EP01-03





 さて相も変わらず、都市部の風景が静かに流れていく。


 スバルは地上よりほんの数センチだけ浮かんでいて、極々静かなエンジン音以外に騒音を発することはない。

 これは各主要道路に、『重力に屈しない鉱石ウェイストーン』と呼ばれる浮力を持った鉱石が埋め込まれているためだ。裏を返せばどの型式タイプの自動走行ポッドも、重力に屈しない鉱石ウェイストーンの埋め込まれていない公道を走る事は出来ない。

 遠い過去には、自動走行と有人走行を切り替えるシステムもあったと聞くけれど、有事の際の法的ジャッジが難しく、瞬く間に廃れてしまったらしい。


 ──たまには自由に走りたいよな、お前も。


 私の思いに呼応するかのように、スバルの速度計が120キロ近くにまで跳ね上がった。この120キロというのが、自動走行レベル3に公式化ロックされた最高進行速度だ。更にこの速度を出せるのは郊外エリアのみと、口煩くちうるさい政府によってやはり"公式化ロック"されている。

 だから決して、私が観念的動力テレパシー物理的動力トリックたぐいを使ったというわけではなく、たまたまこの瞬間、今このタイミングで、スバルが都市部を抜けただけという夢のない話である。


 集団生息圏ストロベリーフィールズと呼称される一般居住区において、どこまでが都市部でどこからが郊外エリアにあたるのかは一切公表されていない。

 自動走行ポッドの速度計のみが知っているその境界線を、ひたすらに記録している測量マニアスプーキーたちも居るらしいけれど、当然そのデータを公表する行為は、政府が定めた『禁忌行為タブー』の一つに指定されている。


 悪意を持って禁忌行為タブーを犯した場合、累積型刻印イエローカードの発行どころでは済まないケースも出てくる。場合によっては追放ノ烙印レッドカードが即時発行され、その人物の存在自体が『非公式化アンロック』されてしまう可能性まであるのだ。

 自身の存在自体が非公式遺産アンロックラビッシュとなってしまうなんて、冗談にもならない。「それなら死んだ方がマシだ」と考える人も少なくないだろう。だから結局のところ一般市民の多くは、 都市部と郊外エリアの境目を知る機会に恵まれないまま、毎日のように自動走行ポッドに揺られているのだ。


 都市部を抜けて十分も走れば、私の目的地が見えてくる。ここからの残り時間はおよそ三分少々といったところだろうか。

 ここまで都市部を離れてしまえば、ポッドの外には人工物ではない『純正の緑ピュアプラント』や、複製されていない『純正の生命ピュアアニマル』たちの世界が当たり前に広がっている。静かに耳を澄ませば、スバルの強化ガラスさえも突き抜けて、野鳥の鳴き声がうっすらと聞こえてくることもあるくらいだ。


 大自然ピュアプラネットの果てに私の勤務先がなければ、こんな辺境の地まで重力に屈しない鉱石ウェイストーンが埋め込まれはしなかっただろう。重力に屈しない鉱石ウェイストーンは、それなりの希少価値レアリティを持つ鉱石なのだ。

 後方に聳える『広報用球体型全面液晶イクリプスビジョン』が、激しく景観を損ねているのは否めないけれど、進行方向だけに限れば大自然ピュアプラネットそのもの。かつてはきっと、このような景観が世界中どの地域でも見られたに違いない。


 そういえば重力に屈しない鉱石ウェイストーンは、空高く浮かぶあの広報用球体型全面液晶イクリプスビジョンの内部にも埋め込まれているとか。


 私の遥か後方──すなわち私が今しがた抜け出してきた都市部の空中に浮かぶ広報用球体型全面液晶イクリプスビジョン。その上部に刻印された『004』というナンバリングは、私たちの住みを示す番号ナンバにもなっている。

 集団生息圏ストロベリーフィールズにはもれなく、広報用球体型全面液晶イクリプスビジョンが合わせて建造されるのだ。だから人々の身元を表す際には、そこに刻印された三桁の数字が何よりの意味を持つ。


 現在、この世界に108機が存在していると公式発表アナウンスされている広報用球体型全面液晶イクリプスビジョン

 その主たる役割は、政府の決定事項を一般市民へと告知すること。担っているその性質から、お喋りな天秤チャットスケイルズなどと揶揄されることもしばしばである。


 ちなみに私の後方にある『004』の広報用球体型全面液晶イクリプスビジョンは、同じ居住区の中にある七十階建てのビルをも凌ぐ高度に浮かんでいる。

 その浮力のどの程度を、重力に屈しない鉱石ウェイストーン任せにしているのか知らないけれど、落下したらどうするのだろうと眠れぬ夜を過ごしたことがある。どれだけ控え目に想像しても大惨事だと思う。


 私の杞憂を他所よそにスバルが緩やかな減速を始め、間もなくして完全に停止した。バレルバッグの中の携帯端末ワールドリンク自動起動クイックして、スバルの操作盤ネットワークソケットにフニャフニャの字体が映し出される。愛しのオリジナルフォントが、目的地への到着と忘れ物に対する注意喚起を告げたのだ。大丈夫、私が忘れているのは朝食を摂ることくらいだから。


 ガイド音の一つもなくポッドの入り口を開いたスバルが、「早く降りろ」と言わんばかりに操作部の液晶を消灯させた。どうにも無愛想なそのやっつけ動作は、やはり庶民向けの自動走行ポッドである証左だと言わざるを得ない。


 スバルに急かされるままにポッドを後にし、深緑の風景の中に降り立つ。すると、強烈な樹木の匂いが私を包んだ。都市部に生きていれば、一生知らないままで死んでいくであろう生々しい薫りだ。

 古来より眠り呆けた原色の緑ドウジング・グリーンが放つその芳香は、都市部が失った何かを大切に守り続けているようだ。あるいは、人類の愚かさを私に告げようとしているのかもしれない。どちらにせよ、人類への祝福じゃないことだけは確かだ。


 都市部への帰属意識ノスタルジイよりも、悲観的な物思いが僅かに勝る。歴史への感傷に耽りそうになる私を、目の前に聳え立つ巨大なドーム状の建造物が呼び戻した。





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