【流転──導く先駆者は蓬莱を語る。私はといえば、常闇の向こうで】
EP05-01
球体。おしなべて卵型をした、色とりどりの球体の海。
赤。青。黄。緑。紫。白。桃。橙。
子供を魅せ付けるカラービーンズのような球体の海原で、前髪の切り揃った私がゴロゴロと寝転がっている。
俯瞰する私の意識と、沈降する私の意識が、どろどろに混ざり合って、一つに溶け合う
それは、
右に旋回。左に旋回。深く潜っては、また飛び出して、思いつく限りの動きで跳ね回る無邪気な私。
ふわふわ、ゴロゴロ、ぐるぐる、ウロウロ。
肌に触れる感触は、弾力に富んで風船みたいだ──そう思いながら仰向けになると、それこそ本物と
けれども、その風船の色は全て黒だ。
──いや、そんな生易しい色じゃない。
もっと、もっと、もっと、もっと。
どす
その色はきっと──"墨汁を何度も何度も溢し続けた結果"
その色はきっと──"太陽の砕けた宇宙で迷子になった気持ち"
その色はきっと──"手術台の上で麻酔に眠らされて見る夢"
連想ゲームに恐怖した私は、再び球体の海を遊泳する。もそもそとぎこちない動きで、さながら現実逃避の如く。
私が沈んだ
「私はここに居る」
「私はここに生きている」
「私は──まだ生きている!」
そう叫ぶと──"墨汁を何度も何度も溢し続けた結果"が落下した。
そう叫ぶと──"太陽の砕けた宇宙で迷子になった気持ち"が落下した。
そう叫ぶと──"手術台の上で麻酔に眠らされて見る夢"が落下した。
その一つ一つが、私のからだを直撃する。
その一つ一つが、私のカラダを分断する。
その一つ一つが、私の躰を粉砕する。
連想ゲームが導いた恐怖を、根こそぎ吹き飛ばすほどの衝撃だった。
漆黒の爆撃は、私の躰を標的にして、
飛び散り、飛び散り、飛び散って──"
けれど、それさえもが
衝撃が過ぎ去り、訪れた静謐の中で静かに瞳を開く。首だけを起こして見やれば、私の躰には沢山のマーカーラインが刻まれていた。未成熟の乳房に、発達過程の躰に、余すところなくこの躰中に、見慣れない英単語や記号の羅列。
赤黒いマーカーラインが示す、その数式の意味に思い至ってパニックになる。
「待って、待って、待って! お願いだから!!」
みっともなく懇願する私の姿を、俯瞰する私の意識が目を逸らさずに眺め続ける。
そして次の瞬間、
粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。粒子。
粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子。
唯一残された聴覚に、不潔で粘っこい、穢らわしい
「必要ないのは、その赤髪くらいかね」
「左様です。他に捨てる部位は見当たりません」
「しかしあれだね、いつものこととはいえ、胸が痛むよ」
「仰る意味を測りかねますが」
「幸福な食卓を一つ作るために、幸福な食卓を一つ破壊する意味が、果たして本当にあるのかなということだ」
「あなた様ともあろう方が、そのような台詞を吐かれるとはなんと嘆かわしい」
「感傷にも耽るさ。私は無能ではないが、決して万能でもないのだから」
「しかしその発言は、ともすれば倫理に触れます。どうかご自愛ください」
「なに、感傷くらい個人の自由であろう。私にも居るのだ、同じ年頃の娘が」
「人類がより幸福であるためには、感傷など必要ありません」
「はは、冗談だよ。
「この赤髪以上に、哲学や倫理は無用です」
「ふふ、そうだったね──さて、始めようか」
そして私の脳裏に、一筋の光。
続いて、無数の閃光の訪れ。
私のからだが、カラダへと変わる、確信。
私のカラダが、躰へと変わり、眠る。
私の躰は、からだへと宿り、目覚める。
「目覚めた私は、何色の髪をしているのかな?」
永久に答えの得られない問いを浮かべながら、蹂躙される私の内臓たち。
そこに悲しみは無い。そこに栄光は無い。そして歓びも無い。
懺悔も、贖罪も、躊躇いも、戸惑いも──何も。
在るのはただ、真っ黒な眠りだけだ。
ただ、それだけだった。
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