EP10-03
モニターの向こう側──複雑な
「ホムラ、そんな顔をしないで──俺は"テラ"だよ? 君の良く知る、お調子者のアイツだ。この
「馬鹿を言うな、テラは電子牢の中だ。きっと今頃は泣きべそをかいてる」
テラを名乗る彼の妄言を、にべもなく
開かれた扉の向こうからは、ぐにゃりと捻じ曲がった時計盤や、
「もちろんこの
「矛盾はなくても、私がお前をテラとすることに抵抗がある」
モニターの中の彼を睨み付けながらも、さめざめと考える。こうして私に与える不快感までもが、テラ本人にそっくりだと。本当によく出来ている──嫌になるくらい。
「やれやれ、本当にホムラは堅物だな。じゃあ俺のことは、テラ
「──いや、面倒だからテラと呼ばせてもらう」
へそを曲げる私に、「面倒なのは君だろ」と言ってテラはくつくつと笑った。
「さぁ、さっさと案内してくれ。扉とか
「せっかくの二人きりなのに、ホムラはつれないね。
そう言いながらも、テラの背後を騒がせている
「テラ、果たして二人きりになる必要があったのか?」
「んー、それはどういう意味だい? もっと分かりやすく言ってくれると助かるな。処理能力不足で頭がぼんやりしててね」
「こんなに手の込んだことをする必要があったのか、と聞いている。
するとテラは乾いた笑い声を上げた。
「それは駄目だよ。サヨの目に付かないために、この方法を選んだんだ。俺だって試行錯誤してるんだよ? サヨは大切な
「お前のほうこそ──もっと分かりやすく言ってくれ」
テラの言葉の意味を、詳しく問い直す。サヨさんの悲壮な決意を知る私には、聞き捨てならない発言だった。
『
「サヨはヒュムたちを解放したい。俺はヒュムたちを守りたい。その違いさ」
「それは同じ意味じゃないのか?」
今度は、テラが溜め息を吐き出す番だった。
「ホムラ、君は今まで何を見てきたのさ。ヒュムたちを
私は思わず言葉を失くす。それはつい最近、私が思い至ったばかりの思考だった。DUMを崩壊させたとしても、その先に明るい未来を思い描くのは難しい。人々が
「俺はね、ヒュムたちを守りたいんだ。このDUMを乗っ取り、そこに新たな国家を作る。国家を失くしたこの時代に、唯一の国を作るのさ。
理想を語るテラの瞳には、少年のように無邪気な輝きが灯っている。しかしともすれば、それは狂気の炎のようにも映った。そして彼は言い放つ、気高く雄弁に。
「俺たちは、この世界から独立する。
独立──その言葉は、孤立と紙一重だ。それを知りながら私は、「馬鹿げた理想だ」と笑い飛ばすことが出来ない。
循環──
「壮大な夢を教えてくれて感謝する。実に複雑な気持ちだ」
私が絞り出した一時凌ぎの答えに、テラの表情が僅かに陰る。
しかしそれも一瞬。
テラは無邪気に言う。
「ホムラ、他人事みたいに言わないでよ。俺はその新しい国家に、君を招き入れたいんだから」
テラは片膝を付いて、
「
それは悪夢のような冗談だった。
サヨさんの気持ちを踏み躙る、恐ろしく軽薄な冗談だった。
モニター越しに隔たれていなければ、躊躇わずに胸ぐらを掴んでいただろう。テラが吐き出した世迷い言は、理解不能を遥かに越えていた。
「──誰にでもプロポーズするんだな。お前がそれを言うべき相手は、私じゃなくてサヨさんじゃないのか?」
唇を噛み締める痛みで、怒りをどうにかやり過ごす。しかし私の胸中を渦巻くどす黒い感情を
「ホムラ、俺の話をちゃんと聞いてた? 俺は今さっき、
「っ……! ふざけるのも大概にしろ!」
私の腹の底から怒声が飛ぶ。やはり目の前の存在は、テラではないのだと思った。思考回路に
「ホムラ、怒れてくるのも無理はないよね。俺も最初はそうだったから」
深遠な目をした
「この
その表情に、私は恐怖する。
彼が映しているものは、
虚無を覗き込んでしまった
そこでモニターは暗転し、彼の姿も消え去った。
やがてぼんやりと、軍旗を思わせる
カタカタとフィルムの回る音を背後に、どこからともなく彼の声が響いた。
「ホムラ、一つずつ順に紐解いていこう。政府の検閲が覆い隠した、継ぎ接ぎだらけの世界を──」
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