EP10-02
「あっ、ホムラちゃん! 遊びに来てくれたの?」
喜びの声を上げながら突進してくるアゲハの体重を、両腕で受け止める。アリスに連れられて辿り着いたのは、二人に割り当てられたダブルサイズのコテージだった。今日も変わらず、アゲハのスケッチブックがテーブルの上に広げられている。
状況が飲み込めないままの私に、アリスが言う。
「あのロリコンが水面下で何してるか知らないけどさ、あいつが真剣なのは分かるよ」
「──だからと言って、どうしてここに? さっぱり話が見えないんだが」
「なになに? テラくんのお話?」と会話に加わるアゲハに、アリスが首肯する。すっかりロリコンという呼称が浸透してしまっているテラを、少しだけ不憫に思った。
「テラが言うにはさ、このコテージは少し特別らしいんだ」
「うんうん、なんかね、ここにある
アゲハが得意げな笑みで、リビングの奥を指差した。私が首を傾げてみせると、なぜかアリスも困った顔を浮かべる。
「細かい説明はあたしたちにも無理だぜ。あたしとアゲハがしたことは、テラに
「モニターと向かい合ってるテラくんはね、とってもカッコいいんだよ! 椅子が小さくて窮屈そうだったけどね」
「テラはさ、『とにかくお前たちの
「いや、見せてくれと言われても──」
「テラくんはね、ホムラちゃんのおめめで
アゲハが、親指と人差し指で輪っかを作る。それはつまり、どういうことだ。あのロリコン──じゃなくてテラは、いつの間に私の網膜データを採取したんだ。
「しかしなんだろな。
「じゃあホムラ、また後でな」
「お、おい──」
揚々と手を振ってコテージを去ろうとするアリスを、慌てて引き止める。
「ホムラちゃん、わたしたちは講義の時間だよ?」
そう言いながらアゲハも、テーブルの上のスケッチブックを片付け始めた。その脇に転がっていたクレヨンも、そそくさと箱に戻していく。
「それなら講義の後にしよう。私一人がここに残るわけにはいかない」
私がそう提案すると、アリスとアゲハが全く同じ角度で首を傾げた。そして寸分違わぬタイミングで言う。
「「なんで?」」
なぜかと問われれば、返答に困ってしまう。倫理的に問題があると言えば大袈裟だし、気不味いからと答えれば一体何が気不味いのだという話だ。
「どうしてもこうしてもないよ。ここはお前たちのコテージだから」
「そのあたしたちが、二人揃って良いって言ってるんだから、良いんだよ」
結果として二人のコテージに取り残された私は、おずおずとリビングの奥へ移動する。分かってはいたけれど、そこは二人の寝室だった。壁の右側と左側にそれぞれ寄せるようにして、二つのベッドが配置されている。私の向かって右側──ブタさんのぬいぐるみが枕元に置いてある方が、きっとアゲハのベッドなのだろう。
真向かいには、少し大きめの
二人の寝室に長居は無用と先を急ぐ気持ちと、テラが私に伝えようとしているものを知る覚悟とが、相反して
自分の網膜データが知らぬ間に採取されていた薄気味悪さを、決して感じないわけでもなかったけれど、ここまで手の込んだ細工をするテラの決意を、それ以上に感じていた。まさにアリスの言うとおり、テラが水面下で何をしているにしても、その真剣さは伝わってくる。
電源が立ち上がった大型のモニターに、
「──まさか、本当に開くとはな」
難なく
【麗しの
私を挑発するような
「まったくアイツは──」
溜め息を吐き出す間に、夥しい数の光の粒子が流星群のように流れはじめた。そのうちの幾つかが
そして──。
モニターの中に
人目を引く青味がかった
まるで電子牢の中の彼と、実際に画面越しで
モニターの中のテラと目線が合う。すると彼は、上機嫌にも鼻歌を口ずさんでから告げた。鼻につくその仕草が、いかにも彼らしい。
「ホムラ、ずっと会いたかったよ」
「──元気そうで何よりだ。私は疑り深い先輩たちのせいでヘトヘトだけどな」
「そっか、随分と遠回りしたんだね。ホムラはいつだって、要領が悪いから」
その声に話し方──表情や仕草に至るまでのあまりの再現性に、私は思わず軽口を垂れた。その軽口を、涼しい顔をして受け流す彼。
そもそも、リアルタイムで会話が成立したことに驚くべきなのに、あまりにもそれの作りが精巧過ぎて驚きどころが分からない。
困惑する私に、テラのかたちをしたそれが芝居がかった仕草で告げた。
「ようこそ、
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