EP10-04
ややあってから、絵本で見られるようなアナログの投影機が現れ、暖色のヘッドライトが闇を照らした。そこに浮かび上がったのは赤髪の少女。彼女ははちきれんばかりの笑顔を浮かべながら、両手で作ったハートマークを
即座に理解する。あれは──私。
夢の中の私よりも、更に幼くあどけない姿。
「──サヨさんよりも趣味が悪い。
背筋を這う不快感を隠そうともせず、私は剣呑な眼差しで訴えた。薄闇の向こうからは、彼──テラの穏やかな口調が返ってくる。
「ここに
「私は今でも無邪気に笑うよ。お前の前じゃなければな」
笑いを噛み殺す声が響く。顔をしかめる私を見て、テラは面白がっている様子だ。
「今から17年前、ホムラ──君はこの世界に生み落とされた」
続いて放たれたテラの言葉に、私は首を傾げる。『
いや、わざわざそんな計算をするまでもなく、私の年齢は21だ。生まれ年はA.D2057。
漠然とした不安感が、足元まで這い寄る。
「ホムラ──気持ちは分かるけどさ、恣意的に理解を遠ざけるのはやめてくれよ」
テラの言葉を
『
「俺の言ってる意味が分からなくはないだろう? 君は生まれながらにして、すでに5歳児程のカラダだったのさ。
テラは滔々と説いた。彼が語った内容は、一聴する限りどこも破綻していない。
事実、DUMの内部に赤子は存在しない。
──だが。
「テラ、私を
動揺を悟られまいと、出来るだけ雄弁に言い放つ。反駁の機会を与えないために、私の防衛本能がそうさせたのかもしれない。
「ホムラ、どうか冷静に考えてくれよ。まずその当時、DUMはまだ設立されていない。それに成長因子を取り除かなければ、
テラの理屈に打ちのめされそうになる。
取るに足らない屁理屈だと信じたい私は、その抜け穴を必死で探した。
「そうだ、
少しずつ言葉尻が萎んでいく。全てを言い終わる前に、私は悟ってしまったのだ。そんなものはどうにでもなると。
「──ホムラ、俺は悲しいよ。君がヒュムだったら、何か不都合があるのかい?」
テラの悲しげな声色に、はっとして顔を上げる。
私は何をこんなに動揺している?
私はどうして、私がヒュムであることを頑なに拒む必要がある?
「結局のところ、君も奪う側の人間なんだ」
「テラ、違う。私は──」
私は──。私は。
私は。
言葉を失った私に、テラは続けた。感情を覗かせない淡々とした口調で。
「雪白ホムラ。俺はただ真実を告げる。君は17年前、沓琉トーマの手によって創られた
──ひゃ、ひゃく? テラは、テラは今、何て言った?
「君の言うとおり
遠く近く、テラの言葉が頭の中をすり抜けていく。
「だが沓琉トーマは──俺の
アナログの投影機が映したままの無邪気な私が、天使のような笑顔を向けている。その頭には、紛れもない
「さぁホムラ問題だ。
「……
消え入りそうな声で、そう答えた。
するとテラは声を弾ませて言う。
心底楽しそうに、とても嬉しそうに──それなのに悲しそうに、言う。
「正解だよ。108基の
耳を塞いでしまいたい衝動が、何度も押し寄せる。
「そしてホムラ──君はエリア004で、雪白ミツキの保護観察下に置かれた。雪白ホムラの誕生だよ」
私は、もう何も考えられなかった。私を寝かしつける際の母さんのおとぎ話のように、ふわふわとした浮遊感だけがある。テラは、その母さんさえも母さんではないのだと言う。
投影機が、カタカタと忙しなく音を立てはじめた。その音の数だけ、モニターの中に無数の私の姿が映し出される。
泣き顔の私。ピースサインの私。無表情の私。怒っている私。アイスクリームを食べている私。後ろを向いたままの私。ボブカットの私。シャギーレイヤーの私。眼鏡をかけた私。被り物をしている私。
どれが私で、どれが私じゃないのか、全く分からない。
もしかすれば、その全てが私でない可能性もあるのだろう。
胸を掻きむしるような想いが、私を押し潰しそうだった。窮屈な椅子に腰掛けたまま、大きく躰を仰け反らせる。するとそこには、水彩画の青空が広がっていた。仮眠室で見たものと全く同じ、不自然に塗り潰された空。コテージの中までもこの仕様ならば、電子牢の天井も、きっと同じ色をしているのだろう。
「ホムラ、つらいね。苦しいね。ごめんね。俺の我儘を、どうか許さないで。それでも俺は、君に知ってほしかった。神奈木コトハの介入で、随分と順序が狂ってしまったけれど──全てを知った上で、君に
私をモニターへと呼び戻すその声は──あまりにも沈痛で。
姿の見えないテラが、今も私に差し出しているであろうその心臓を、心に思い浮かべた。
その心臓に──私は指先を伸ばす。
「はは……続けてくれ。そして何が起きる? 今のところ、お前が怒りに震えるような事件は起きていないぞ」
自分の声の弱々しさに、思わず嘲笑が漏れた。
「その通りだ。この時点のトーマは、まだ狂っていない。自らが作った
私はさめざめと思う。純粋であることが免罪符なら、その好奇心の果てに生み出されたこの身が報われないと。
「この頃の世界は、まだ狂ってなかったんだよ」
テラが続けた不吉な言葉を、迎合するように私は微笑んでみせた。
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