しつこい男は死んでしまえと思っているよ。でも特別に、クレアと云う名の辛辣な友人なら、紹介してやってもいい」

「──外見だけおんなじでもな」


 テラはそう言って、スツールに腰掛けたままで器用に一回転してみせた。


「あーあ……『お前はDUMを出て、その力を貸してくれないか』って言ったのは、どこの誰だったっけな」

「──そんなこと、言ったか?」


 言った気もするし、言っていない気もする。

 ただそれ以上に、表現が誇張されている気がする。


「言った言った。いたいけなテラさんはすっかり騙されちゃったよ」

「騙したつもりはないけれど、利用しているつもりなら少しある」


 終わりの見えない無駄話は、いつものこと。

 こうして笑い合う時間の狭間に、ふと罪悪感に潰されそうになる。


「なぁ、テラ。今からDUMに顔を出すんだが──」

「俺は行かないよ。何?」

「その──カリンやマシロのお菓子スイーツの好みとか、分かるか?」


 テラは電書鳩クルックを使って、幾つかのメニューを私に飛ばしてくれた。私もなぜだか電書鳩クルックを使って、『どうもありがとう』と文言を返す。


「やっぱり俺が届けようか。ホムラが行ったって、ろくなこと言われないだろ」

「──テラが行ったところで、何も変わらないだろ」


 ただ純粋に昇華サブリメイションの正しさを信じていたヒュムたちの一部は、今でも私たちを酷く恨んでいる。私の選択によって、高度専門職ハイプロフェッションを失ったイマリや他の職員も、永久複製医療術Unlimited Medicalを失ったことによって、生きる希望を失くした老人やその家族も──。


「ホムラ、泣きたいなら胸を貸そうか?」


 何でもないことのように、さらりとテラが言う。

 こういうところが大嫌いだと、何度言わせれば気が済むのだろう。


「泣くわけないだろ。私は私の選択リベラルを、残悔リグレットへと変えたりはしない」


 踵を返して研究所ラボを去ろうとする私に、テラが言う。


「俺の心臓は、今もホムラに盗まれたままだね」


 ここで振り返ったら、負けだと思った。


「テラ。講演スピーチのための原稿も、ちゃんと進めておいてくれよ」







 街を歩けば、眩い太陽が私を溶かそうと照らしつける。

 世界をり続けるために、私はただ抗い続けるだけだった。


 そして世界に真実をしらせ続ける私は、また少しずつ母さんに似ていくのだろう。

 創り上げられた上澄みの世界を、死ぬまで掻き回し続けるのだ。








    √──残悔のリベラル

      -under the "in the sun"-  

            ──Fin.──√




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残悔のリベラル -under the "in the sun"- 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi

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